魔王軍幹部 ③
ソティルの返答を聞いて、私は再び格納していたエクスシアを取り出して構えた。 ニパスは警戒しているのか、まだ攻めてこない。
『いい? 指示を出すから必ず従って』
「わかった」
目的とか、相手との力の差とか、今は深く考えない。
私は今、ギリギリの死線の中にいる。
勝機があるなら――ただ、ソティルを信じて行動するのみだ。
『正面突破。一気に間合いを詰めて!』
「了解!」
私は地面を強く蹴って、ニパス目がけて突貫した。ニパスが臨戦態勢に入るように構えると、
『前方に大きくジャンプ!』
ソティルの指示で、私は飛び上がった。直後、私の足下から氷柱の攻撃が出現したのが見えた。
『エクスシアを頭上へ向けて振る。遠心力で勢いをつけて、地上のニパスへ攻撃』
私は言うとおりにエクスシアを振った。すると、発生したばかりの氷柱攻撃にエクスシアがヒットし、無効化に成功した。
私はそのままエクスシアを振り回し、地上のニパスへ攻撃を仕掛けた。
ニパスはその攻撃を避けて、左へと飛んだ。
『右へ全回転しつつ、エクスシアを振って』
言われた通り回転しつつ振ると、振った地点でまたも発生したばかりの氷柱を無効化した。
そして、エクスシアの打撃面が、ニパスに直撃した。
手応えあり。
ニパスの身体が大きく吹き飛ばされ、雪原の上を転がっていく。
『スピラ、うまい』
ソティルの声が、耳元に響いた。
今のはどう考えても、ソティルの手柄だ。おそらく、あの青色のイトデンでこちらの様子を見ているのだろうけど、指示が異様なくらい正確だった。
私のピュシスの危機察知は避けるだけだけど、ソティルの指示は相手の攻撃を防ぎつつも、しっかり相手へのダメージを狙ったものだ。
「どうやったの?」
『予測と誘導よ。相手の攻撃パターンを予測して、その選択肢を絞るような指示を出したの。先読みさえできれば、エクスシアが有効に働くでしょ?』
しれっとそんなことを言ってのけた。予測って……だから口頭の指示でも、相手の動きにドンピシャに対応できたのか……って、普通にできることじゃない。
『警戒して。まだ倒し切れてない』
私が唖然としていると、ソティルの厳しい声が響いた。私は気を取り直して、ニパスの方へと視線を向けた。
ニパスはゆっくりと立ち上がた。足下がふらついている。魔法を無効化されれば、いくら魔王軍幹部ともいえども、ダメージは大きいということだ。
ニパスの鋭い視線が、私に向けられた。
「さすが勇者の仲間……といったところか」
ニパスの言葉に、私は苦笑いしてしまう。指示を出しているのが、一応その勇者ということにはなってるけど……何か複雑だ。
「なら……魔王様の望みも、ようやく叶うということだ」
「……望み?」
言葉の意味が気になるも、ニパスは顔に嬉々とした色を浮かべ、自分の首に手を掛けた。
そして、その指先で自分の首を切ってみせた。
『なに?』
ソティルが動揺の声を漏らした。私もその光景に息を呑む。
ニパスは首から血を吹き出し、その場に倒れた。鮮血が雪原を塗り替えていく。
次の瞬間、その血がまるで沸き上がるように吹き上がり、ニパスの身体を包んでいく。
それは、まるで血の糸で繭を作っているように見えた。
繭は次第に大きくなり、既にニパスの身体の十倍以上の体積にまで膨れ上がっていた。
「――――変幻(へんげん)流転(るてん)」
倒れたはずのニパスの声が周囲に響いた。
直後、血の繭が破れ、中から何かが姿を現した。
そこにあったのは、先ほどまでのニパスの姿ではなかった。
現れたのは白色の竜。
体長は、十メートルほどだろうか。加えて、竜の全身から迸る魔力が、異様な程の圧迫感を発していた。
あまりの強大さに、私は思わず一歩後ずさった。
「何なの、あれ……」
『おそらくだけど、魔力を最大限に運用する為のものかも。身体が生み出す魔力を、人間と同じサイズの肉体だと留めきれないから、身体を大きくしたのね』
「……冗談じゃない」
気づけば、弱音を零していた。これが魔王軍の幹部クラスの本当の力。
人間に太刀打ちできる相手じゃない。
『まだ諦めないで』
私の不安を消し飛ばすように、ソティルが言った。
『今まで誰も確認していない姿。つまり、奥の手。敵もそれだけ追い詰められてるってこと。勝つわよ、スピラ』
「いや、何を根拠に……」
『こんな下っ端に勝てないようじゃ、魔王なんて倒せないわ』
ソティルの発言に、私は返す言葉がなかった。
私はこれまで、魔王を倒す為に努力してきた。今この瞬間が、その全部を出し切る時なんだ。
臆するな。
敵がどんなに強くても、それに立ち向かえないのなら……その勇気を持てないのなら、〈勇者〉になるなんて、夢のまた夢だ。
戦え。覚悟しろ!
奮い立たせるように、私はエクスシアを持つ手に力を込めた。
「やってやる。ソティル、何をすればいい?」
『取り敢えず逃げなさい。全速力!』
「はぁ!?」
精一杯の勇気を台無しにする一言に、私は声を荒げた。次の瞬間、そんな余裕すらないことを自覚する。
竜に変身したニパスの口が開き、そこから膨大な魔力の籠もった氷の息吹が、私に向かって放たれた。
私は慌てて、エクスシアを振った。
無効化の力で、私の周囲の氷の息吹は消失する。けれど、迸る魔力を持ったエネルギーは、周囲の平野を一気に凍らし尽くした。規模が先ほどの空間魔法の比ではない。
『北東の方向へ走って!』
私が呆然としてると、ソティルから指示が届いた。
私はすぐさま言われた通りに走り出す。
その間、今度はニパスの口から放たれた氷柱が私を襲ってきた。
幸いなことに、先ほどの遅延魔法の効果が切れたのか、私のピュシスの危機察知能力で、その攻撃を回避していく。けれど、このままでは力で圧倒されるだけだ。
「どうするつもり?」
『大丈夫。準備完了の報告を受けてるわ。もうすぐ見えるはず。そのまま走って!』
「そんなこと言ってもさ!」
直後、私は前方に、薄らと見える人影に気づいた。
それは、先ほど私が助けた女の子の魔法騎士だった。
「まだあんなとこにいたの?」
『私が引き留めたの。彼女の側に立って』
「わかったわよ!」
何が何だかわからないが、私は騎士の前で足を止めた。
振り返ると、白竜の姿のニパスが迫ってきていた。
「あ、あの……準備できました」
女の子の騎士が言った。私は彼女の足下を見て、ようやくソティルの意図を理解した。
つまりソティルは、ここで全部試す気なんだ。
私たちの力が、奴らに通用するかどうかを。
いいわ。やってやる。
私は迫るニパスの方へと向きを変え、しっかりと見据えた。
『個人用の簡易式だから、チャンスは一回。起動式は分かる?』
「魔法学の試験の為に、死ぬほど勉強した」
『任せた』
ソティルの言葉を受けて、私は魔法を発動させる言葉を唱える。
「――オルトロス!」
直後、私の足下に金色の光を放つ魔法陣が現れた。魔方式の発動の際には、それぞれ系統によって発する光が異なる。青なら強化の魔法だし、転移なら緑。
そして、金色の光を放つのは、土地の魔力を扱う使役魔法だ。
大地に蓄えられた膨大な魔力が、私の身体に流れこんでくる。身体と大地に見えないパイプが繋がれたイメージだ。魔力が膨大すぎて、油断すると制御仕切れなくなりそうだった。
ニパスが、再び口から凍りの息吹を放った。
私はエクスシアを振った。今度はエクスシアそのものを、土地の魔力で覆った。エクスシアの魔法無効化は、あくまで魔法式を無効化するだけで、純粋な魔力は消せない。私はそれを逆手に取って、魔力を纏わせて攻撃力へと転化させた。
振り回したエクスシアが、氷の息吹を弾き返した。無効化ではなく、魔力の強さで上回ったのだ。
氷の息吹は逆にニパスを襲い、その身体を凍らせて動きを止めた。といっても、所詮は相手自身の魔法だ。おそらくすぐに解いてしまうだろう。
『一撃で決めて!』
「わかってる!」
私は地面を強く蹴って、大きく飛び跳ねた。
そして、渾身の魔力を自分の右手とエクスシアに込めた。
「喰らえ!」
迸る魔力がまるで雷の放電現象のような発光を起こした。私は落下しつつ、白龍の額へ向けてエクスシアを振り下ろした。
戦槌の一撃が、白龍の額へ直撃する。一瞬送れて、そのエネルギーの余波が周囲に爆風を生んだ。ニパスの身体が受けた衝撃は、そのまま下方へと伝わり、地面を抉るように噴火口のような穴をつくりあげた。
轟音の渦が、周囲に響き渡った。
「……くっ」
衝撃の反動で身体が痛み、声を漏らしてしまった。
力をすべて、腕とエクスシアに集めすぎたのだ。私はニパスの頭上から何とか飛び退き、騎士のいた方へと着地した。
「……やったんですか?」
女の子の騎士が不安げに呟いた。この使役魔法陣は、ソティルがこの子に命じて描かせたんだろう。あのとき、ちゃんと助けていて良かった。
『スピラ、敵は?』
「粉塵でまだ見えないけど……」
ニパスの魔法で、平野の表面は雪や氷で覆われていたが、私の攻撃の衝撃で地面を大きく抉った分、土埃が辺りを舞っていた。
正直、これでダメなら打つ手はない。
もう一度土地の魔力を使うにしても、簡易式は早く魔法式を描ける分、一度使えば使いものにならなくなる。
加えて、簡易式のデメリットなのか全身が激痛で、もう戦う力は残ってない。
静寂の中、ゆっくりと土煙が晴れていく。
目の前に現れた光景は、クレーターのようになった平地と、その中心で人間の姿で仰向けに倒れ、額から血を流しているニパスの姿だった。
「……やった」
白竜化が解けているということは、勝ったということ?
『スピラ、すぐに相手の側まで行って。立ち上がるかもしれないし、情報も聞き出して。終わったら頭も潰すのよ』
「おい、既にボロボロなんだけど……あと、さらっと怖いこと言うな」
注文の多いやつだ。けれど、確かにまだ相手が死んでいないのは確かだ。
魔族は死ぬと、身体を粒子に変えて消えるという消滅現象が起こる。
元々異界の存在である魔族の肉体が元の世界へと戻る為に起こる現象らしいが、詳細はわかっていない。
私は十分に警戒しつつ、ニパスの元へと近づいた。ピュシスは機能するけど、この身体だとうまく反応できない。慎重にいく。
ニパスの元へと到着したとき、
「……人間に敗れる結果になったか」
突然、ニパスが口を開いた。だがその声は掠れて弱り切っており、僅かばかりの力しか残っていないように感じられた。
『魔王幹部ニパス。魔王の目的は何なの?』
ソティルの声は、私の付けている耳栓からではなく、私の足下から聞こえた。見ると、ソティルはいつの間にか、白いイトデンを展開して喋っていた。
「……お前は誰だ?」
『ソティル・エクセリク。一応、〈勇者〉としての予言を受けた者』
「なるほど……この時代の勇者か……なら、この敗北もまた、必然だったのかもな」
その口調は、何処か自重気味だった。
『答えてニパス。魔王は何の為に侵略を? それに、ここを襲った目的は? 何を探しているの?』
「……確かに、お前らは強い。だが、戦ってみてわかった。お前達では魔王様には勝てない」
ニパスはソティルの質問に答えず、言葉を吐き続けた。
私は、ニパスの手足が次第に粒子へ変わっていくのに気づいた。もしかしたら、もうソティルの言葉は聞こえていないのかもしれない。
「もし魔王様を倒せるものがいるとしたら――それは勇者だけだ。お前らのような〈勇者〉を語る偽物でなない」
『それってどういう……』
「魔王様、先に戻っています……」
ニパスはそう呟いたのを最後に、全身を光の粒子に変え、その姿を消した。
その光景に、私は、ようやく魔王軍幹部に勝ったことを実感した。
すっかり安堵して、私はその場にへたり込んでしまった。
「……勝った」
『違う……始まったのよ』
勝利を実感する私に対し、ソティルは厳しい口調で言った。
「もうっ……ちょっとは喜ぼうよ」
私は言うと、その場で大の字になって寝転がった。
当初の目的は多分達成できなかったけど、命をつないだ。
今はそれで十分だった。
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