第34話 悪い報告と良い報告1

 緊急任務の翌朝、北海道人妖警察の全隊員が収容できる広さを持つ講堂に緊急集会として全ての隊員が招集された。実務部隊、後方支援部隊が一挙に集まる緊急集会は少なくとも龍たちが入隊してからはなく、辺りは騒然としている。



 昨夜、龍たちの班を主班として「と」の小隊の何班かは雪女の鎮圧に出払っていたが、別の小隊の班は別のところに緊急出動していた。それは龍たちが帰ってきてから小隊長の知世に情報共有として報告をされていた。


「河童は禰々子秘蔵の尻子玉コレクションの中で一番価値の高い物が、天狗は蝦夷坊の秘蔵酒コレクションの中で一番お気に入りの物がそれぞれ壊されていて大激怒し大暴れ。「ろ」と「は」の小隊の何班か駆り出されてます」


 河童の禰々子は本来利根川に住んでいたとされる女親分として知られている。しかし河童によると一集団の長は女という決まりがあり、その親分になった女が禰々子を襲名することになっているため、禰々子という名前は利根川の女親分に限ったものではないらしい。


 また、天狗は八天狗というのが日本で有名な天狗の頭領たちであるが、そこに数えられていない天狗の頭領も勿論大勢いる。蝦夷坊もその数えられていない頭領で、北海道に棲む天狗一派の頭領である。


 余談だが、この時も知世のバディであるヤツデは近くにいなかった。基本的に表に姿を現わすのは知世で、ヤツデが表立って何かをしているところを見る者は少ない。何かにつけて「めんどうくさい」と言っては知世が代わりに仕事をしている姿を多く見かけるため、職務怠慢ではないかとまことしやかに噂されている。



 昨夜は随分と散々な夜であったことは間違いないが、全隊員を集めて行なう緊急集会が開かれるということはこの他にも何かあったらしい。


「何があったんですかね?」


 待ちきれない暁が誰にともなく質問をする。


「さぁ、でも雪女と河童と天狗、上級妖怪で北海道でも古参の部類に入るこの3妖怪が同時に狙われたっていうのは不自然だよ」


 綾女が懐で寝ているシロを撫でながら律儀に回答した。


「何かこの3つの騒動が他の事件に繋がっているのかもしれない」

「俺もそう思う」


 ミツと龍は裏に何かあると読んでいた。

 なお、リンはこの場にいるものの、集会直前まで立ち寝を決め込むようだった。



 やがて時間になると北海道人妖警察署の支部長、実務部隊長、後方支援部隊長の面々が登壇した。


「諸君静粛に、これより緊急集会を行う。今日ここに集まってもらったのは昨日の一連の事件についてである」


 話し始めたのは支部長の相馬善一である。

 善一は後方支援部隊上がりの支部長であり、だからというわけではないと思うが冬真と折り合いが悪い。見た目も性格も古狸のような食えないおじさんで、冬真と何かしら意見の食い違いがあると、冬真が狐、善一が狸に例えられては狐狸の化かし合いと陰で囁かれている。


 ちなみに後ろに控えているバディは旧鼠のミカゲである。旧鼠とは鼠が妖怪になったものだ。ミカゲは人間と同じくらいの大きな鼠の妖で、白い毛並みが艶やかな女性である。


 善一の話を要約すると、まず、数年前に活動していた犯罪者の蘆屋充が力を取り戻し活動を再開したらしいこと、その者の目的は現世に百鬼夜行を行うことであり、そのために重要な物がこの警察署に保管されていたこと。昨日の騒動で手薄になったところを侵入されたが、結局その重要な物は盗まれなかったということが報告された。また、充は傀儡の術式を会得したらしいことも共有された。


 会場は騒然とした。蘆屋充という名は誰もが知っている超有名な凶悪犯罪者だからである。


 龍も蘆屋充についての情報を思い出していた。



 蘆屋充は元人妖警察官であり、現世に百鬼夜行を行うことを真剣に考え、脱退後は闇の祓い屋組織スサノオに入団した男である。


 祓い屋とは妖怪を祓う職であり、分かりやすく例えるなら陰陽師のようなものだ。

 人妖警察との違いとしては、人妖警察が公職であるのに大して祓い屋は民間職のようなものである。


 昔は祓い屋は各家がしのぎを削っていたが、見える者が少なくなり多くが廃業した。今は祓い屋個人で仕事を受けることはほとんどなく、祓い屋協会という組織が依頼を取りまとめ、祓い屋はその協会に所属し依頼をこなしていくことが多い。


 公職か民間職かという違い以外に、この両者は大きな違いがある。

 

 理念が異なるのだ。


 人妖警察が人と妖の共存を目的とし、双方の権利を平等に考えるのに対し、祓い屋は妖怪を悪とし、人間の権利の方に主眼を置いている。この両者の溝は埋まることがなく、今なお対立している。


 元々棲み分け法には人妖警察のみが権限を持つと宣言しているが、祓い屋側としてはその棲み分け法自体が人妖警察が勝手に決めた眉唾物の約束事であり、自分たちに断りも入れずに何勝手にそんなことを決めているのだという主張である。


 よって祓い屋も人妖警察と同じく古くから脈々と受け継がれ今日まで存在しており、人妖警察としても不可侵の組織となっている。


 そんな祓い屋協会であるが、勿論全うな依頼だけが入ってくるわけではない。中には公にできないような非人道的な依頼も受けることがある。

 それを処理するのがスサノオという裏稼業を生業とする闇の祓い屋組織であり、協会が手練れの祓い屋を集めて作った集団である。


 当時協会側もこのスサノオという組織については内密に管理運営しており、全うな祓い屋はこの組織や裏の依頼のことは知らなかった。

 充はどういうわけかこの組織のことを知っていたらしく、そこに自分を売り込み所属することに成功したのだ。


 ここで充は依頼をこなし資金を稼ぐと共に、スサノオのメンバーを懐柔して自分の依頼を引き受けてもらうようにもなった。

 充はスサノオのメンバーに、全ての妖怪の根絶とある妖怪の捜索を依頼していたという。そして有能なスサノオの祓い屋たちは着実に任務をこなした。少しずつ確実に良い妖怪も悪い妖怪も見境なく封じ、あるいは殺していった。


 百鬼夜行を目論む男が何故妖怪の根絶を主導するのかはじめは分からなかったが、狙いは人妖警察の信用失墜と戦力ダウンであった。


 当時の現世の住民妖怪はスサノオに恐怖し、後手後手に回る人妖警察に対し憤りを覚えていた。百鬼夜行を扇動しやすい状況を作っていたと考えられる。また、人妖警察官の妖怪が犠牲になることもあり、直接的な戦力ダウンの狙いもあった。


 充のスサノオを使った活動はおよそ1年半続き、最終的に充は冬真によって捕縛された。その後、護送中に充は逃亡し行方知れずになったものの、捕縛時に永久霊力封じの術式をかけられており、力を封じられている以上何もできないという理由で最終的に捜索が打ち切りになっていた。


 ちなみにスサノオのメンバーや裏の仕事を斡旋していた協会の人間、そして依頼人も一斉検挙され、祓い屋協会自体に人妖警察の大きなメスが入った歴史的な事件にもなった。



 その凶悪犯が力を取り戻し、剰え傀儡の術式という伝説級の禁忌術式を携えて舞い戻ってきたのだ。当時を知る者も知識でしか知らない者も、この悪魔の再来にひどく戦慄した。


 龍もその1人である。


(とんでもないことになったな)


 できることなら自分の現役時代には扱いたくない相手だと龍は思った。

 隣を見るといつも大抵のことには動じないミツが辟易した顔をしていたので同じようなことを考えているのだろう。


「悪い報告はまだ続く」


 そう切り出した善一は更に昨夜、京都人妖警察統括本部から酒呑童子の首が蘆屋充によって奪われたと話した。充には共犯者がおり、恐らく酒呑童子の部下である茨木童子と共に行動している可能性が高いとのことだった。


 これが本当であれば充は着実に百鬼夜行に向けて準備を整えているということだ。


 先ほどとは打って変わって、辺りはしんと静まり返っていた。あまりにも同時に色々なことが起こっていて、皆情報を呑み込めていなかった。


 善一はそのまま今後の方針についても話をした。統括本部長の見解では充が本格的に始動するのはまだ少し先だと考えているようで、今は準備期間としてまずは組織全体の地盤を固めると共に実務部隊は今まで以上に戦力強化をする必要があること、見回りを強化すること、不審な者や物を発見した場合は速やかにかつ慎重に行動すること、あとは他支部とも緊密な関係を築くために今までよりも合同訓練などの回数を増やしていくことなどを話した。


 その話が終わっても誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。


(まるでお通夜のようだ。隊員の士気が極限にまで下がっている。まずいな)


 戦闘においては士気の高低も勝敗を分ける重要な要素の1つである。


『もし勝ちたいと思う心の片隅で、無理だと考えるならあなたは絶対に勝てない』とは有名な詩の一文だが、今この講堂内の者たちは皆まさにその心境に陥っている。

 勝ちたい、勝たねば、しかしあの凶悪犯に自分は勝てないのでは?と、戦う前から心が折れてしまっているのだ。


 かく言う龍自身、脳内で自分と蘆屋充を対峙させてみるが勝てるビジョンが湧いてこなかった。

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