王都は踊る ④
「いやあ、この露天風呂に入れるのも、あと二日だけかぁ」
「縁起でもないこと言うな」
私はソティルと一緒に、塔の屋上の露天風呂に入っている。夜空は満点の星が広がっていて綺麗だし解放感に満ちていた。
「テクノは良い仕事をしたわ。まあ、最後までお風呂を石造りにしたいって言ってたけど」
「何で木にしたの?」
「んー……危ないから? それに木の方が落ち着くのよ」
ソティルはお風呂の中で足を浮かべて遊びつつ、そんなことを言った。まあ、確かにこの下はソティルの寝ているベッドとかあるから、過重的に危ないといえば危ないのかもしれない。
「はー、極楽極楽」
ソティルは謎の呪文を言いつつ、風呂を楽しんでいた。こいつ、たまによく分からない言葉を言うときがあるな。でも、機嫌も良さそうだし、今言うのがいいのかもしれない。
「ねえ、ソティル」
「んー、なに?」
「私に、魔王との一対一で戦う機会を頂戴」
「いいわよ」
私は風呂場の中で、私はすべって転びそうになる。
「え、いいの!?」
「だってソティル、拒否したところで勝手にやりそうだし。ニパス戦のこと、結果的に良かったとはいえ、忘れてないから」
「うっ……」
あれは確かに申し訳なかったと少しは思ってるけど。ソティルが呆れた目で私を見た。
「あなたが自分で言わなかったら、私から言うつもりだった。指揮を取る者としては、その方が有り難いから」
「えっと……ありがとう」
まあ、嫌味も少しあるだろうけど、これは素直に有り難い。
「私、どうしても魔王と戦いたい。勇者になることは……私の人生のすべてだから」
その為に、私は八年間頑張ってきた。
ちゃんと、自分自身の意志で。
だから、挑戦できるチャンスを、見逃すことになんてできない。たとえそれが、命を賭けることだったとしても。
私の言葉にソティルは小さく笑みを浮かべた。
「ソティルが勇者の予言を受けていれば、全部まるく収まったのにね」
「ホント、それ!」
ソティルの返答に、私は湯船から思わず立ち上がっていた。
どうして才能や立場というものは、こうも望むものの所にちゃんと収まってくれないのか。
私が勇者だったら、今頃率先して冒険に出て仲間を集めて魔王に戦いを挑んでいただろう。
そうしたら、もっと別の形の人類と魔王の戦いの構図になっていたかもしれない。
予言を重視するこの国の伝統がなければ、もっと別の形もあり得たかもしれない。そう思うと私にとってこの運命は、皮肉以外の何ものでもない。
「でも、スピラは〈勇者〉の予言を受けなかったからこそ、今まで頑張ってこれたって面もあるんじゃない?」
「それは……そうかもだけど」
ソティルの問い掛けに、私は再び湯船に身体を沈めた。確かにソティルの言ったことにも一理ある。今の私の頑張りは、皆にチヤホヤされたりというのもあるけど、本当の勇者になって世間を見返してやりたいという反骨心もある。
そう考えると一概に悪い予言じゃなかった気も……うーん。
「それでも、やっぱり〈勇者〉の予言が良かった」
「ままならないね」
「ホントそう」
私が言うと、ソティルが声を出して笑った。私もつられて笑ってしまう。そうやって笑えるのは、私が何だかんだで、今の努力できてる自分が好きだからかもしれない。まあ、私が勇者になった暁には、予言の儀式なんてなくしてやるけど。許せないものは許せないのだ。
ひとしきり二人で笑って少し落ち着いたとき、私はソティルに聞いてみたくなった。
「ソティルは、王者や勇者として生まれて良かったことってある?」
彼女は勇者の旅を拒否するために、自分に封印魔法までかけている。そんな彼女が自分の立場をどう思っているのか気になった。
ソティルは私の問いを聞くと、顔から色を消した。その反応に、私は少し戸惑った。
「……ごめん、なんか気に障った?」
「そうじゃないけど……」
ソティルはそう呟くと、不意に顔を上げて空を眺めた。その視線は、夜空の星のさらにずっとを見ているようで……何処か儚げに感じられた。
「……ただ、そう思えたら良かったのにね」
ソティルはそう呟くと、チラリと私の方へと視線を動かした。
私は背筋が凍った。
その眼差しは、彼女が初めて見せる冷たいものだった。
「……ちょっと話をしていい?」
「いいけど……」
ソティルの言葉に、私は頷くしかなかった。
「ある子供の話」
「う、うん……」
「その子は、裕福な家庭に生まれたという以外、普通の子供だった。でも、その子の 親は自分の子供をエリートに育てたかったみたいで、三歳になる前から、その子を勉強や習い事付けにしたわ。その子の毎日に休みなんてなかったし、同い年の子と遊ぶ時間もなかったけど、その子は満足だった。何かを達成する度に、親が……特に母親が喜んでくれたから。いわゆる、良い子だったのね」
……何処かの貴族の話だろうか。それともソティル自身? いや、こいつは良い子って感じじゃないけど。私の疑問を余所に、ソティルは話を続けた。
「その子が十五才になる頃には、世間でも有名になっていた。天才少女って呼ばれてもいたの。それで、飛び級で海外の大学に行くこと決まったりした」
「だ、大学?」
急に聞いたことがない言葉が出てきた。異国の子供の話なんだろうか。私の疑問を余所に、ソティルは訥々と話を続けた。
「でもね。その子は、大学に行く前日に気づいたの。自分が何も持たない、空っぽな人形でしかないってことに。全部親に言われ、親の望み通りに生きてきた自分は、意味のない存在なんだって。どれだけ優秀だとしても、それは、誰かの道具として使えるという意味にすぎなかった。まあ、今にして思えば、良い子にありがちな有り触れた話よね……でも、言ってみれば、洗脳されて育ってるみたいなものだから、そんな単純なことにも気づけなかった。頭が良いって言われている癖にね」
ソティルはなぜか自嘲気味にそう言った。
「それで……その子はどうしたの?」
「……出発の日、住んでいた家から、飛び降り自殺した」
「え?」
その一言に思わず私は息を呑んだ。
同時に、何故か背筋に悪寒のようなものが走った。なぜか真に迫る怖さがあった。聞く限り、ソティル自身の話でもないというのに。
私の反応を伺うように、ソティルが私の方を見つめてくる。私がどう答えかしたらいいか分からず戸惑っていると、
「――なんてね。どう? この創作話。今度新聞に載せてもらうと思って」
ソティルは悪戯っぽい表情を浮かべて、私にそう言った。
真剣に聞いていた私は、口を開けて呆然となった。
「そ、創作話?」
「今の新聞ってまだまだ面白さが足りないでしょ? 連載小説でも載せて、もっと盛り上げようと思って」
ソティルはのほほんとした口調で補足した。
こいつ……いい加減にしてほしい。
「別にいいとは思うけど……引き込まれたし。でも、ラストは幸せな方がウケると思う」
「そうね。考えておく」
ソティルは言うと、湯船の中から立ち上がった。
「ちょっとのぼせちゃったし、先に出るね」
「私、もう少し入っていくけど」
「いいよ。ゆっくりしてて」
ソティルは言うと、浴槽から出ようとした。なぜかその背中に寂しさのようなものを感じて、私はつい口を開いていた。
「ねえ、ソティル。今の話だけど」
「ん?」
「その女の子、何もない空っぽな人形って表現してたけど、ちょっと違うと思う」
「……なにが?」
「だって、話を聞いてると、親を喜ばせたいとか努力したとかは、親に言われた面もあるかもしれないけど、その子の意志だと思うもの」
「……そう、かな」
「そうよ。どんな環境で育っても、人は、自分の意志を持たずにはいられない。意志がちゃんとあったからこそ、自分のことを人形だと思ってしまったわけだし。むしろ、過酷な運命の中で、その子なりによく頑張ったと思う。最後の選択は間違えたかも知れないけど……そんな頑張り屋の子、私が側にいたら、絶対にその子を死なせたりしないって断言する」
珍しくこいつの話の矛盾点をつけて、私は内心勝ち誇っていた。
人は生まれた身体、環境に縛られて生きるしかない。
それが、運命というものかもしれない。
けれどそういったものとどう向き合うかは、結局は本人の意志だ。
私はクソみたいな予言には抗っているし、その子はその子で、運命を受け入れて頑張ったはず。それはそれで凄いと思うし、私は基本的に努力する人間が好きだ。
すると、私の発言がよっぽど意外だったのか、ソティルが目を丸くし、間抜けな顔になっている。
どうやら、私の意見に驚きを禁じ得ないといった様子だ。
ふふ、いつも思考力で圧倒されている分、気持ちがいい。
「…………ありがとう」
私が内心優越感を抱いていると、ソティルが小声で、そんなことを言ってきた。
なんだろう、感謝されることは言ってない気が……。
「そういえば決まってなかった魔王討伐の作戦名……今、決めたわ」
ソティルは顔を拭うような仕草をした後、そんなことを言った。
そして、私の方へと振り向く。
何処から晴れやかな表情を浮かべて、ソティルは告げた。
「作戦名――〈アンドレイア〉よ」
アンドレイア……それは、『勇気』という意味。
〈勇者〉の戦いとしては、ぴったりの作戦名だった。
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