王都は踊る ③
攻城戦の準備が終わった次の日の夜、私とソティルとラトレは、三人で作戦室に来ていた。
今日はいよいよ、魔王をこのレオーンに誘い込むため、魔王への宣戦布告を行う日だった。
「まずは青のイトデンと黒のイトデンを使って、魔王のいる拠点の様子を確認する。魔王らしき姿を確認したら、直接会話を開始する」
ソティルは言いつつ、その手に青と黒のイトデンを出現させた。
そして、青のイトデンの口を横にし、作戦室の白い壁に映像が映るようにした。
魔王軍の本拠地の場所が分かっていないが、イトデンは使用者の思い描いた人物のいる場所へと自動で発現できる。必ずしも具体的な場所のイメージを持っていたり、位置を把握している必要はない。なんとも便利すぎる能力だ。
青のイトデンが映し出したのは、何処かの城の中のように見えた。足下から見ているような光景が、壁には映し出されている。
「どこかしら、ここ……」
「多分、主のいなくなった古城を利用しているのかと。魔法やデュナミスで新しく建てたにしては、柱などの年期が入っているように見えます」
映像の中には城の様子は映っているが魔族らしき影は見えなかった。
「いる」
ソティルが指さして指摘する。すると映像の奥の方に、玉座に座る男の影のようなものが見えた。
「あれが……魔王?」
「もっとアップにしてみる」
ソティルは言うと、青のイトデンの側面をトントンと叩いた。すると、先ほどまで小さかった影が大きく映し出された。こんなことも出来るのか。
魔王と思わしき人影は、宝石の散りばめられた豪奢な服を着ていて、腕や国も装飾品をつけている。黒い髪に褐色の肌、細身であるが筋肉は隆々しており力強さを感じられる。そして、魔族特有の黒い線の紋様が身体中に見受けられた。
「間違いなさそうですね」
「そうね……他の部下が現れて、会話とかしてくれるとはっきりするんだろうけど」
「現れなかったら、断定するのに時間がかかりそうね」
私がそう言うと、ソティルが訝しむような顔をした。
「……どういうこと?」
「何か見つけたのか?」
「いや、多分勘違いだとは思うけど、もしかしたら……」
私たちがそんな話をしていた時だった。
『覗き見とは……無礼な輩がいるな』
不意に黒のイトデンから男の声が響き渡った。
その威圧的な声音に、私は背筋が凍る。ソティルとラトレも同じなのか、息を呑むように黒のイトデンを見ていた。
「バレたってことですか?」
「青のイトデンは、向こうでは相手に見つけられづらい位置で発現するはずだけど……」
「もう少し様子を見る?」
私がそう提案したときだった。
イトデンに映っていた映像が、急に揺れ出した。直後、映像には魔王らしき人物の顔が大きく映し出された。映像の向こうの真っ黒な瞳が、距離が離れているはずの私たちを、まるで射貫くように見据えた。
『ほう。変わったデュナミスだな』
魔王らしき男がそう言った。どうやら向こう側で発現させたイトデンが発見され、魔法か何かで男の手に渡ってしまったらしい。
こうなったら隠れて様子を見るのは失敗したということだ。
「――仕方ない」
ソティルは言うと指を鳴らし、黒のイトデンを消失させた。代わりに、手元に白いイトデンを発現させた。すると、画面の向こうの男の側にも、白いイトデンの姿が現れた。
「私はソティル・エクセリク。エクセリク国の王女にして、〈勇者〉の予言を受けた者よ」
ソティルは臆することなく毅然とそう言った。
『お前が、今の時代の勇者だと?』
ソティルの発言を聞いた魔王らしき男が、顔をしかめた。
「あなたが魔王で間違いない?」
ソティルの問いを、男は鼻で笑った。
『俺の名は、テロスだ。魔王などというのは、お前らが勝手にそう呼んでいるだけだったんだがな。気づけば部下までも陰でそう呼んでいる。迷惑な話だ』
魔王――テロスは不愉快そうにそう言った。
「まず聞くけど……侵攻活動をやめる気はない?」
「ちょっとソティル?」
ソティルの発言に、私は思わず声を上げてしまった。すると、ソティルは人差し指を立てて、私の口に当てて抑えてきた。静かにしろということらしい。
『和平の交渉でもしにきたのか? 現代の勇者は前回よりも軟弱なのか?』
「争えば、血が流れる。私達としては、おとなしく異界に帰ってくれると嬉しいのだけれど」
『こちらとしては、勝ちの決まった戦だ。引く道理はない。お前のような臆病者が勇者というなら尚更な』
「あら。やっぱり千年前に勇者に殺されたのを気にしてるのね」
『…………』
ソティルの一言に、映像越しでも空気が変わったのが伝わってくる。テロスの表情が硬くなっていた。けれど、ソティルは怯まずに続けた。
「圧倒的優位な状況でありながらも、ダラダラと侵攻活動を進めたのは、あなたの頭の隅に、千年前、勇者にやられた記憶がこびり付いているからよ。魔族はこっちで殺されても異界で生まれ変わるって文献で読んだけど、それも考えものね。トラウマまで引きずっちゃうなんて」
『……安い挑発だな、女。結局何が言いたい?』
「無駄に戦争を引き延ばしても、お互いに損でしょ? だったら一気に決戦ってのはどう?」
『バカが。人間どもの動きを見ていれば、お前らが追い込まれているのが手に取るように分かる。ならば、我々は時間をかけて、お前らを追い込んでやる。嬲るようにな』
「あら、そう。なら、オルニスで見つけたこの〈アリシャの石〉は、処分させてもらうわね」
『なに!?』
テロスが驚きと共に、玉座から立ち上がった。アリシャの石? 初めて聞くものだけど……。ソティルがニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「アリシャの石は、魔族を神に変えるという逸話があるらしいけど、それが真実かどうかは私には関係がないのよね。私にとっては、ただの石。ただ、これはきっと、あなたが戦う目的なんじゃない?」
『貴様……!』
映像の中のテロスが、怒りの形相で歯を食い縛った。
けれど、ソティルの手元にはそんな石は握られていない。
そして、テロスの元には、こちらの映像は映っていない。
完全なハッタリだ。
『……いいだろう。貴様の望み通り決着をつけてやる。場所はどこだ?』
怒気の孕んだ声音で、テロスはそう告げた。
ソティルが薄らと口元に笑みを浮かべた。
「王都レオーン。そこで全力で迎え撃つ。〈勇者〉としてね」
『二日後の日が昇り切った時を決戦とする。望み通り、私も含め、全軍をレオーンへと向かわせる。勇者を名乗ったことを後悔するがいい』
テロスがそう告げると、突然映像も音声も途切れ、直後に白と青のイトデンが光の粒子になって消滅した。
「向こうのイトデンが破壊されたみたいね……でも、目的は果たした。これで相手はまっすぐレオーンに来る。しかも、相手から日時を決めさせれたのは、僥倖ね。少なくとも、その時間分はもっと準備ができる」
ソティルは何処か晴れやかな調子でそう言った。
「私は……怖いです」
そう言ったのは、ラトレだった。
「あの魔王……テロスからは、今までの魔族とは次元の違う強さを感じました。映像越しだったのに……私……」
ラトレはそう言うと、震えているのか、両の手で自分の身体を抑えるような仕草をした。
私はラトレを落ち着かせるように、肩を軽く叩いた。
「勝てばいいのよ。その為に準備してきたんだから」
足が竦むのも無理はない。私だって、魔王幹部と事前に相まみえていなかったら、震えていた気がする。
でも、私は戦うと既に覚悟している。自分の目的の為に。
「スピラの言うとおり。いくら強くたって、千年前に一度勇者に負けてる奴なんだから。倒す手段のない敵なんかじゃない」
「で、でも……」
ソティルが励ますも、ラトレはまだ震えが取れずにいた。すると、ソティルがラトレの身体を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「そ、ソティル様!?」
「大丈夫よ。魔王ってのは、勇者に倒される運命にあるんだから。私を信じて、ラトレ」
「ひゃ、ひゃい……」
ソティルがラトレから離れると、ラトレは顔を真っ赤にして、酔っ払ったような千鳥足になる。
「も、申し訳ありません。ちょっと体調がアレなので、今日は宿舎に戻らさせていただきます」
「? いってらっしゃい」
ラトレはふらふらとした足取りで、作戦室から出て行った。
「どうしたんだろ?」
「さあ……ところでソティル。あんた、結構楽しんでたでしょ?」
「何言ってるの。めちゃくちゃ怖かったわ」
ソティルは、顔に両手を当てて、目を瞬かせて見せた。可愛く怖がっているフリなのだろうけど、正直一発殴りたくなった。
「ホント、あんた神経図太すぎ」
「ソティルだって、平気そうだったけど?」
「私は、正しく恐れてたよ」
あんな啖呵を切って見せるソティルと一緒にしないで欲しい。私が言うと、ソティルが楽しそうに笑った。そして、
「ところでスピラ。久しぶりに一緒にお風呂入らない?」
と、ソティルは天井を指さして言った。
まあ、断る理由はない。あの露天風呂、ちょっと実は気に入ってるし。
それに、二人きりで話したいこともあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます