王都は踊る ②
魔王軍への攻城戦の準備は、限られた時間の中で着々と進行していた。
王都を取り囲む城壁全体に、上空からの侵入対策や後方支援用にバリスタなどを設置する試みや、さらに王都周囲には使役魔法陣の他に、無数の罠を用意する準備を進めていく。
魔王軍に対抗するために、各地に散らばっていた騎士隊もレオーンへと呼び戻された。
国の持てるすべての力が今、魔王軍との決戦の為に集まっていた。
こういった準備を進めていく際に、ソティルのイトデンが特に役に立った。
各工程の進捗状況を常に確認が取れる為、作業工程のアドバイスや人員配置も的確に行われた。加えて、作業を円滑に進めたのは、先日面接の時にピックアップできた、街の人のデュナミスの働きが大きかった。とりわけ、文字や絵を自由に転写するデュナミスが役に立ち、使役魔法の魔法陣の作成を大幅に短縮できただけでなく、予定の倍以上の魔法陣の設置が達成できた。
「なんか全部、ソティルの手のひらって感じだなぁ」
私はソティルの雑事を手伝いつつそんな感想を抱いた。
まるでこうなることを予め見越していたかのように、あいつの行動は先手先手を打っている。もし事前に面接をしていなかったら、要の使役魔法の設置作業が大きく遅れ、敗戦の要因になっていかもしれない。
作戦準備の開始から既に四十時間が経過していた。
私とソティルは、ソティルの私室でイトデンからの報告処理をしていた。
ベッドではラトレが仮眠を取っている。最初は勧められても、ソティルのベッドで寝るなんてできないと言っていたが、横になるなりすぐに寝入ってしまった。
私も三時間ほど仮眠を昨日とったが眠い。もうどれぐらい起きているのか分からない。あれ、寝たの今日だったっけ? かなり頭がボケてきている。
ソティルはというと、平気な顔で仮眠も取らずに働きっぱなしだった。
「なあ、少しは寝たらどうだ?」
「うーん、もう少ししたらね」
ソティルは先ほどから紙にペンを走らせて、何やら悩んでいるようだった。覗き見ると、良く分からない魔法式の記載と、もう一つは何か言葉を書いては消しのあとがあった。
「……どうしてそんなに頑張れるんだ?」
疲れていたせいか、気づけば私はそんなことを口走っていた。
ソティルは私と会ってから、最初こそ魔王討伐に乗り気でなかったものの、誰よりも魔王討伐の仕事に尽力している。私と違って欲のなさそうなソティルが、一体何の為に頑張れているのか気になった。
「別に、頑張ってる気はないけどね」
ペンを遊ばせつつ、ソティルは静かな口調で言った。
「なんかあるでしょ? 王女だからとか、勇者だからだとか……」
「うーん……私、そういうのが一番嫌いなのよね」
ソティルは紙に何かを書きながら、そんなことを言った。
「嫌いって?」
「だって、勇者として魔王を倒す――それって結局、皆が私に自己犠牲を求めているのということだもの」
「……自己犠牲?」
そんな風に考えたことがなくて、私は首を傾げた。
「誰かの為に自分の命をかけて戦う……聞こえはいいけど、でも本当は、その誰かこそが、戦わないといけない張本人なのよ」
「でも、皆が皆、私たちみたいに高い魔法力を持っているわけじゃないだろ? 権力にしたって」
「だからって、個人にすべてを押しつけていい理由にならない。自己犠牲の英雄譚っていうのは結局、生け贄を求める行為でしかない。私はそんなの嫌だった。だから、勇者にもなりたくなかった」
ソティルは珍しく、語気を強めて言った。
疲れているからなのか、いつもの飄々とした雰囲気がなりを潜めている。
「けど、今は、皆の為に頑張ってるでしょ?」
「これは私が考えて、私の意志でやってることだからね。同じようで違うわ。不謹慎かもしれないけど、好きでやってるから楽しいし」
確かに、人類の命運がかかる作戦を楽しいといのは不謹慎だ。それがおかしくて、私は小さく吹き出した。
「いや、笑わないでよ……」
ソティルが珍しく頬を染めて、そんなことを言った。
「いや、ごめん。でも確かに、私も新しい魔法の勉強の時は、寝るのも忘れて没頭したな」
「でしょ? それに私、そんなに性格良くないから……楽しいのよ」
「なにが?」
「……復讐」
「……え?」
呆然とする私に、ソティルは口の端を上げると、また黙々と作業に戻った。
私は、その言葉が何を意味するのか、聞くことができなかった。
四十七時間が過ぎた頃、予定していた全行程が完了した。
ソティルはイトデンで各人に休息を取るよう命令した。幸いなことに、コーリオンの陥落から、魔王軍の動きは確認できていない。いつ魔王軍は攻めてくるかは分からないが、常に気を張っていてもベストな状態で戦えないだけだ。
さすがにソティルも二日の徹夜で疲れたのか、休憩を取った。ちょっと前に仮眠を取っていた私とラトレは、ソティルの代わりに、何があってもいいようイトデンの前で待機していた。
「作戦当日、私は防壁前の騎士隊と合流することになりました」
ラトレが私にそう教えてくれた。ラトレは弓を武器にしているので、ソティルの護衛よりは、後方支援に徹した方が効果的だ。
「無念ですけど仕方ありません。当日の護衛、任せましたよ」
「はいはい」
軽く返事をすると、ラトレがギロリと私を睨んだ。
私は一応〈勇者〉の仲間という立場でここにいる以上、ソティルの護衛につくことになった。この配置は正直、私にとってどう転ぶか分からなかった。
もし魔王が前線の騎士隊に敗れたりしたら、私の出番はない。
けれど、もし戦線を突破された場合、ソティルの側にいるのは、魔王と一対一で戦えるかもしれない好機でもある。
正直、ラトレがいてくれた方が、自由に動け回れて良かった気もするけど。
「ラトレがいてくれたらなぁ……残念」
「な、なんですか急に!」
つい言葉を漏らしてしまうと、ラトレが何故か顔を赤くして狼狽えた。いまいち反応の傾向が分からない。
「……ねえ、ラトレ。昔のソティルのことって、何か知ってたりする?」
私はソティルの『復讐』という言葉が気になって聞いてみた。すると、ラトレが目を細めて私の方を見返した。
「何ですか。急に……でも、教えてあげましょう。それはそれは、美しくも可愛らしい、天使のような方でした」
「今は?」
「大天使です。もうすぐ神になると思います」
なんだろう。この子に聞いたのは間違いだったかもしれない。
「そうじゃなくて……性格とかどんな風だったとか?」
「性格、ですか? 私も直接お話できる機会はほとんどなかったのですけど……昔から、少し大人びている印象でした。不思議な方というか」
「大人ねぇ」
私の今の印象は、天真爛漫の自由人といった感じだ。大人とはほど遠い気もする。
「じゃあ、人間関係でのトラブルとかは?」
「そういうの不敬ですよ」
「お願い、ラトレ」
私は両の手を合わせて、ラトレに懇願した。ラトレは嫌そうな顔をするも、渋々と話してくれた。
「そうですね……特に何らかのトラブルとかは聞いてないです。一番大事だったのは、ソティル様が勇者の予言を受けてから、この塔から出なくなってしまったことですが……人間関係のトラブルというのは噂でも聞いたことがないですね」
「そっか……」
なら、一体誰に復讐しようというのだろうか。
まさかピラント女王という訳でもないし……転移魔法で別荘に飛ばしている所を見ると、あまり根深い恨みとかもなさそうだ。
ということは、やっぱり勇者だとか王女だとかいう立場への復讐とかかな。
考え込む私に、ラトレが疑わしげな視線を、私に向けた。
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「王族のスキャンダルに興味があって」
「私の手で死罪にしましょうか?」
殺気を溢れさせ、にっこりと微笑むラトレ。冗談が通じない子だ。
私はベッドで寝ているソティルの方へと目を向けた。
疲れが溜まっていたのか、スヤスヤと静かに寝ている。
復讐か……。
似合わないよ、きっと。
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