王都は踊る ⑥

 その後、騎士隊の人たちによって、祭りのことやソティルの演説のことなどが、口頭や紙によって伝えられた。

 八年ぶりに王女であるソティルの姿を見られるということで、予定の夕方の五時前には、街の人全員が、このことを知ることになった。

 私とソティルとラトレは、塔の屋上に来ていた。

「作戦室で良くない? ここ、今は露天風呂だってあるし」

「光が反射しないように、お湯は抜いてあるから大丈夫よ。かっこ悪いから、浴槽の方を映したらダメよ」

 街の人たちには、青のイトデンと白のイトデンを街中にいくつか配置し、街を囲う防壁や建物の壁に映像を同時に映し出して、ソティルの言葉を伝える計画だ。

 屋上にはこちらの映像を映し出す青のイトデンの他に、発信している映像をチェックする用のイトデンと、街の人たちの様子を映すイトデンも用意している。考えてみるとこの能力、ソティルのような立場の人間が使うのが最も効果的に使えるのかもしれない。

 ソティルは、今年仕立てたけど一度も袖を通さなかったらしい赤い礼装のドレスを着ていた。いつも着ているドレスとは違い、細やかなレースの装飾などが施されている。コルセットなどの関係で珍しく城の召使いを呼んでいたが、化粧はなぜか自分でするといって、自らやっていた。

 日がゆっくりと落ち始める景色の中で、ソティルのドレス姿は中々に画になっている。これなら、街の人たちにもウケがよさそうだ。

「まあ、書庫に籠もってボサボサになった髪で、国民の前に現れるわけにはいかないもんね」

「私は普段のソティル様も素敵だと思います」

 私の軽口に対抗するようにラトレが言った。

「ふふ、ありがとう。じゃあ、そろそろ時間だし、始めましょうか」

 街の様子を捉えたイトデンの映像には、皆が今か今かと待ち望んでいる姿が見えた。

 ソティルが息を整えて、集中するように瞑目した。

 私とラトレはソティルから離れると、下の階から運んできたテーブルの側に寄る。そして、その上に置いていた逆さまの状態の青のイトデンの口を、ソティルの方へと向けた。

 塔にいてもわかるぐらい、街中からざわめきの声が聞こえた。なるほど、室内でやるよりは、臨場感があっていいかもしれない。

 五時になった。

 ソティルがゆっくりとその目を開けた。

「皆さん、こんばんは。エクセリク国王女の、ソティル・エクセリクです」

 澄んだ声でソティルはそう告げた。

 街は一転して、水を打ったように静まりかえった。誰もが、ソティルの一語一句を、一挙手一投足を見逃さないようにしていた。

 ソティルが薄く微笑んだ。

「皆さんの前に姿を見せるのは、子供の時以来でしょうか。確か、最後に姿を見せたのは、〈勇者〉の予言を受けた時だったはずですね。この話を聞いている中には、もしかしたら、私が本当は死んでいるのではと、思っていた人もいるかもしれません」

 本人は冗談のつもりで言ったのだろうが、際どすぎて、街中の反応はいまいちだった。

ただ、私が少し笑ったからか、ソティルが私の方を見て笑顔を見せた。

「十五才になった私はどうでしょうか? 綺麗になったでしょうか。可愛いでしょうか?」

 ソティルがそう言うと、映像がソティルの全身を映し出す。ソティルの方で映像の拡大や引きなどは自由にできるらしい。

ソティルはその場で、くるっと可愛らしく回って見せた。

街からは感嘆の声が聞こえ、街の様子を映し出す画面には、顔を赤くする少年少女の姿も見て取れた。

ちなみに、私の隣に立っていたラトレは、鼻血を出して蹲っていた。いよいよこの子は、ダメかもしれない……。

 ソティルは、再びカメラを胸元が映るぐらいに拡大し直すと、話を続けた。

「皆さんが既に知っている通り、明日はいよいよ魔王軍との決戦です。今回の戦いは、お父様ではなく、〈勇者〉の予言を受けた私が指揮を執ることになりました。ですからその前に、私の方から少しお話をしたくて、この場を設けさせてもらいました」

 穏やかに、しかしはっきりと話していくソティル。

その口調は王女らしい荘厳さと、人々を安心させる慈愛に満ちている……風に見えるように、間違いなく意識して話していた。私は苦手だしできないことだけど、きっと王女のソティルとしては、立派な能力なんだろう。

「今日は一つだけ、皆様に告白したいことがあります」

 告白? 事前の打ち合わせでは、出てきていない話だった。

 ソティルは胸に手を当て、はっきりと告げた。


「正直に話します。私が〈勇者〉の予言を受けた時……私は、皆様を憎みました」


 その一言に、街中から音が消えた。

 ちょ、何を言ってんだ、こいつ!

 街の人々の反応を余所に、ソティルは話を続けていく。

「王女である私が〈勇者〉の予言を受けた時、皆は歓喜しました。自国の王女が〈勇者〉となり、魔王討伐の旅に出るなんて、こんなにめでたいことはないと。その日が祝日になり、街全体がお祭り騒ぎになったことも覚えています。でも、それは私にとって、お前一人で魔王と戦って来いと言われているような、無責任なものに感じました」

 ソティルの告白を街の皆が黙って聞いていた。

ソティルの話した日を知らない幼い子供たちも、何処か不安そうな顔で、映像の中のソティルを見つめている。

「なぜ私だけがそんな責務を負わないといけないのか、理解に苦しみました。そして私は、この塔の中に引き籠もり、皆の前から姿を消しました。当然、魔王討伐の旅もする気はありませんでした。私だけに犠牲を強いるような世界なら、無くなっても構わないとも思いました」

 ソティルはそう断言した。

 その意見は、私の信条とは異なるけど理解はできた。

〈勇者〉といえば聞こえはいいけど、ある意味、面倒事を他人に押しつけているのと変わりがない。

 人は何かに期待するとき、無自覚に誰かの犠牲を強いることがある。

 嫌なこと、大変なことを誰かに押しつける。

 その本質は、生け贄を求めることと変わりはない。

けれど、大抵そういったものは、美辞麗句で飾られ、本質を隠される。

直視できないほどに、醜いからだ。

「私は、〈勇者〉であることが嫌で嫌で溜まらなかった。でもある日、私は出会いました。私が嫌で嫌でしょうがない、勇者に憧れるバカな仲間に」

 ……あれ? 誰のことだ?

 私が首を捻っていると、気づけば、ソティルの視線が私に向けられていた。

「なんで私の嫌がる勇者なんかに憧れるのか、私は分かりませんでした。バカなんだろうな、この子って思いました。哀れみました。こんな悲しい生き物も、世の中にいるのかと」

 おい。公然となんてことを言うんだこいつ。

「でも……その時、うっかり考えてしまいました。もし、この子の願いを叶えるとしたら、どうしたらできるのか……それで、私は思いついてしまったんです。今回の作戦とこの光景を」

 ソティルは手を前に差し出して見せた。

 この光景……つまり、国民皆が魔王討伐の決戦の為に、ソティルの演説を聞いている、この光景のことだろう。

 私はその発言に、息を呑んだ。

 あの子は、あの瞬間に、ここまでの経過を想定していたということだ。

 私とは違う思考の瞬発力に、悔しいけど圧倒されてしまう。

 ソティルは手を戻し、話を続けた。

「私だけが戦うのではない……国民全員を巻き込む形での、魔王討伐の戦略を思いついたんです。この方法なら、私だけじゃなく、皆を巻き込んで魔王と戦える。勇者と魔王の物語ではなく、魔王と人類の戦争が出来る、そう考えました。もっと言えば……無責任な人たちへの復讐のつもりで、この計画を進めました。それがとても楽しかったのです」

 ぶっちゃけすぎである。

 絶対今ので、引いている国民出てきてるぞ……。

「でも、進めていく内に、私は計画を進めていくことそのものに、面白さを感じていました。夢中になったんです」

 次第に、ソティルの口調が明るいものに変わっていく。

「デュナミスの面接を通して、色々な人たちの顔を知りました。その顔から、私は色んな人の人生を想像しました。それで、気づいたんです。私も、皆さんの顔をちゃんと見ていないことに」

 ソティルが、ゆっくりと目を閉じ、自分の胸元に手を当てた。

「私はずっと、自分のことを人形だと思ってました。与えられた運命に従って生きるだけの、空っぽの人形だと。でも、違った。ちゃんと私にも心があった。今も昔も、ちゃんと自分の意志があった。目の前のことを楽しいと思う心が確かにあった。誰かのことを愛しいと思える心があった」

 ソティルの言葉の高まりと共に、街の人々の熱が高まっていくのがこの塔にも伝わってくる。

「だから、私自身でこの魔王討伐計画……〈アンドレイア〉を行うのは、私が王女だからでも、私が〈勇者〉だからでもありません。私の心で決めた、私の意志。私のわがままです」

 ソティルはそう言って目を開け、映像の向こうの人々を見つめるように言った。

「だから、私のわがままに付き合わせるからこそ……私は、あなたたちにお願いをし、そして約束をします」

 そして、この演説の中で一番力強い言葉で告げていく。

「私と一緒に、戦ってください。私と運命を共にしてください。そうしてくれたら……」

 ソティルは右手をぐっと握り、天高く拳を上げた。


「私は魔王を倒し、勝利を皆さんにプレゼントして見せます!」


 ソティルのその宣言と共に、夕日がソティルの顔を鮮やかに照らした。

 街中が、怒号のような喝采で溢れていく。

 かくして、魔王討伐の為の、最大のお祭り騒ぎが始まった。

 というか、夕日の当たり具合といい、時間帯とかしっかり考えてんなこいつ……。

 私がソティルの方を見ると、ウインク混じりで、ニコッと笑って見せた。

 悔しいけど、ちょっと可愛いと思ってしまった。

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