城の中のラスボス戦 ⑥

 塔はソティルの私室の壁だけでなく、屋上までも吹き飛ばされていた。部屋には瓦礫が散乱し、天井が抜けたことで空の光が差している。

「こんな場所に引きこもっていたとはな。見つけやすい場所で助かったよ」

「そう? 来るのが遅くて用意したコーヒーが冷めちゃったわ」

 ソティルがドレスについたほこりを払いつつ言った。ソティルは余裕の表情を崩していない。だけど、この戦況はどう考えても厳しい。

 たった一人の戦力で、先ほどまでの有利な状況を一変させられた。時間をかけて形にした策さえも、一瞬で瓦解させられた。

 これが魔王……。

 私たちが勝つには、この怪物じみた存在を倒すしかない。

 そして、それは現状……私にしかできないことだった。

「それほどの実力があるのに、部下を使っていたなんて、よっぽど勇者の存在が怖かったのね?」

「黙れ小娘。戦争など盤上の嗜みと同じにすぎん。無礼な貴様に思い知らせることもな。お前には、最悪の恥辱と最悪の苦痛を与えてから殺してやろう。つまらぬ小細工がいかに無意味であったか教えてやる」

 なぜか挑発を続けるソティルに対し、魔王テロスが塔の床に降りてくる。テロスがソティルににじり寄ろうとしたとき、私はソティルとテロスの間に割って入った。

「なんだ貴様は?」

「私は……そうね、一応は〈勇者〉の仲間」

 私は臆せずに、そう名乗った。

「勇者の仲間だと?」

「ええ。そして、あなたを倒して、真の勇者になる者よ」

 私はエクスシアを構えて、テロスに言った。すると、テロスが私の姿を見て鼻で笑う。

 何がおかしいのよ、何が。絶対、ぶっ倒してやる。

「スピラ……」

 私がテロスに闘志を燃やしていると、私の後ろから、ソティルが心配そうな声を掛けてきた。

「約束でしょ。不安より、信頼の言葉が欲しいかな」

 私が言うと、ソティルが小さく頷いた。

「わかった……勝って、スピラ」

「任せなさい!」

 私は答えると、テロスに向かってエクスシアを振り回した。

 テロスが大きく後退し、城の敷地内へと移動していく。私は塔から飛び出し、テロスのあとを追った。

「逃げるつもり!?」

「バカが。楽しみの場を、壊したくないだけだ」

 テロスは城の庭園まで移動すると、小型の火球を私に向けて放ってきた。私はあえてそれをエクスシアでは無効化せずに足を使って回避する。

「面倒だ……一気に終わらせるぞ」

 テロスは私が小型の火球を回避したと見ると、今度はあの防壁を破壊した巨大な火球を作り出し、私に向かって放った。

 チャンス!

 私は、正面から大型の火球へ突進した。そして火球にぶつかる直前で、エクスシアを下から上に振り上げた。エクスシアの魔法無効化の効果で、大型の火球が光の粒子へと変換されて、霧散する。

 光の粒を抜けて、私は驚愕の表情を見せる前方のテロスへと、一気に距離を詰めた。

 そして、力限りの魔力を込めて、思いっきりエクスシアを振り落とした。

「はああああッ!」

 私が叫びともに打撃を放つと、テロスは両の腕で、エクスシアの攻撃を受け止めた。

 おそらく強化魔法で凌ぐつもりだったのだろう。

 だけど、エクスシアの無効化能力は、魔法式のある強化魔法には有効だ。魔力そのもので身体を覆うタイプのものでない限り、私の攻撃は容赦なく通る。

 テロスの強化魔法が無効化された。

私の魔力に加え、土地の魔力によって強化された打撃が、テロスを直撃した。その衝撃は、テロスの身体を通して地面にまで伝わり、庭園の石畳の床に大きくヒビを入れた。

 手応えはあった。

 けれど、テロスは倒れない。テロスは魔力を纏っていない剥き出しの両手で、私の攻撃を受け止めたせいで、両の腕が折れていた。だというのに、テロスは平然としている。その異様な光景に私の背筋に悪寒が走った。直後、テロスの足下に、小型の火球が一つ現れた。

 マズイ!

 テロスは小型の火球をまるで球を蹴り飛ばすようにして、私の方へと放った。

 私の〈ピュシス〉の危機察知能力が発動し、私は反射的にその火球を避けた。避けた火球は城壁へと当たり、壁一面を粉々に爆散させた。

 私はエクスシアを下げ、一端、テロスと大きく距離を取った。

「……フン。魔造武具にデュナミスといい、面白い能力を持っている」

 テロスは私に向かってそう言いつつ、両の手に魔力を集中させた。回復魔法を使ったのか、腕が、一瞬で元の姿へと戻っていく。

「なるほど……回復力も尋常じゃないわね」

「そちらのデュナミスは想定するに予知のようなものといったところか……なら、少し遊んでやろう」

 テロスは言うと、小型の火球を自身の周りに四つ展開させた。

そして、その火球をすべて、私の方へと放った。私はピュシスの能力で、それらの火球を回避し、再びテロスへ近づこうと試みた。

 けれど、避けたはずの火球が方向転換し、再び私の方へと襲ってきた。

 追尾型の魔法だ。私は避けるのを止めて、エクスシアで火球を一個ずつ無効化していく。

「なら、追加だ」

 テロスが、今度は六つの火球を私に向けて放つ。

 私は危機察知能力で避けつつ、可能なタイミングで、エクスシアを振って火球を無効化し、消していく。

「面白い! なら、これはどうする?」

 私が火球を避けて空中へ飛んだタイミングで、テロスは私の頭上に、巨大な火球を発生させた。重力に引かれるように、火球が私目がけて落下してくる。同時に、先ほど避けた小型の火球が、下から迫ってきていた。

「くっ……!」

 私は魔力操作で、自分の周りに床の代りとなる魔法陣を生成した。私はそれを蹴り、エクスシアを構えて、その場で身体を回転させた。回転に合わせて振られるエクスシアにより、頭上と下方の火球の両方を攻撃し、無効化して消滅させることが出来た。

「良いぞ。だが、甘い」

 いつの間にか上空へ移動していたテロスが、頭上の大型火球の影から現れた。

 テロスの拳が、私に向かって振り下ろされた。

攻撃後で身動きが取れなかった私は、その拳の直撃を腹で受けるしかなかった。

 私の身体が、地面へと叩きつけられた。

衝撃で血を吐き、身体の全身が激痛に襲われる。土地の魔力を使った強化魔法を使用しているのに、それすらも超えて私に大きなダメージを与えてきた。

 直後、私のピュシスが発動し、痛みを無視して強引に回避運動を取らせた。

 先ほどまで私の頭があった場所に、テロスが着地してきたのだ。どうやら、そのまま頭を潰すつもりだったらしい。

 うつ伏せになってしまった私は、何とか身体を動かそうとするも、もう起き上がることすら出来なかった。それでも、何とか手元にはエクスシアを握れている。

まだ、戦える!

 けれど、私の身体は私の意志に答えてくれず、一歩も動けない。

 テロスの足音が、私の側に近づいてくる。

「まさか、今の一撃を避けるとはな。おそらく、お前の意志に関わらず、自動で発動する予知と回避の能力といったところか。だが、今のようにダメージを受けすぎれば、その能力も発動できないな?」

 テロスが私の脇腹を蹴った。ピュシスは発動しているけど、身体の自由が聞かなくて、蹴りを避けられない。

 悪趣味なことに、テロスの蹴りは小突くような軽い蹴りだった。でも、骨折や全身に傷を負った今の私には、その弱い蹴りでさえ、身体に激痛を走らせた。

「なかなか楽しめた。そろそろ死ぬか?」

 テロスの蹴りが、今度は私の頭上に振り下ろされそうになった時だった。

『それ以上やったら、〈アリシャの石〉を破壊するわ』

 ソティルの声が周囲に響き、テロスが足を止めた。

 私が視線を動かすと、私の側に、いつの間にか白いイトデンが現れていた。

 ソティル……。

 私は声を出そうとするも、痛みから掠れた息がこぼれるだけだった。

 テロスは一瞬、不満そうな表情を浮かべるも、すぐに塔の方へと視線を向けた。

「……いいだろう」

 テロスは言うと、飛行魔法使って、塔の方へと向かっていた。

 私はそれを追うことが出来ず、テロスの後ろ姿が小さくなるのを見ているしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る