魔王軍幹部 ②

 気づくと、目の前に夜空と平野が現れた。

 先ほど映像で見ていたものと近い風景だった。どうやら転移は無事に終わったらしい。私は到着を確認すると、ソティルから預かった耳栓を外して、すぐさまポケットにしまい込んだ。ソティルは、イトデンで得た情報を私に逐一伝えるつもりだったのかもしれないけど、ここは私一人の力で戦えることを示さないといけない。

 すると、離れた所から魔法戦の音が聞こえてきた。

 距離的に二百メートルほど先だろうか。まだ敵には補足されていないはずだ。

 私は広い平野の中から、遮蔽物になりそうな岩を見つけた。私は身体の強化魔法を発動させると、見つからないように岩の方へと駆け出した。まずは状況確認だ。目的の場所に着くと、私は岩の影に隠れつつ戦闘の様子を覗き見た。

 見ると、魔法軍幹部のニパスと思わしき白いシルエットの人物と、5人ほどの魔法騎士が戦闘を繰り広げていた。

(……五人だけ?)

 中隊ということは、約二百人ほどの魔法騎士がいたはずである。残りは後方支援でもしているだろうか。暗い中目を凝らして、私は戦場をもっと観察した。

 息を呑んだ。ニパスと魔法騎士が戦闘するその周りに、無数の倒れた人の姿があった。

「ウソでしょ……」

 思わず声が漏れ出ていた。

ソティルの映像を見たときは、もっと人数が確認できたはずだ。

それが、いまではたった五人だけ。実際の彼らの戦闘力は分からないけれど、それにしても圧倒的すぎる。倒れた人たちを観察すると、彼らの身体がいずれも、白い何かに覆われているように見えた。

 これが幹部クラス……。

 高まる緊張に、私は冷や汗が浮かんでくるのを感じた。

 私は正面から挑むことを避け、奇襲をかけることに頭を切り替えた。相手の能力が未知数な以上、隙をついて戦槌〈エクスシア〉による攻撃を仕掛けるしかない。

 幹部と魔法騎士の戦闘は一方的なものだった。

 何とか踏ん張りを見せる騎士達も、また一人とやられていく。

私は迷った。奇襲を狙うといっても、このままでは騎士の人たちがやられていくだけだ。

 けれど、有効なダメージを与えるチャンスを逃すわけにもいかない。

 私がそんなことを考えている内に、あっという間に戦う騎士の数が、最後の一人にまで減っていた。そしてニパスの手が、残った騎士の首元を掴んだ。捕まれたのは、私とそれほど年が変わらなそうな女の子の騎士だった。

 直後、ニパスのもう一方の手が、青白く光った。魔法でトドメを刺す気だ。

 捕まった騎士の子は逃れようと足をバタつかせているが叶わない。

 チャンスだ。

 ニパスが攻撃する瞬間、必ず隙ができる。その隙にエクスシアの一撃を決めれば、いくら魔王軍の幹部だとしても、大ダメージを与えられるはず。

 優先すべきは幹部を倒すこと。大局的に見てもそれが正解。私は震える足を、叩いて落ち着かせた。

 やるしかない。

 私の目的の為に。魔王軍を倒す為に。

 ニパスの手が、女の子の騎士にかかる――――

 その直前に、私はニパスに突貫していた。

 エクスシアを格納魔法から出し、横振りでニパスの身体へと強撃を試みる。ニパスは直前で私の攻撃に気づき、騎士を攻撃しようとしていた腕でガードを試みた。

 私はガードの上から、ニパスの腕を叩きつけた。

 エクスシアの魔法無効化の効果が発動し、ニパスがガードに使ったであろう強化魔法を無効化する。エクスシアの巨大な質量と刃が生む力と、私の強化魔法を用いた膂力が、一気にニパスの方へと直撃した。ニパスの身体が大きく吹き飛ばされた。

「やってしまった……」

 ニパスが私の攻撃を受けて吹っ飛んだ直後、そう呟いていた。

 魔法無効化したとはいえ、しっかり腕でガードされてしまった。十分なダメージを与えられていない可能性が高い。加えて、魔族の中には魔力を用いた回復力で、傷を瞬時に癒やす者もいる。今の一撃がほぼ無駄に終わるかもしれなかった。

 ……やっぱり、ニパスが攻撃するまで待つべきだった。助けに入ったのは正解じゃなかったかもだけど、身体が勝手に動いたのだから仕方がない。

私が後悔していると、後ろの方から咳き込む音がした。見ると、騎士の女の子は苦しそうではあるけど一応は無事らしい。

「あ、あなたは?」

 息を整えながら、女の子の騎士は私に問いかけてくる。よく見ると、身につけた鎧も身体もボロボロで、これ以上は戦えそうにない。

「〈勇者〉の仲間よ。邪魔だから、残っている人を連れて下がって」

 不本意だけど、納得させるならこの言葉は効果的だろう。

「勇者……ソティル様の?」

 女の子の騎士は一瞬戸惑う様子を見せたが、すぐに意味を理解したらしい。やっぱり対外的に〈勇者〉のワードは強力だ。腹立つけど。

「一つだけ伝えさせてください。敵は、氷雪魔法の使い手です」

「ありがと。行って」

 私が言うと、騎士の女の子は後退していった。

 さて――。

 私は、ニパスが飛んでいった方と、倒れている騎士達に視線を順に向けた。氷雪魔法というのが正しいのなら、騎士の身体を覆う白いものは、霜か何からしい。

 魔法自体は、エクスシアの魔法無効化で防げるはずだ。あとは、立ち回り次第。

「――――!」 

 不意に、私はすぐさま前方へと飛び退いた。直後、私の後方から轟音が鳴り響き、冷たい爆風が舞い込んできた。

 後方へ視線を僅かに向けると、先ほどまで私が立っていた場所に、巨大な氷柱がいくつも地面に突き刺さっていた。

魔法による奇襲。避けられなかったら、確実に殺されていた……。

「おかしいわね。確実に仕留めたはずだけど」

 女の声が聞こえてきて、私は視線をそちらに向けた。

 見ると、二十メートルほど離れた位置で、既にニパスが立ち上がっている姿見えた。

 ニパスのシルエットは、人間の女と変わらなかった。人間と魔族は別の種族ではあるが、身体の形そのものは大して違いはない。

 ニパスが着ている服装は、まるで人間の着る白いドレスのようだった。髪は青色で珍しくはあるが、人間の中にもいないわけではない。だけど、顔や足など肌が露わになっている場所には、その白い肌の上に黒い紋様が確認できる。この身体の紋様が、魔族の特徴。そして、もう一つは目だ。魔族の目は、魔力の活性化の時に、瞳孔と虹彩の辺りに、紋様が浮かび上がる。ニパスの瞳には、金色の幾何学模様が現れていた。

 不気味な鋭い眼光が、観察するように私に向けられていた。

 私は、先ほど攻撃を与えたニパスの左腕に視線を向けた。戦槌の一撃を受けたのにもかかわらず、ニパスの左腕はダメージを負った様子はない。どうやら快復されてしまったらしい。甘く見ていたわけではないけど、少しショックだ。

「魔王軍の幹部が、わざわざ一人で、一体ここに何のよう?」

 私は自分の心を落ち着かせる時間を得るために、問い掛けた。もちろん、情報を得る意図もある。できれば、ソティルの推測の裏付けが欲しい。

「……探し物よ」

 ニパスは表情を変えずに、淡々と答えた。

「へー、何を?」

「答える筋合いはないでしょう」

「そりゃそうね」

 探し物は正解らしい。けど、さすがに具体的な話までは答えないか。

「あなたこそ何者? 見ない顔だけど」

「勇者の仲間……っていえばわかる?」

 相手の反応みる為に、あえて問いかけてみた。

「なるほど……あなたがあの勇者の……ね」

 直後、私は悪寒を感じて、その場から反射で飛び退いた。今度は、立っていた足下から無数の氷柱が現れ攻撃を仕掛けてきた。

 容赦がない。まあ、当然だけど。私は着地するとエクスシアを構えたまま、ニパス目がけて駆け出した。すると、私の進路を塞ぐように、氷柱が次々と地面から湧き出てくる。

 私はそれらの攻撃を擦ることもなく、ニパスまで一気に接敵した。接敵して、私は素早くエクスシアを振り下ろす。ニパスがそれを回避し、私から距離を取った。

 ニパスの眼光が、私を射貫いた。

「貴様……なにかデュナミスを使っているな?」

 奇襲攻撃が当たらないことで気づいたのか、ニパスが問いかけてくる。察しの良い奴だ。

 私のデュナミスは、危機察知の能力。

 身の危険、自分の命のリスクが発生したときに、反射的に身体が動き、自動で攻撃を回避してくれる。オンオフの切り替えはできるけど、当然オフにする理由がないので、常に発動させたままだ。消費魔力もほとんどない。

 名前を、〈ピュシス〉と名付けている。

 このデュナミスがあるからこそ、私は軽装のままでエクスシアを振り回して戦うという戦術が取れていた。今、氷柱の攻撃を避けれているのも、この能力のおかげだ。

「さあ、何のこと?」

 当然、素直には答えてあげない。同時に、私のピュシスを含めた戦術が、魔法幹部クラスにも有効だという確信が持てた。

だからこそ、一気に攻める。

 私はエクスシアを構えて、ニパスの方へ駆け出した。私の進路を遮るように、今度はニパスの前に巨大な氷の壁が現れた。私はエクスシアで、その氷の壁をぶん殴る。

 魔法無効化の力を持つエクスシアに、その手の防御は無意味だ。

 氷の壁が、光の粒子となって霧散した。壁のあった先に、ニパスの影が見える。

 私は狙いを定めて、相手の身体を吹っ飛ばすつもりで、エクスシアを振った。

 しかし、ニパスはまるで地面を滑るように、私の攻撃を回避して後退した。ニパスの足下を見ると、いつの間にか地面に氷が造られていた。氷上をスケートするかのように、回避行動を取ったらしい。

 中々に素早い。けれど、ピュシスとエクスシアのコンボが、想像以上にハマっている。

 あとは、攻撃が当たりさえすればいいだけだ。

「やっかいな戦術だな」

 離れたニパスが、そんなことを呟いた。

 その一言で、エクスシアとピュシスの能力がある程度見極められたと察した。

 バレたといっても、私の能力は、この場で簡単に攻略出来るものではないという自負がある。訓練の対人戦では、誰もこの能力を打ち破れなかった。

 私は勝機を掴んだのを感じた。このまま攻め続ければ、確実に勝てる。

私がさらに攻撃を仕掛けようとしたとき、不意にニパスは、私から大きく距離を取り、膝立ちになって、地面に手を当てた。

 何をする気?

「見せてあげる――――自然を変質させる魔法の極致を」

 ニパスがそう呟いた後、その手元を中心として、突然、地面が雪原へと変化した。

「なッ……」

 気づけば、ニパスを中心として、地面のほとんどが雪原へと姿を変えていた。

視界に収まる範囲がすべて白くなっている。範囲は、数百メートルどころではない。

 これほどまでの地形変化をほぼ一瞬でやるなんて……やはり幹部クラスともなると、魔法力が桁違いだった。

 幸いなことに、足下の雪原はそれほど深くない。こちらのスピードを削ぐ目的だとしたら、大きな影響はなさそうだ。

 いける。

 私は再びエクスシアを構えて、ニパスへ接近しようとした。

 瞬間、私は凄まじい殺気を感じた。思わず背後へと振り向こうとする。その直後、私は左腕に激痛を感じた。

 視界の隅に、氷柱が地面から一気に迫り上がってくる光景が見えた。

「ぐっ……」

 私は痛みを堪えて、転がるように移動した。左腕に氷柱の攻撃が当たったのだ。何とか直撃は避けたものの、左腕がひどい凍傷になっており、まともに動かない。

「これで形勢逆転」

 ニパスが薄い笑みを浮かべた。

 焦燥と湧き出る疑問が止まらない。

私のピュシスは危機察知の能力だ。なのに、今の攻撃ではピュシスが発動しなかった。

 いや、発動していたからこそ、直撃は避けられたの?

 答えを必死に探していると、再び悪寒が走った。頭上からだ。私は目視で確認せず、すぐさまエクスシアを上に振り上げた。

 巨大な氷柱が私のすぐ側まで迫っていたが、エクスシアの攻撃を受けた氷柱は、光の粒子へと消失した。だけど、

「気を取られたな」

 先ほどまで大きく距離を取っていたニパスが私の側まで迫っていた。

ニパスの放つ回し蹴りが、私の脇腹を抉った。私は身体を吹き飛ばされ、雪原の上を転がった。

 蹴りを受けた場所から激痛が走った。

 瞬時に強化魔法でガードはしたけれど、破壊力の高さから、完全に防ぎきれなかった。

 ピュシスの危機察知能力前提で、機動性を高める為に防具を身につけていないのが、アダになってしまった。

 ピュシスが機能していない。

 考えられる原因は、この雪原だけど……一体何をされたのか分からない。

 私が答えを考える時間を、敵は許さなかった。ニパスは氷柱の攻撃を、地面や空中から発生させ、次々と襲ってきた。私は何とかそれらを回避するも、受けたダメージからまともに動けず、攻撃を何度も擦る。

 そして、接近してきたニパスの手刀の攻撃を避けた時に、額に切り傷を受けた。血が流れ、視界が完全に塞がれる。

まずい!

 ピュシスが発動しない今、視界も潰されては相手の攻撃を避けれない。

私が絶望感に襲われた、その時だった。


『――――左に飛んで!』

 

 何処からか声がした。瞬間、私はその声に従っていた。目の前が見えない中横飛びすると、先ほどまで私がいた場所に氷柱が落ちてくる音がした。

『そのまま五十メートル後退! 血を拭って!』

 私は一端格納魔法でエクスシアをしまいつつ、大きく後退した。そして、フリーになった右手で額から流れる血を拭った。同時に、回復魔法で傷の応急処置をする。

 今の声って……。

『約束破ってんじゃない!』

 地面から怒鳴り声が響いてきた。何事かと思って足下を見ると、そこには雪のせいで分かりづらいが、白い紙コップがあった。ソティルだ。

『だからイトデン付けときなさいって言ったでしょ! バカなの? 死にたいの?』

 怒りに任せた罵倒が周囲に響いた。突然の声に、ニパスも動きを止めて、こちらの様子をうかがっている。

『さっさとつけなさい!』

「……わかったから」

 私は来る際に貰った耳栓タイプのイトデンを、ポケットから取り出して付けた。

『相手は、遅延魔法を使ってるわ』

 耳から聞こえてきたソティルの声は、既に落ち着いたものになっていた。どうやらさっきの声は、ニパスを惑わす為の演技だったらしい。

「……遅延魔法?」

『魔法やデュナミスの発生を遅らせているの。その雪原が、いわゆる空間魔法の一種になってるから、私の封印魔法と同じでエクスシアでも無効化できないわ』

 ソティルの説明に、私はようやく合点がいった。

 ピュシスは、働かなかったのではない。発動が僅かに遅かったのだ。

 だから、ダメージは受けたが、辛うじて致命傷を避けることができたんだ。

 けれど、そんな中途半端な危機察知では、機能していないのと大して変わらない。

『スピラ、まだ動けるなら私の指示にしたがって』

 ソティルが重い口調でそう言った。

 私は、少し思い悩んだ。私はここに、自分の力を証明しにきた。

 けれど、まだまだ力が足りなかった。経験不足を痛感する。

 なら、今は認めるしかない。悩むのも、迷うのも、後で生き残ってからすればいい。

「――――助けてソティル」

『任せて。二人で幹部を倒しましょう』

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