勇者の仲間募集中! ①

 幹部のニパスを倒してから、三日が経った。

 魔王幹部を倒したという報は、瞬く間に王都レオーンを席巻していた。王都に来て初めて知ったのだけど、最近、街では新聞というものが流通しているらしい。情報の拡散が早いのもそれが一因となっているとのことだ。

 新聞は街で起こった出来事などを記事にし、紙に印刷してだいたい二日置きに発行されているらしかった。

 最初は一社のみが発行していたが、需要の高まりから、最近では五社まで増えて、新聞の発行を競い合っている。もっとも、新聞を売るための嘘のネタ(ガセネタというらしい)を書きまくっている所もあり、問題も生まれているとのことだ。

 ソティルはなぜかすべての新聞を購読していて、毎朝使用人がソティルの部屋の前に大量の新聞を持ってきていた。私は、たまたまそれらを読んで愕然とした。

「ちょっと! どの紙面も『ソティル王女、魔王軍幹部を討伐』ってなってるんだけど!?」

 私は持っている新聞を破りそうになるのを必死に堪えながら、呑気に朝食を取っているソティルに問い質した。

 私とソティルは、5階のキッチンのある部屋にいた。最近は毎朝一緒のタイミングで起きて、ここで魔王討伐の話をしつつ朝食を取るのが日課になりつつあった……なんか夫婦みたいでまことに遺憾である。

「まあ、新聞記者が勝手に書いてることだしね」

 もぐもぐとパンを食べながら答えるソティル。王女の癖に行儀が悪い。

「私のこと何も書いてないのおかしすぎるでしょ! 実際に倒したの私なのに!」

 私は怒りと悔しさのあまり、頭を掻きむしった。あんなに命懸けの苦労をしたのに、何処にも何も書いていないなんておかし過ぎる。

「新聞を発行する側からしたら『スピラ・スピンテール魔王幹部を撃破』って見出しで書いても、こいつ誰? ってなるからでしょ。お金が絡むんだからシビアになるわ。あとは……ビジュアル性?」

「よし、どっちが強いか今ここではっきりさせてやる」

「はー、モーニングコーヒーって、どうしてこんなに美味しいのかしら。幸せ」

 ソティルは私を無視して、コーヒーにうつつを抜かしている。私はこの城に来て、初めてコーヒーというものを飲ませてもらったが、あんな黒くて苦くてドロドロした飲み物を飲むなんて、常軌を逸していると思っている。変態の所業だ。やっぱり、こ いつと私は相容れない。朝はミルク一択に決まってるでしょうが。

「まったく、レオーンの民度と教育レベルもたかが知れてるわね」

 私は悪態をつきつつ、ミルクを一口飲んだ。うん、朝一に届けられたミルクは、やはり格別だ。

「あまり新聞をバカにしない方がいいわよ。今はまだ、レオーン内でしか広がってないけど、こういったメディアが国中に広がれば、国を変えてしまうほどの力を持つことになるわ」

「まるで見てきたように言うのね」

「さあね」

 ソティルは誤魔化すように答えると、またコーヒーを一口飲んだ。

 こいつはどうも謎が多い。魔法関係の知識は私室や書庫の本の山を見れば察しがつくけど、私にはない先進的な発想を持っていたり、たまに未来を予見するようなことを言う。

 優秀さを鼻にかけてて、ホント憎らしい。

「ところで討伐計画の方はどうなってるの? 私、最近は使役魔法の修行で手一杯だけど」

 魔王幹部のニパスとの戦闘後、私は課題となった土地の魔力のコントロール修行に、朝から晩まで精を出していた。私だけでなく、他の魔法騎士たちも似たようなことをしている。兵力に関しては、着実に上がってきた印象だ。

「まあ、概ね計画通りなんだけど……遺跡の調査報告が、まだ届いてないのよ。何かしら、ニパスがあそこに来た目的があるはずなんだけど」

 ソティル曰く、魔王軍の行動の中には戦争とは別の目的があり、それに合わせて侵攻を行っていた可能性があるとのことだった。

 実際、戦闘の要所でもない、千年前に勇者と魔王が戦ったという遺跡にニパスが現れたのも、確信を強める要因になっている。

「まあ、そんなすぐには見つからないんじゃない? そもそも、何を探していたかまではわかんないんだし」

「そうね……あと、まだ名前が決まってないのが大問題!」

 急に声を張り上げて、ソティルが言った。私は脱力した気分になる。

「またそれ?」

「だって、魔王討伐計画ってそのまんまでしょ? 今後、こういった新聞で広く扱われていく際にも、やっぱかっこ良い作戦名がないと。国民の支持を失っちゃうわ!」

「別に、伝わってるからいいでしょ」

「オペレーションなんとかってのもいいけど長いのよね。シンプルに、○○計画とか作戦名○○って感じがいいと思うのよ」

「『勇者はこの私、スピラ・スピンテールだ計画』ってのは?」

「それで満足なの?」

 うっ……冗談なのに。たまにこいつ、素で返してくるから怖い。

「そ、そんなのあとでいいでしょ。あんたがしょーもないこと言うから、私もしょーもないこというのよ。この放蕩王女」

「なんか日に日に私の扱い酷くなってない?」

「ないない」

 朝食を食べ終わった私は、ソティルを無視して新聞を読むことにした。正直、記事の内容はあまり面白いものは多いとは思えなかった。酒場でのどうでもいい噂話とか、誰それの笑い話だとか。紙面を埋めるのに一生懸命な感じで、必要性のない情報ばかりだ。

 ダラダラとページを捲っていくと、でかでかと一面を使った、ある紙面に目がいった。

「『求む、勇者の仲間たち』……ってなによこれ……?」

 私は疑念を抱きつつも、紙面に書かれた文字を読み上げていく。

「エクセリク国では、此度新たな観点から才能ある人々の募集を募ることになりました。我こそは唯一無二の『才能』を持っているとお考えの方は、是非指定された日時に、エクセリク城までお越しください。年齢経験不問。採用の際には、記載された報償をお支払い致します……って、どういうこと?」

 私は目の前のソティルを睨みつつ問い詰めた。

「ちょっと待って。いきなり私を疑うのはおかしい」

 ソティルは、真顔で言い放った。

「いや、こんなことやろうとすんの、あんただけでしょ」

「何事も、決めるつけるのは良くないと思うわ」

「実際どうなの?」

「私がやったけど。何か文句でも?」

 フフンと、なぜか胸を張って言うソティル。こいつの無軌道な思考と行動に付き合っていたら身が持たない。あと、毎回胸を張る度に強調されるその大きさも多大なストレスだ。

「一体何企んでるの?」

「広告に書いた通り。才能探しよ。デュナミスのね」

「デュナミスの?」

「今のデュナミスって、戦闘に特化したものしか優遇してないでしょ? 私のイトデンやテクトのデュナミスみたいに、直接的な戦闘力はないけど役立つ能力を探そうと思ってね」

 テクトといのは、この塔の建て増し作業をやってのけた女の子だったはずだ。

 確かに、彼女のような能力は便利ではあるが、私のピュシスみたいに社会的な評価が高い訳ではない。理由は、魔王軍との戦争が激しくなるにつれ、直接的な戦果に繋がるデュナミスの方が、国のニーズが高まったからだ。

 最近は魔王軍侵攻の影に隠れているけれど、動植物の魔力汚染から生まれる〈モンスター〉の駆除にも、戦闘用のデュナミス持ちは重宝されるので、どうしても戦闘特化のデュナミスが優遇されている。色々と、社会情勢的に仕方のないことではあった。

「でも、実際魔王軍との戦闘中なわけだし、戦闘用のデュナミスを集めないと仕方ないんじゃない?」

「そういった候補は、既に騎士団の方でスカウトしてるから。それに、まだ必要かどうか分からないけど、今これをしておかないと、間に合わない可能性もあるしね」

「また、持って回った言い方をする……何考えているのよ?」

「一流の軍師は、あらゆるケースを想定し、あらゆる準備をしておくものよ」

 ニヤリと笑うソティル。隠す意味なんてないので、単に私が驚くのを楽しみにしているという感じだ。絶対驚いてやらないぞ。

「でも、どんな人材が集まるか楽しみだなぁ。結構広告費を出したから、期待してるのよね」

「広告費? え、お金出したの?」

 紙面をよく見ると、主催ソティル・エクセリクと、わざわざ自分の名前を出している。私はその記載に、ある事に気づいた。

「おい。ニパスのデマ記事の原因これなんじゃないの? お金貰ったから贔屓されたんじゃ……」

「まあ、スポンサーに敬意を払うのは世の常よね。しかも私、王女だし」

「……いつか、私が紙面を飾ってやる」

「ところで、口に白いおヒゲがついてるわよ?」

 その指摘に、私は口元を拭った。……ホント、嫌な奴だ。


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