王都は踊る ①

 コーリオンが陥落したという連絡を受けて、私、ソティル、ラトレの三人は、塔の二階の作戦室に来ていた。作戦室には、アリストス王と城に残っている魔法騎士団の各隊長も集まっている。

「迂闊だった……我が戦線から引いたばかりに」

 アリストス王が、沈痛な面持ちで言った。

「情報班によると、コーリオンには魔王幹部が戦闘を指揮していたそうです。現状のコーリオンの戦力では、厳しい状況だったことに変わりはないかと」

「不幸中の幸いなのか、被害の多くは参戦していた騎士たちのみで、住民の避難は九割ほど完了していたそうです」

「コーリオンの市民は、レオーンで引き受ける。場合によっては城内の訓練場を使って、仮住まいをつくらせろ」

「南方の要が突破されたとなると、戦線が大きく後退します。敵はそう遠くない間に、このレオーンへの侵攻を開始するはずです」

「侵攻ルートの町に騎士団を派兵して、防衛線を張るべきです。王都への侵入を何としても防がないと」

 アリストス王と騎士隊長達が、今後の対策について意見を出し合っていた。

 ソティルはというと、意見の出し合いに参加せずに、なぜか上階から持ってきた資料を貪るように読んでいた。

「ちょっと、ソティル。あなた、魔王討伐の指揮官なんだから、何か意見しなさいよ」

「うーん……待って」

 何が待ってなのだろうか。まあ、何か意味があるのだろうけど……。

 状況は芳しくない。

 魔王軍の動きは、これまでに比べて大きく活発になったということだ。

 原因はおそらく、私とソティルが魔王軍幹部を倒したことと、遺跡を押さえたことにあるはずだ。相手からしたら、幹部レベルを倒す戦力を私たちが手にしたと思うし、遺跡を守ったということから、事実はどうであれ、魔王軍側の目的を看破されたという認識をもたれたはずだ。

 そう考えると、魔王軍側からすれば、今までより大きな戦力をかけて、侵攻を早めるのは妥当な選択といえる。

「情報班に、今回のコーリオン侵攻の情報は入ってこなかったのでしょうか?」

 ラトレが小さな声で私に聞いてきた。

「事前の盗聴で何かしら情報があったらしいけど、情報班も設立して間もないから、今回の動きを捉え切れなかったらしい」

 盗聴や監視といった機能は確かに有用ではあるけど、情報を集めるのと、情報を精査するのは別のことだ。

 敵軍の動き、会話といった情報を集められても、そこから相手の行動の意図や目的を導き出せるとは限らない。ソティルの計画がいくら完璧だったとしても、実行段階で手落ちが発生してしまうのが、急ごしらえの組織の実態だ。

 だからこそ、本来はソティルがそれを担うべきなのだろうけど、ソティルは抱えている仕事が多すぎる為、すべてを一人で処理するのは難しい。

 今回は、行動の早さの点で魔王軍が一枚上手だった。本来の計画では、情報を集めて相手の動向を掴んで立ち回るはずが、逆に先手を打たれた形だ。

こうなってくると、ソティルの計画そのものへの信頼感が薄れてしまわないかが心配だけど……当の本人は、まだ資料とにらめっこをしている。

「……ソティル。いい加減、あなたも参加しなさいよ」

 私の言葉に、ラトレも心配そうにソティルを見遣った。

 すると、ソティルは資料から視線を外し、静かに目を閉じた。

 何か考え込んでいるようだけど……そのまま三分ほど過ぎ、ソティルは目を開けた。

「――――想定完了」

 ソティルは目を開けるなり、そんなことを口走った。

「ソティル、お前も何か意見があるか」

 ソティルが資料を読み終わったことに気づいたのか、アリストス王が問いかけた。会議室の視線が、ソティルに集中する。

 ソティルはそれらの視線を堂々と受け止めると、

「防衛線は、張りません」

 と告げた。

 その言葉に、会議室にいる皆が唖然となる。ソティルは構わず言葉を続けた。

「相手の動きが早まった以上、こちらも当初の作戦を実行し、魔王を誘い込みます。コーリオンからレオーンの間の町や村の住民は、全員レオーンに避難してもらいます。魔王軍には、道を空けてやりましょう」

「え、そんなので大丈夫なの?」

 皆が押し黙る中、私がソティルに問いかけた。ソティルが力強く頷く。

「このまま戦力を分散させるよりも、敵を攻城戦に誘い込み、そこに全戦力を集中させた方が、勝機があります」

「で、ですが、それでは、もし負けたとき……」

「その結果は、どっちにしろ同じです。人類は滅びます」

 ソティルが明言した。言い方に容赦がなさすぎる。

「今は、勝つ可能性の高い手段を、一点集中して、全力で取るべきです。それに、幹部との戦闘は私とスピラで勝利することも出来ています。必要な準備を行えば、勝てることは立証済みです」

「だがソティル、魔王はどうする? 奴の力だけは、まだ未知数だ」

 アリストス王が、ソティルに問いかけた。確かに、そこが一番の問題点ではあるけど、ソティルが断言したということは……。

「魔王への対策プランはできました」

 ソティルは言い切った。ほらね。

「ほ、本当なのか?」

「はい。数日の準備は必要ですけど、確証は得ています」

 ソティルがアリストス王に微笑んだ。

 確証か……。いやにはっきり言うけど、何か重要な文献でも見つけたのだろうか。

「遺跡調査チームの報告から、魔王をこちらに誘い込む手の準備も出来ました。抜かりはないです」

「おお、そうか!」

 自信満々なソティルに対し、アリストス王が感嘆の声を上げた。対照的に、騎士隊長たちの表情には、まだ不安の色が浮かんでいる。まあ、魔王軍幹部を倒した実績があるとはいえ、さすがに魔王という未知の敵を相手では、ソティルの言葉を信じられないのも当たり前だ。

 すると、ソティルは隊長たちの様子に気づいたのか、彼ら彼女らに視線を向けた。

「作戦の成功には、あなた達の力が必要です。お力を貸していただけますか?」

 優しい口調で、ソティルはそう告げた。

 これはズルい。一国の王女にそう言われて、断れる人間がこの場にいるはずがない。騎士隊長達はソティルを真っ直ぐ見て、一様に敬礼して見せた。その行動に、ソティルが微笑み返した。

「ありがとうございます。では、早速行動に移しましょう。情報班は引き続き盗聴作業を行い、私が内容を精査します。防壁の強化、及び、使役魔法陣の作成の人員を前回の面接からピックアップしますから、すぐに招集してください。城に在中の騎士隊の一部は、魔王軍侵攻ルート上にいる民の避難誘導です。追加作業が出た場合は、すべて私が、イトデンで報告します。四十八時間ですべて完成させますよ」

「はっ!」

 騎士隊長達は答えると、足早に作戦室から出ていった。

「ソティル、我はどうする? 我もまた、お前にすべてを託そう」 

 アリストス王がソティルに神妙な顔で告げた。

「お父様には、どうしてもお願いしたいことがあります」

「何でも言って良いぞ。男に二言はない」

「では、お願いがあります。多分、もうすぐ帰ってくると思うのですが……」 

 ソティルが言いづらそうにしていると、

「ソティル、出てきなさい! いるのは分かっているんですよ!」

 と、塔の上の階から声がした。ピラント女王の声だった。

 そういえば、私がここに来た時、ソティルが転移魔法で避暑地に飛ばしてたから、丁度戻ってくるぐらいのタイミングだ。

「その……お母様を宥めていただけると」

「……ソティル。他の頼みはないのか?」

 アリストス王は、顔を強ばらせて言った。男に二言はないんじゃなかったのか。

「お願いします」

「……わかった」

 にっこりと言うソティルに、アリストス王は観念して肩を落とし、転移魔法を使って消えていった。悲しい後ろ姿だった。

「それで、魔王を倒す手段は本当にあるのか?」

 作戦室に私とソティルとラトレしかいなくなってから、私は問いかけた。

「準備に少しかかるけど、一応ね」

「もしかして、昨日話した勇者のデュナミスが分かったの?」

 もし勇者のデュナミスが分かれば、魔法で再現して魔王戦を有利に戦えるかもしれないというものだ。

「それはあとでのお楽しみ」

 口元に指を立てて言うソティル。なんか楽しそうだが、こんな決戦の時に情報共有されないのもどうなんだ?

 まあ、ソティルが何を企んでいるとしても、これは私にとっても最大のチャンスだ。

 レオーンでの戦闘となれば、街の人たちも私の戦いに注目する。

 大勢の前で魔王を倒すことが出来れば、私が真の〈勇者〉だと皆に証明することができる。

 レオーンの人達が私の凱旋を祝福する光景……悪くないわね。

「気持ち悪い笑い方をしないでください……」

 隣に立っていたラトレが言ってきた。どうやら黒い笑みが浮かんでいたらしい。おっと気を付けないと。

「そういえば、魔王の探し物というのは見つかったのですか?」

 ラトレがソティルに問いかけた。それは私も気になっていた。一体どんなものが見つかったのか気になるところだ。

「見つかってないわよ」

「はあ?」

 ソティルの呆気ない答えに、私とラトレが愕然となった。

「え、ちょっと待って。それってマズイんじゃないの?」

「遺跡の発掘は継続中だけど、まだ見つかってないのよねー。作戦開始までに見つかればいいけど」

「ソティル様、それはさすがに……」

 ソティル全肯定のラトレでさえ、動揺している。肝心の餌がないとなると、魔王を誘導することができないのではないか。

「大丈夫よ。魔王が何を求めていたのかは調べがついてるから。後は、二日後次第ね」

 私たちの反応を気にせず、ソティルはあっけらかんと言った。

 こいつの頭の中は、本当に分からない。

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