勇者の仲間募集中! ④

 五階のキッチンのある部屋で、私とラトレはソティルの作る料理を待った。

 私はテーブルの席について待っている間、今朝読めていなかった新聞に目を通していた。くまなく探しても、私の活躍は何処にも書かれていない。新しい野望が一つできた。私が偉くなったら、新聞全部を廃刊にしてやる。

 ラトレはというと、テーブルの席に着いていてはいるが、ただでさえ小さな身体をさらに小さくして、視線をキョロキョロとさせている。落ち着きなく、ソティルの背中とテーブルの上とを往復している。

「ソティル様、やっぱり私、手伝います!」

「誘ったのは私なんだから座ってて。ラトレ、私に恥をかかせる気?」

「滅相もございません!」

 ラトレはそう叫ぶと、また席で身体を小さくした。ソティルはといえば、鼻歌を歌いつつ、楽しげに料理をしている。ラトレの反応なんて、折り込み済みなのだろう。的確な言葉で見事に場を制していた。

「そうよラトレ。好きで作るっていうんだから、作らせておけばいいのよ。タダ飯に遠慮はいらないわ」

「……あなた、本当に最低ですね」

 軽蔑と侮蔑と落胆の混じった目で睨まれた。そんなに怒らなくても……。

「はい、できた」

 ラトレと気まずい空気になっていると、ソティルが出来上がった料理を運んできた。

 パスタとスープと、チキンのソテーにサラダだ。

 簡単に済ませると言ったわりに、まあまあのボリュームである。ちなみにこのチキンの出所は、料理人たちがまかない用に市場で買ったものを、譲ってもらったのだと言っていた。魔王討伐計画では、王族らしい大胆さを発揮する癖に、こういったところは庶民的だな、この王女。

 ラトレは、並べられた食事を恍惚の表情で眺めていた。

「ソティル様……凄いです」

「でしょ? 腕を振るう相手がいなかったのだけど、最近は食べてくれる人もいて、ちょっと楽しいのよね」

「食べてくれる人……」

 ラトレの視線が私の方へ向けられた。

何か、目を剥いて険しい顔してるんだけどこの子。怖い。

「ソティルも楽しいし、私もお腹が膨れて嬉しい。一石二鳥ね」

 私は誤魔化すように言いつつ、パスタに手を付けた。

「ちょっとあなた! 食事前のお祈りは!?」

 ラトレが私に怒鳴ってくる。そんな習慣はないんだけど。

「別に私、アステール教の信者じゃないし」

「王族は食事の前に、必ず祈りを捧げるものなんです! ソティル様だって……ソティル様!?」

 ソティルはラトレが叫んでいる間に、スープに手を付けていた。というか、ここ数日、こいつが食事の時にお祈りなんかしてるの見てなかったけど、本当はするのか。

 ソティルはスプーンをテーブルに戻すと、バツが悪そうにラトレから視線を外した。

「だって、別にお母様もお父様もいないし、家来もいないし」

「ピラント様が知れば、大変なことになります……」

「じゃあ、こうしましょう。ラトレ、こう胸の前で両の手のひらを合わせるような格好をして」

 ソティルは言いつつ、見たこともないポーズをする。ラトレも見よう見まねで、ソティルと同じポーズを取った。

「はい、そしてこう唱えます……いただきます!」

「い、いただきます?」

「すべての食材に感謝を伝える祈りの言葉よ。これで大丈夫。さあ、冷めないうちに食べましょう」

 ソティルはそう言って、チキンに手をつけ出した。何だ、その意味不明な誤魔化し方は。

 ラトレも、せっかく作ってくれた料理が冷めてしまうことに気づいたのか、それ以上は何も言わなかった。そして、スプーンを手に取り、何処か緊張するようにして、スープを口にゆっくりと運んだ。ラトレの頬が朱に染まる。

「……美味しいです」

「でしょ?」

 ラトレの零した言葉に、ソティルが満足そうな笑みを浮かべた。

「どうしよう……私、これを最後の晩餐にしたいぐらいです」

 ラトレはとんでもなく重い言葉を言いつつも、夢中でソティルの食事に舌鼓を打った。

「私はもっと、濃い味付けの方が」

「ぶっ飛ばしますよ?」

 私の発言に、ラトレが殺意剥き出しで言った。扱い違いすぎるでしょ。



 食事が終わった後の事だった。部屋に備え付けていたイトデンから、オルニスの調査隊の一部が戻ってきたと連絡があった。

私とソティルは、片付けをラトレに任せて、下の作戦室へと移動した。

面接用の机などは既に片付けられており、いつもの円卓と椅子が戻された作戦室には、二人の男の騎士が待っていた。

「調査隊、ただ今帰還致しました!」

 騎士の二人がソティルに向かって敬礼した。

「調査ありがとう。無事に持ってこれたみたいね」

 どうやら例の捜し物に関することらしい。本来、魔王軍に関わる重要なものなら、転移魔法を使うべきだったのだろうけど、オルニス側の転移魔法の作成がまだ出来ていなかった。ゆえに、魔王軍に見つからないように、最小限の人数でこの騎士達は王都まで運搬を請け負ったのだろう。騎士の一人が、恭しくソティルに何か木の箱のようなものを渡した。

「ありがとう。もう下がっていいわ。二人とも、ゆっくり休んでください」

「畏まりました」

 騎士達二人が部屋から去っていくと、ソティルは早速箱を開けた。

「なんなのそれ?」

「イトデンの映像だけだとどうもよく分からなかったから、持ってきてもらったの」

 箱の中を見ると、それは宝石のついた腕輪のように見えた。千年前のものなのか、古びて見えた上に、宝石にはまるで切り裂いたような傷がついていた。

「この石……たしか、サピロスっていう石よ。どんな攻撃魔法を使っても破壊できないっていう、希少な石。その特性から永遠や不変を象徴する石と言われているの」

「破壊できないって……じゃあ、どうやって加工しているの?」

「この石を使う装飾品の場合、装飾品の形に合う石を探したり加工するんじゃなくて、石にあった形の装飾品をつくるの。だから、同じ形の石を使った装飾品はこの世に存在しない特別な品になってる。たしか、お母様もこの石を使った指輪を持っていたはずね」

「魔王軍が探していたのはこれ?」

「分からないけど……もっと詳しく調べた方がいいかも。ちょっと当てがあるし」

 ソティルは言うと、私の手から腕輪を取って箱に戻した。

「本格的な調査は継続中なんだよね?」

「ええ。オルニスの遺跡は、どうも古代の神殿跡地らしいのだけど、建物の形状が分かるようなものは何も残ってないのよね」

「千年前の勇者と魔王の戦いの場だったんでしょ? その時に壊されたんじゃない?」

「それだと、古代の神殿を跡形もなく破壊する力の衝突があったってことになる。もし魔王も、あのニパスみたいに変身とかされたら、戦略が意味をなさないかもしれない。まったく笑えないわ」

 私の軽口に対して、ソティルは珍しく真剣に答えた。私は逆に、魔王幹部を倒したことで、手応えを感じていたから、ソティルの反応は意外だった。

「土地の魔法も、イトデンも有効だったでしょ。対抗できるんじゃないの?」

「理論上はね。魔王軍の情報も、かなり集まってはきてるけど……未知数なのが魔王の強さ。こればかりは、最悪出たとこ勝負になるかもしれない。遺跡から、もっと情報を拾えればいいんだけど……」

 ソティルが深刻そうに口にした。

『お前達では魔王様には勝てない』

 ニパスが死に際に言ったあの言葉を、ソティルは気にしているのだろうか。

 確かにニパスは強かったけれど、土地の魔力の活用であったり、情報を集めての伏兵戦と攻城戦の準備も着々と進んでいる。勝つ準備は出来てるはずだ。まあ、頭の回るこいつが気になるんだから、何かあるのかも知れないけど……。

「だったら逆に、勇者のことを調べてみたらいいんじゃない? そっちの文献とかは残っているんでしょ?」

「そうね……そうかも」

 私の思いつきに、ソティルが小さく頷いた。

「そういえば、勇者はどんなデュナミス持ってたんだろうね」

 私はふと湧いてきた疑問を口にした。勇者の伝説は多々あるも、意外にその辺りの話は広く知られていないし、私も細かくは知らなかった。

「まあ、魔王を倒すぐらいだからきっと強力なものだったと思うけど……そういえば、デュナミスと魔法の関係性についての仮説って知ってる?」

「関係性?」

 聞いたことのない話だった。

すると、何故かソティルは急に得意げな顔を見せた。

「実はこの世界に、最初は魔法が存在しなくて、デュナミスしか存在しなかったらしいの。それで、ある種のデュナミスが人々の間で認識され始めると、それが魔法として理論化されていったという話」

「えっと……つまり、デュナミスの存在が魔法を生んでいるってこと?」

「もしくは新しい魔法を生むために、デュナミスが存在しているか」

 中々に興味深い話だ。たしかに、勇者より以前の英雄の話は、炎を操ったとか、雷を支配したとか、そういったものが多い。けど、そういったシンプルな自然現象を起こすのは、今は魔法で事足りている。そういえば、戦闘特化のデュナミスでも、炎を生み出すといった魔法と同じような能力を最近はみない。

「つまり、勇者のデュナミスがわかれば、魔法で再現可能かもしれない。そうすれば、魔王との戦いに有利になるかも」

「面白い話だけど……何の魔法書に書かれてたの? 私、最近出版されたものは全部読んだはずだけど」

「まあ、私の仮説なんだけど」

「お前のかい!」

 思わず声を張り上げてしまった。どうりで初めて聞く内容だったわけだ。

 ソティルがしてやったりという顔で、くっくっと笑った。

「でも、デュナミスの文献と魔法学の歴史を追ってくと、そうとしか考えられないのよ。いいアプローチだと思わない?」

「論文できたら添削してあげるわ……」

 ムカつくので、めちゃくちゃクリティカルな批判をしてやる。

 私が苦い顔をしていたのか、ソティルが転がるような笑い声を零した。

「――ありがとう、スピラ。良いアイディアを得られた」

 そう言うと、ソティルは私から背を向けた。

「じゃあ、ちょっと書庫で調べてくる。先に寝てていいから」

「あんたも少しは休みなさいよ?」

「疲れたらね」

 ソティルは言うと、足早に転移魔法の魔法陣に乗り、六階の書庫へと消えていった。というか、休ませたいなら、余計なこと言わない方が良かったかも。

 あれ? ソティルが書庫にこもるということは、今日の寝る場所がないのでは……。

 うん。仕方ないから、あいつのベッドを借りるとしよう。

 一度あの豪華なベッドで寝てみたいと思ってたし、寝床がないから仕方ない、うん。私がそんなことを考えて転移魔法を使おうとしたとき、魔法陣の上に、ラトレの姿が現れた。

「ソティル様は?」

 ラトレは私の顔を見るなり聞いてきた。

「書庫へ行ったよ。調べ物だって」

「そうですか……なら、丁度いいです」

 ソティルは言うと、まっすぐ私の目を見てきた。

何か……嫌な予感がする。

「スピラ・スピンテール……ちょっと一緒に来てくれますか?」

「うーん……ちなみに、嫌だと言ったら?」

「あなたが毎日、ソティル様に食事を作らせていると、アリストス王とピラント女王に報告します」

「おい、やめろ」

 そんなデマを……いや、事実だけど、そんな伝えられ方したら、間違いなく死罪である。

「あなただって、さっき食べたでしょ?」

「八年王族に仕える私と、昨日今日現れた自称勇者の仲間……どっちを信用するでしょうか?」

「……わかったわよ」

 この女、思っていたよりも聡かった。

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