城の中のラスボス戦 ③

 ラトレは黒蛇の周りを旋回するように走りながら、魔法矢を放ち続けた。

 土地の魔力を使役している為、魔法矢の威力は通常よりも数段上がっている。その威力は、一矢でレオーンの外壁を抉るほどのはずだ。

 しかし、巨大な黒蛇の鱗は、強化された魔法矢の攻撃をいとも容易く弾き返した。ラトレはソティルとスピラから、魔王軍幹部は変身能力を有していると聞いている。 おそらく目の前の黒蛇は幹部の一人なのだろう。

(確実にここで仕留める。ソティル様のところへは行かせない!)

 ラトレは黒蛇の周囲を駆け回り、矢を放ち続けた。発射速度を強化した矢だけでなく、爆発や凍結、雷、毒など様々な効果付与を持たせた矢を次々と放った。

 だが、黒蛇にはどの矢もまるでダメージが通っているように見えない。その鱗は、どんな魔法障壁よりも強固だった。

「邪魔くさいんだよ、人間!」

 不意に黒蛇がそう声を放ち、その巨大な身体を大きくくねらせた。その衝撃で地震が起きたように地面が揺れ、さらにその尾が周りの騎士達の身体を次々になぎ払っていく。

 ラトレは小柄な身体を俊敏に動かし、黒蛇の攻撃を避け続けた。

激しさを増した黒蛇の攻撃が、周囲一帯に霧のような土煙を作り出した。

(まずい!)

 スピラと異なり、ラトレは回避行動を視覚に依存している。黒蛇の姿が見えなくなり、ラトレが僅かに足を止めた時だった。ラトレの身体に衝撃が走った。黒蛇の尾が  ラトレの身体を直撃したのだった。

 ラトレの軽い身体は簡単に吹き飛ばされ、地面に転がった。右腕に激痛が走る。彼女の右腕は尾をぶつけられた衝撃で折れてしまっていた。これではもう、魔法矢を引くことはできない。

 土煙が薄れて、ラトレの前に黒蛇の顔が姿を現わした。

「お前のような劣等種が、俺を倒せると思ったか? 卑しい髪を持つ人間よ」

 黒蛇が獰猛な口を歪めて言った。

 その言葉に、ラトレは心臓を鷲づかみされた気分になった。自分の生まれのことを、この魔族は知っているらしい。理解した上で言っている。

 しかし、ラトレは負けずに目の前の黒蛇を睨み返した。

「そういうあなたは、魔王軍の幹部ってところですか?」

「変幻流転を使えるものだけが、テロス様の側近になれる。この姿は名誉の証だ」

「それは有り難いですね。あなたを倒せば、ソティル様のお役に立てる」

「その折れた腕でか? お前はすぐに殺さない。丸のみしてじっくり消化して殺してやろう。劣等種」

「あなたにそんなこと言われても平気です」

 ラトレは身体をゆっくりと起こし立ち上がった。

そして、真っ直ぐ黒蛇を見据えた。

「だって、私の髪を好きだって言った人が、二人もいるんですから」

 ラトレが言った直後、黒蛇が大きな口を開けてラトレに迫った。

 だが、その口は直前でラトレに届かなかった。

 いつの間にか、無数の魔法矢が、黒蛇の周囲から一斉に放たれ出したからだ。

「ぐわぁ!」

 黒蛇が苦悶の声を上げた。魔法矢は固い黒蛇の鱗を貫通はしていない。けれど、黒蛇の周囲を取り囲むように、何処からともなく矢が現れ、間を置かずに一気に放たれ続けていた。

 一つ一つは小さな威力でも、無数にしかも連続で攻撃されることで、黒蛇にも微妙ながらダメージを与えられた上、動きを完全に封じることができた。

 それは、ラトレのデュナミスの能力だった。

ラトレのデュナミスは、彼女が起こした魔法現象を、もう一度同じ位置で、再現する能力だった。

黒蛇の周囲を先ほど駆け回りつつ放った魔法矢を、ラトレは同時に再現している。今、黒蛇を攻撃しているのは、この短時間でラトレが放った魔法矢とまったく同じものだった。

 加えて、陣形を立て直した騎士達が、次々に魔法攻撃を黒蛇に向けて放ちだした。魔法矢と魔法の一斉攻撃に、黒蛇は完全に動きを封じられた。

「――――この、劣等種が!」

黒蛇が激高し、口を限界ギリギリまで大きく開いた。

 ラトレはそのタイミングを待っていた。

 直後、一歩の魔法矢がラトレの背後に現れ、黒蛇の口の中へと放たれた。

 矢が黒蛇の口の中に打ち込まれ、そして内部で大きな爆発を起こした。

 黒蛇が苦悶の声を上げると、魔法矢が瞬く間に何度も黒蛇の口の中を射貫き、爆発の連続を引き起こしていく。

 いくら体表が固くとも、生物である以上身体の内側は脆い。

内部を損傷した黒蛇が、頭を地面に落とし、その身体を光の粒子へと変えて姿を消した。

 それを確認して、ラトレはようやく自分のデュナミスを止めた。

「私の方が主人に対する尊敬の念で勝った、ということですよ」

 ラトレは言うと、見せつけるようにピンク色の髪をかき上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る