第31話 第二の錠の前で
翌朝、冬真とハチは訓練場のとある区画に来ていた。ここには秘密の地下室入口がある。
森の中で木々が鬱蒼と生い茂っているそこは、場所を知らない者がそう安々とたどり着けるところではなく、仮にこの場所にたどり着いたとしても目くらましの術式と侵入防止結界を張っているため、中に入るのは容易ではない。
鍵も同じく別の訓練場に同じように隠しており、探すのは簡単ではなかったはずだ。
現場保全のために張り直されていた術式と結界を解除すると地面に扉が出現した。
「見事に第一の錠が開錠されているな」
地面には開錠された鍵がそのまま置いてあった。
小平から聞き出していた情報で茨木童子は難なくここを通過したらしい。
地下に続く扉を開け、冬真を先頭に階段を降りていく。電気が通っていないため、陽光が刺さないところまでくると持っているペンライトをつけた。しかしすぐにその光が掻き消される。ハチが光源の強いランタンを持ってきていたからだ。
「…準備が良いですね」
「別に潜入してんじゃねェんだからペンライトじゃなくていいだろォ」
「じゃあハチが先頭を行ってください」
「えー、いいけどよォ」
冬真はハチに気づかれないよう小さく溜息を吐いた。
(ハチの言う通り、私は少し回りが見えなくなっているのかもしれません)
現場を確認するのだから明るく照らせる道具を持ってきた方が効率が良い。そんなことにも気が回らなかった自分が恥ずかしい。
(あまり気負い過ぎてはいけない)
そうは分かっていても、心はどこか急いている。
ハチはそれを分かっていて冬真を上手く宥めている。
(蘆屋充に関しては、私よりもずっとハチの方が冷静ですね)
「ついたぞ」
階段を降りきって一本道の廊下を少し進んだ突き当りに扉があった。
その扉には冬真がつけた付喪神付きの南京錠と、充の指示で茨木童子がつけた付喪神付きの南京錠が報告通りについていた。
「やっぱ無理だな。鍵がないと開けらんねェ」
付喪神付きの錠は付喪神の不思議な力によって、扉だけではなく空間そのものを閉塞する完全施錠効果がある。この地下室は窓のない個室だが、仮に窓のある部屋を施錠した場合は鍵を開けない限りは窓からの侵入も不可能になるのだ。
今その付喪神の錠がここに2つついているということは、どちらの鍵も揃えないことにはこの部屋には入れないということである。
「どうせこっちの鍵は充が持ってんだろうよ。案外最後はお前と充のデスマッチになるかもな」
「デスマッチという響きが三文芝居の筋書のようですね」
冬真は鼻に皺を寄せる。
「しかし実際その方が手っ取り早い。多くを巻き込まなくて済みますから。ただ奴はそんなふうには仕掛けてこないでしょうね」
(多くの者を巻き込んで混乱させて、その隙を狙ってくるに違いない)
これから起きるであろう騒動を思うと冬真は既に気が重かった。
ハチが南京錠を手で弄びながら訊ねてきた。
「高校の同級生だったかァ?」
「もうハチの方がずっと長く一緒にいますよ」
「仲良かったんだろ?」
「あんなサイコパス野郎と一瞬でも仲が良かったことは私の人生の中で三本の指に入るほどの汚点ですよ」
「言うねェ。だが、仲が良かったことは否定しないんだな」
冬真は答えなかった。無言がハチへの答えになる。
『もしかして、お前も見えるの?』
当時、高校生という多感な時期において、妖怪が見えるという圧倒的マイノリティは冬真の人生に大きな影を落としていた。
これは冬真に限った話ではない。人妖警察官の血筋ではない限り、妖怪が見える人間は擁護されない。両親のどちらかが見えるならまだ良い方だ。隔世遺伝などによって回りの中で自分だけが見える体質だった場合は誰からも同意が得られないからだ。
『また変なこと言ってる。気持ち悪い』
『イマジナリーフレンドってやつか?』
『大人の気を引きたいからっていつまでもそんな嘘を吐くのは止めなさい』
このような場合は子供のころから両親からもクラスメイトからも疎まれる。変人として、嘘つきとして、時には気味悪がられ、あるいは奇異の目で見られる。
年を重ねるに連れて黙することを学ぶが、一度貼られたレッテルを回収することは至難の業である。
冬真も例に漏れず同じような道筋を辿り、高校生になってもまだ回りの全ての人間から遠巻きにされていた。
そこに充が現れた。高校一年生も数か月過ぎた頃、別のクラスで噂を聞きつけたらしい充は何の衒いもなく冬真に話しかけてきた。
「もしかして、お前も見えるの?」
その一言は当時の冬真にとってどれほどの救いだっただろうか。
2人はすぐに意気投合した。それは当然のことだった。充の周りにも見える人間はいなかったので、お互いに同じ世界を共有できる数少ない友達になった。
当時から充は何故かえらく堂々としていた。普通妖怪が見える人間は見えるということを隠しながら生きていこうとする。しかし充は違った。妖怪が見えることは大きな強みだと主張した。自分の頭がおかしいわけではないと、そして妖怪が見えることは決して恥ずかしいことではないのだと語った。
それは当時の冬真には眩しく、また冬真の凝り固まっていた考えを180度変えるものだった。
「止めましょう。過去を遡っても虚しいだけです」
冬真は記憶の海から抜け出した。
「あの男を止められなかったのは私の責任です」
(どこで道を違えたのだろう。やはり百鬼夜行がしたいと告白してきたあの時からだろうか)
「お前はちゃんと捕縛しただろ。取り逃がしたのは護送中のことだ。それにあいつがおかしくなったのはお前のせいってわけでもねェ」
「いいえ、様子がおかしいと思った時に気が付かないふりをした私の責任です。友として、道を踏み外そうとした時にすぐに引導を渡してやらねばならなかった」
「あまり自分を責めるなよ」
ハチは眉尻を下げている。どんな慰めも今の冬真には届かないことを知っている。それでも慰めることを止めないのは冬真を独りにしないためなのだろう。
「多くの犠牲者が出てしまいました」
「お前も被害者の1人だ」
ここで何を言ってもハチは冬真の責任を肯定しないし、冬真も今の心持ちではハチの慰めで考えを改めることはできない。話は平行線のままだ。
冬真は話を打ち切った。
「止めましょう。時間の無駄です」
先ほどとは打って変わって剽軽な声を出しながら肩を竦めてみせる。終わりの合図だ。ハチも何も言わなかった。
南京錠は仲良く2つぶら下がったままだ。
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