勇者の仲間募集中! ⑤

 私はラトレに連れられて、夜の騎士訓練場まで来ていた。

 訓練場は、敷地内でも最も端の方に位置している。魔法戦の訓練もするだろうから、城からは遠い位置にあるし、ソティルのいる塔はここからだと死角になっていて、屋上ぐらいしか見えなかった。

「ソティル様は偉大な方です」

 訓練場につくなり、ラトレはそんなことを言い出した。

「私が七歳の時、騎士になりたいとエクセリク城の門を叩いたとき、大人は誰も相手にしなかった中、騎士候補生として採用を許可したのがソティル様でした。私はその時誓ったのです。この方に、自分の命を賭けようと」

「……えっと、馴れそめの話?」

 わざわざこんな所に、呼び出してまでする話なのだろうか。私の問いを無視して、ラトレは話を続けた。

「ソティル様は、『人の世の営みの中で、結果は決して平等にはならない。でも、理不尽な不平等は、人の理性によってなくせる』と仰っています」

「ソティルが?」

 普段ふざけた印象だから、そんなことを言っているのは意外だった。もしかしたら、あいつなりの王族としての心構えだったりするのだろうか。

「私はソティル様のその言葉に、その行動に深い感銘を受けています。身分違いの身で恐れ多いですが……お慕いしています」

「……ん?」

 何か雲行きが怪しくなってきた。

 すると、ラトレが私の方をギロリと睨んだ。

「ソティル様は、あれほどまでに偉大な方だというのに……何なんですか、あなたの態度は!」

 ……やっぱりこうなった。

 怒声をぶつけてくるラトレに、私は顔が引きつるのを感じた。

「いくら何でも、あなたのソティル様への態度は無礼が過ぎます!」

「いや、そうしろって言ったのソティルだし……」

「だとしても、少しは遠慮というものがあるでしょう! ご飯を作って貰っているのに、お皿洗いもしない、料理を待っている間も呑気に新聞を読んでいる。あり得ないです!」

「そんなこと言われても……ソティルが何もするなって言うんだし、仕方ないのでは?」

「なんですか、そのダメ男みたいな論理は! 勇者の仲間という予言を受けたという理由だけで、あなたみたいな人がソティル様の側にいるのは許せません!」

 あ、この展開は面倒だ。

 私がそう思った矢先、ラトレは格納魔法を発動させて、その手に弓を出現させた。

見ると、その弓には弦がない。それは魔法弓の特徴だった。

「ッ! ちょっと待った。ここで戦うのはあまり理性的じゃないんじゃない?」

「いいえ。これは嫉妬に端を発する行動。理性の管轄外です。あなた、とてもムカつきます!」

「潔すぎでしょ!」

 バカ正直な論理だった。自覚してる分、タチが悪い。

 ラトレが左手で弓の握りを手にして構えた。直後、魔力による光を纏った弦と矢が出現した。魔法弓は、物体の弦や矢を使わない代わりに、魔力で生成した弦と弓を使用する。魔力を用いるので、様々な付加効果を持った矢を放つことができ、矢の飛距離や連射も実物の弓矢よりも優れている。体格に恵まれていないラトレにとって、最適な武具の選択だ。

 ラトレは私に向かって、容赦なく弓を引いた。

 けれど、私のピュシスの危機察知能力が発動し、私は矢を回避した。矢は、さっきまで私の頭があったところを通過していった。

「あの……本気で殺す気?」

「私ごときにやられているようでは、魔王を倒せないのでは?」

「……言うわね」

 寛大な私もさすがに頭にきた。

 私は足に力を入れて、大きく飛び退いてラトレから距離を取った。

「甘いです!」

 ラトレが二の矢を放つ。私がそれを回避しようと方向転換すると、矢がまるで羽が生えたように私を追ってきた。どうやら追尾効果を付与した矢らしい。

 自動で避けてしまうのも面倒なので、私は一端、ピュシスを解いた。

足を止める。そして、手に魔力を込めて飛んでくる矢と対峙し――タイミング良く手で矢をはたき落とした。

 地面に叩き付けられた魔法の矢が、あっけなく消滅する。

 ラトレが唖然とした表情を見せた。

 私は再びピュシスを起動させると、地面を強く蹴ってラトレへの方へ突撃する。

 ラトレが慌てて弓を引こうとするが、動きが遅すぎる。

 私はラトレの側までたどり着くと、すぐさまその背中に回り、身体を掴んで地面に押さえつけた。

「あうっ」

「はい、終了」

 藻掻くラトレを強く抑えて付けたまま、私は言ってやった。

「あなた、言ってたわりに弱すぎない? そんなので、良く王の護衛なんてできたわね」

「魔法矢を手で弾き返すあなたが異常なんです!」

 手足をバタつかせて、悔しそうに叫ぶラトレ。確かに、大型の戦槌であるエクスシアを振り回す為に、身体強化の魔法を磨きに磨いたからこそ出来る副産物だけど。

「異常は心外。努力の賜物よ」

「才能ある人はいつだってそういうことを……スタートラインが違うことに気づかないで、努力したからだって平然と言う。持って生まれたものあっての結果な癖に!」

「……あんまいうと、腕折るわよ?」

 勿論そんなことはしないけど、癇にさわる言葉だ。別に才能があろうがなかろうが、努力に必要な意志や行動に変わりはない。まるで私の努力が無意味だとでもいう言いぶりには腹が立つ。本当に懲らしめてやろうかと、私の中で黒い感情が浮かんで来たとき、鼻をすするような音が身体の下から聞こえてきた。

「ちょっと……泣いてるの?」

「どうして……あなたなんですか……私が、ソティル様の役に立ちたかったのに……」

 子供のような泣き言をいうラトレに、私はハッとなる。

 私も、〈勇者〉として認められる為に藻掻いている。

私が戦っているのは、予言なんていう下らない運命。

ラトレは多分、持って生まれた才能や境遇というものと戦っている。

運命とは影――ピラント女王がそう言っていたことを、私は思い出していた。

生きている限り、決して離れることのない影のように、定められた運命は決して離れてくれない。そんな理不尽なものと戦っていることに、私とラトレの間に違いはなかった。

 私は身体の力を抜き、ラトレから離れた。わかってしまっては、これ以上は責められない。

「別に、勇者の仲間じゃなくたって、ソティルの役に立てるでしょ?」

 私はラトレの横に座りつつ言った。

「……ごめんなさい」

 ラトレはそう言うと、身体を起こして私と同じように座りなおした。

「あなたの言う通りです。ただ、私が弱いだけ。でも、私がソティル様の一番でありたかったんです……」

「はいはい、わかったから」

 ラトレがぐずりながら言うのを、私は窘めた。なんだこれ……何か好きな相手を取り合うむず痒い青春っぽくて非常に嫌だ。

「私……〈テュシア〉の血を引いているんです」

 ラトレは自分の髪に触れつつ、そんなことを言った。

 テュシアというのは確か、元奴隷の一族のことだ。かつて劣等種と位置づけられ、奴隷としての身分を強いられていた人々。先々代のエクセリク王が奴隷制度を撤廃してから、社会的な地位は一般市民と変わらなくなっているが、未だに偏見や差別は根強く残っているという。

 偏見は、どうしても世代を経てしまう。制度が変わっても、人々の心の問題の解決には時間がかかるということだろう。まあ、魔法学に掛かり切りだった私は、あまりその辺りのことに詳しくはないから無責任なことも言えないけど。きっと、そういった不遇な境遇を救ってくれたのがソティルだったのだろう。

「なるほどね。ソティルに執着する理由がわかったわ」

「……あなたは、ソティル様のことどう思っているんですか?」

 唐突に、ラトレが問いかけてくる。私ははぐらかそうかと思ったが、ラトレが真剣な眼差しでこっちを見てくるので、私は考えるハメになる。

 私にとってのソティルねぇ……。

この僅かな期間で大分色々あったけど、

「ムカつく女」

 私は、はっきりとそう口にした。その一言に、ラトレが唖然とした顔をした。

「あなた、王族に対してなんてことを……」

「だって、あいつが〈勇者〉の予言なんて受けなければ、もっと私がチヤホヤされるはずだったのよ! 新聞の一面だって、今頃は私のことでいっぱいになったはずなのに! 肖像画とか描かれたりとかしてさ」

「どれだけ貪欲なんですか、あなた……」

 開いた口が塞がらないという風に言うラトレ。実際、口がぽかんと半開きになっていた。

「まあ、あいつの実力は幹部との戦いでわかってるし……普通の人間にはできない行動力があるのも認めるけどね」

 フォローする意図で、私はそう付け加えた。

 私は最初、ラトレが私に感じたのと同じように、ソティルのことが羨ましかった。

 〈勇者〉の予言を受けてその上に国の王女だなんて反則だ。でも、ソティルの部屋にある山のような本や転移魔法の技術、そして魔法討伐の手際の良さ。

 悔しいけど、私が努力し続けてきたこそ、その凄さが痛いほどに理解できた。むしろ、感動すらしている。加えて私にはない、王女としての覚悟も、あいつは背負っている。

 ニパスとの戦いも、ソティルがいなかったら成し遂げれなかったのも事実だ。

 でも、だからと言って、私が私の望みを譲る理由にはならない。

「いつか世界に、真の〈勇者〉は私だって証明してみせる。その為の超えるべき壁ね、ソティルは」

「それって結局、好きなんですか? 嫌いなんですか?」

「うーん……嫌いじゃない、かな」

「不誠実な解答ですね……」

 ラトレは苦い顔をしてそう言ったけど、世の中何でも白黒決める必要なんてない。グレーのまま、なあなあにした方がうまくいくこともある。結論出すのが面倒というのもあるけど。すると、ラトレが深いため息をついた。

「あなたみたいな人に本気になった私がバカでした。私、やっぱりあなたのこと嫌いです」

「そう? 別に、私は、あなたのことは嫌いじゃないんだけど」

「……無理しなくていいです」

「え、でも髪色とか素敵でしょ。そのピンクの髪、羨ましいわ」

 私の髪色は深紫だけど、いまいち明るい色じゃないので地味なのだ。ソティルみたいに金髪とかだったりすると、何というか見た目が派手で勇者っぽい。衆目を集めるには、やっぱり派手さが欲しいところだ。

 私がそんなことを言うと、ラトレが顔を真っ赤にして口をパクつかせているのに気がつく。なんだ、その反応は。

「何? どうしたの?」

「あなた……無知にも程がある」

「えっ、なんでこの流れで罵倒してくるの?」

「――知りません!」

 ラトレは怒って立ち上がると、私を置いて、ズンズンと歩いて訓練場から立ち去っていった。

 何なんだ、あいつは……。

『いやー、青春だなぁ』

 不意に、ソティルの声が私の側から響いてきた。声のする方を見ると、白いイトデンが私の側に現れていた。

 こいつのことだから聞いてそうだと思ったけど……察して恥ずかしいこと言わないで良かった。てか、イトデンの能力厄介過ぎる。

「性格悪いわよ、ソティル」

『そうね。まあ、私は超えるべき壁というより……山?』

「よし、書庫でそのまま待ってろ。その山、真っ平らにしてやる」

 やっぱりこいつとは馬が合わない。


 翌朝、私はいつものように起きて朝風呂に入ってから、キッチンのある五階へと向かった。部屋に入ると、ソティルが何やらタマゴ料理を作っていた。

「おはよう、スピラ」

「おはよう。昨日はちゃんと寝たの?」

「うん」

 絶対ウソだ。まあ、無理してる風ではないし、眠くなったらさすがに寝るだろう。

「さあ、食べましょう」

「はい」

「ん?」

 声のした方を向くと、そこには背筋を伸ばして席に着く、ラトレの姿があった。

「王族に料理を作らせるのは、良くないんじゃなかったか?」

「あなたがソティル様に毒を盛らないよう、監視に来ました」 

 ラトレは言って、不適に笑って見せた。この子もこの子で、良い性格をしてるな。

「まあ、良く観察でもしてちょうだい」

 私は席に着くと、ソティルの私室から持ってきた新聞を一つとって開いた。最近、こうして私の功績が書かれていないか調べるのが日課になりつつある。何か虚しいけど。

 読み進めていくと、また一面を使った広告が目に入った。

「なにこれ、『都市発展計画』……?」

「スピラ・スピンテール」

 私が新聞を読み上げていると、ラトレが声を掛けてきた。視線を紙面から上げると、ラトレが神妙な面持ちでこちらを見ていた。

「え、なに?」

「そ、その……私の髪を褒めたのは……あなたで二人目です」

 ラトレがつっかえながらそう言った。この子は何を言っているんだろう。

「あ、そう」

大して興味もないので、私は記事漁りに戻った。視界の端で何やら、ラトレが眉をつり上げて顔を真っ赤にしていたが無視することにする。

「できたわ」

 ソティルが言いつつ、朝食をテーブルに並べた。パンにスープ、スクランブルエッグ、じゃがいものふかふかした料理(名前は知らない)が並ぶ。

「さあ、食べましょう」

 ソティルは席についてそう言って、スプーンを持ってスープに手を付けようとする。

 すると、ソティルはそこでピタッと動きを止めた。

「ソティル?」

「……くう」

 小さく寝息を立てて、ソティルはスプーンを持ったまま眠っていた。

どうやらエネルギー切れらしい。

「そ、ソティル様、いくら何でも行儀が悪いです!」

 気持ちよさそうに寝るソティルを、起こしていいのか困り果てるラトレを見て、私はつい吹き出した。実に平和なやり取りに、私はつい居心地の良さを感じてしまった。


 けれど、事態は容赦なく動いていく。


南方の要所であるコーリオンが魔王軍によって陥落したという報が届いたのは、その日の夕方のことだった。


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