城の中のラスボス戦 ⑪

 ソティルがイトデンを使って勝利を伝えると、街中と城内が大きな熱気に包まれた。

 戦闘が終わったばかりで皆疲労が溜まっているため、後日、正式な勝利宣言をすると街の人たちに伝え、ソティルは白のイトデンを消した。

「で、色々と説明して欲しいんだけど」

 私はボロボロになったベッドに腰掛けて、ソティルに問い詰めた。

「そうね……まずは今回の手は、最初から考えていたの」

「勇者のいる千年前に転移させればいいって?」

「そう。時間転移魔法の理論に関しては、昔から文献を漁っていて、自分なりに魔法式も考えていたから。まあ、勇者のデュナミスだったということは、後で知ったのだけど」

「それでやってみようって?」

「うまく行くかは分からなかったんだけどね。確信を持てたのは、遺跡で見つけたサピロス石の腕輪のアクセサリーね」

「アクセサリー?」

 確か、特殊な石を使っていると言ってたやつだ。

「持ち主を割り出すデュナミスで調べてもらったら、年期は違うけど、魔王テロスのものだったの。でも、イトデンで見た魔王は、同じサピロス石の腕輪を付けていた。違うものかと思ったけど、サピロスに同じ形のものはないし、何より石に傷がついていた。だから私は考えた。魔王テロスは、何処かのタイミングで過去に飛ばされたんじゃないかって」

「えっと……どういうこと?」

 さっぱり分からない。

「つまり、私達が遺跡から発掘した腕輪は、さっき過去に飛ばしたテロスのものだったってこと。最初にテロスが勇者と戦った時は、腕輪ごと異界へ帰ったんだろうけど、今回は腕輪を落としたんでしょ。それを私達が見つけた」

「でもさ、それだと千年前に魔王が戻ってまた殺されたってことでしょ? そうすると、千年前の時点に魔王が二人いることにならない? ってことは、またテロスの奴が現れるんじゃ……」

 私はそれを考えてゾッとなった。

千年前に送って再び勇者に倒されたなら、最初に倒された魔王テロスに続いて、私達が戦ったテロスの方も復活するということだ。そんなことになったら、今の疲弊した状況だと太刀打ちできない。

「それはないと思う」

 しかし、ソティルはそれを否定した。

「どうして?」

「あくまで仮説だけど、魔王として異界で肉体を権限させられるのは、一人だけなのかも。魔王という個人を、ラベリングされた情報としてみた場合、きっと同じものは一つの世界に存在できないのよ。ほら、ファイルデータだって同じ名前だとデータが上書きされちゃうでしょ? それと同じだとすると、勇者に倒された魔王の順は、実はさっき過去に送ったテロスが先で、後で元の時代にいたテロスだったのかもね」

「ごめん。まったく何言ってるかわかんない……」

 ファイルデータって何? 具体例のはずなのに、余計に分かりづらくなってるんだけど。

 ソティルは一瞬しまったという顔になると、誤魔化すようにコホンと咳払いをした。

「そもそも、魔王が二人いたら、さっさと私達のところに現れてるわ」

「まあ、そうね……」

 あのプライドの高そうな感じなら、私達が勝利を確信した瞬間にひょっこり姿を見せていそうなものだ。それがないということは、私の心配は杞憂だということだろう。

「何となく安心できたけど……」

「まあ、その辺の事情は確かめようがないからね。結果だけ有り難く享受しましょう」

「でも、さっきのハルマってのは? たしか、千年前の勇者の名前でしょ?」

「それはこれよ」

 ソティルは部屋から白いイトデンを取り出し、コップの側面を叩いて見せた。

『私がハルマだ』

 男の声が、イトデンから流れてきた。

「……どういうこと?」

「最初に言ったでしょ。この白いイトデンには、声を変える機能があるって。他にも録音機能もあるから、たくさんこの声でメッセージを吹き込んで置いて、会話に合わせて録音を再生したの。一度発動したデュナミスは、魔力での操作なしに思念だけでも動かせるからね。万一の時間稼ぎに使えるかなって」

「用意周到すぎるだろ」

 私は驚くというよりも、あまりの徹底ぶりに呆れ果ててしまった。

 すると、ソティルが小さく笑った。

「それでも、最悪なケースには、私の側に誰かの助けが必要だった。スピラのことを信頼していたからこそ、出来た計画よ。アンドレイアの成功は、全部あなたのおかげ」

「はいはい、お世辞はいいわ」

「なら、今度の新聞の一面譲ってあげようか」

「それは……」

 ちょっと悩むところだ。

「でも、ちょっと悔しい気持ちもあるけどね」

 不意に、ソティルがそんなことを言った。

私はソティルの言葉の意図が分からず、首を傾げた。

「何が? 魔王だって倒したでしょ」

「だって、遺跡の腕輪がテロスのものだっていうなら、まるで最初からこの結果は決まっていたみたいじゃない」

 ソティルがムッとした様子でそう言い、私はようやく理解した。

 確かに、遺跡から腕輪が出てきたということは、まるでこの結果はあらかじめ決まっていたものとも捉えられる。ソティルが悔しそうにしているのも頷けた。でも、

「私達が頑張ることを決めたからこそ、腕輪は見つかったのかもしれないよ」

 私が言うと、ソティルが目を丸くした。

「仮にすべてのことが運命で決まっていたとしても、私たちの意志がなければ、この結末にたどり着かなかった。私達は運命の操り人形じゃない。その意志を、誰にも無駄だと言わせないし、ないとも言わせない」

 私は自分が勇者でないという予言と、ずっと抗ってきた。

でも、結果は私の負けだった。

 だからといって、私は戦ったことを後悔しないし、私が勇者になりたいと思って頑張っていなかったら、最後にテロスからソティルを救うことだって出来なかったはずだ。

 ソティルだって、ずっと自分が〈勇者〉だということを拒否していたけど、それを受け入れて魔王と戦ってくれた。ソティルの策と豪胆さがなければ、人類が勝つことは不可能だった。

 もしかしたら、予言の意味した〈勇者〉とは違ったかもだけど、あの魔王と、それに自分自身の運命と向き合ったことは、彼女が本当に勇気ある者だということの証だと思う。

「自分の運命と向き合うことができるのが、本当の勇者……っていうことよ」

「そうね……スピラの言う通りかも」

 そう言って、ソティルが私に向かって微笑んだ。

 彼女に言葉が届いたようで、私は嬉しかった。そういえば、私の意見がちゃんと通るのって初めてかも。

「ようやく、私の凄さがわかったか」

「テロスには全然歯が立たなかったけどね」

「うるさいな!」

 嫌味を言ってくるソティルに言い返した時、私はあることに気づいた。

「ソティル、首のチョーカーが消えてる」

「え?」

 私の指摘に、ソティルが首の周りを触る。そして、落ちていた鏡の破片に自分の首を写して確認をした。

「ほんとね……」

「でも、なんで?」

「多分だけど、一度テロスの魔力封印魔法を受けた時に、魔力供給が完全に切れて、封印魔法が消失したのかも。そうか、そういう解く手があったか」

「魔王も役に立ったってことね」

 私がそう言うと、ソティルが声を出して笑った。

 私もつられて大きく笑った。

 二人で笑っていると、いつの間にか不満げな顔をしたラトレも姿を見せていた。

 それから三人で、日が暮れるまで、馬鹿笑いをして、はしゃいで過ごした。


 かくして、私たちの魔王討伐戦は終わりを迎えた。


 ちなみに、時間転移魔法の魔力消費は凄まじく、レオーンの膨大な土地の魔力の九割以上がなくなってしまった為、一ヶ月以上、街から灯りが消えることになった。

 その件をソティルに問い詰めると、

「やっぱ、痛い思いは皆でしないとねー」

 と、返ってきた。

 ……やっぱり、こいつが〈勇者〉だなんて、そもそも間違っていると思う。

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