王都は踊る ⑤
魔王との会話の翌朝、作戦室でソティルやラトレ、騎士隊長たちと、私は当日の作戦会議をしていた。会議中に隊長の一人が、近隣の町や村から続々と避難民が集まっているとの報告を上げていた時だった。
「祭りをしましょう」
ソティルが突拍子もないことを言い放った。誰もその意味が理解できず、その場が静寂と困惑に包まれる。
「その……魔王討伐が成功したら、ということでしょうか?」
「今日の夜からよ。勿論、避難してきた方たちも一緒です。すべての経費も国で持ちます」
どうやら本気らしい。騎士隊長たちの戸惑いの色が濃くなっていく。
私が翻訳作業に名乗り出るしかないか。
「えっと……明日死ぬかもしれないから、皆で楽しく最後にどんちゃん騒ぎをしようってこと?」
「そんなわけないでしょ」
全否定してくるソティル。だって、そうとしか思えないんだけど。
「そうじゃなくて……これは土地の魔力の為です」
ソティルが机に並ぶ隊長達へ向けて言った。
「土地の魔力は、その土地の豊かさに比例します。一般的に、自然豊かな土地ほど土地の魔力は高いと言われています。けれど、自然が必ずしも多いとは言えない、このレオーンのような王都も土地の魔力は充溢しています。それは、人から漏れる魔力が土地に染みこむからです」
ソティルの言葉に、私は首肯した。この部屋のランプだけでなく、街の街灯や工作機械に至るまで、土地の魔力を活用しているものは多い。それは、それだけこのレオーンを支える土地の魔力が豊かだということだ。
「けれど、最近の研究では、町の人口と土地の魔力量が必ずしも比例していない場合も確認できています。他国の話ですが、ある田舎町の方が、人口は多いけど荒んだ街より、土地の魔力が多い事例もあったそうです。それは、自然の量を考慮しても、大きな違いがあった。つまり土地の魔力は、その街の持つ豊かさでもっても、大きく変化するということです」
「街の豊かさ?」
「仮説だけど、その街の発展の具合やその街に住む人々の幸福度ってところね。人の体内で生成される魔力と精神状況に関係があるのかもしれない」
ソティルが私に言った。そういえば、数日前読んだ新聞で、『都市発展計画』という広告を見た気がする。まさか、あれもソティルの仕業だったのか?
ソティルは、騎士隊長達に向き直り話を続けた。
「事前に計画を立てていたのですけど、今から都市開発をしている時間は当然ありません。ですから、魔王との決戦の最中まで、街の人たちには祭りをひたすら楽しんで、レオーン内の幸福度を上げてもらいます。お祭りで気分を高めましょう」
「しかし、さすがに魔王軍との決戦は民に周知のことでして……皆が祭りに乗り気になれるかどうか……」
騎士隊長の一人が、申し訳なそうに言った。
確かに、魔王がこれから攻めてくるのに、呑気に祭りをしてはしゃげだなんて、切り替えるのは難しいだろう。
「では、騎士の方々に街での周知を行っていただいたあと、私がイトデンを使って、直接皆さんに話しましょう」
ソティルのその言葉に大きなざわめきが起こった。
「え、どういうこと?」
「ソティル様はこの八年間、国の式典などに一切参加せず、公に姿を見せていないんです」
隣に座るラトレが、私に耳打ちして教えてくれた。
まあ、封印魔法のせいで見せたくても見せられなかった面もあるからか。イトデンのことも、ちょっと前まで秘密にしていたみたいだし。
「王女であり、騎士を率いる私が皆にお願いすれば、スムーズにいくかも知れません。いかがですか」
「姫様のお言葉なら間違いなく」
ソティルの問いかけに、騎士隊長の一人が恭しく答えた。
私は横目でソティルをチラリと窺う。まったく、かもとかよく言うわ。
絶対、確信持ってるくせに。
「では、早速街への周知をお願い致します。演説はそうですね、この時期だと……夕方の五時にはじめましょう。お酒や食べ物の手配もお願い致します。足りなさそうなら、北の街々に手配しても構いません」
「畏まりました」
騎士隊長たちは席から立ち上がると、急いで作戦室から出て行った。
「さて、私たちも準備よ。ソティル、ラトレ」
ソティルも立ち上がり、私たちに向かって言った。
「準備って何するんだ?」
「決まってるでしょ。久しぶりに皆の前に出るのだから、オシャレしないとね」
言うと、ソティルはその場でくるっと回って見せた。
十分可愛いと思うけど……なんてことは、死んでも言わないぞ。
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