第30話 小平健太郎という男
その後も晴信と打合せをし、冬真とハチが北海道人妖警察署に戻った時には既に全ての事件が沈静化していた。
早速執務室に実務部隊副長の2名を呼び出し、報告を聞くことにした。
大庭実は一見どこにでもいるような平凡な顔つきの男だ。しかし、恐ろしく仕事ができる。姿勢が良く、背中に定規が入っているようで、一挙手一投足もビシッとしている。風紀委員長やアナウンサーといった雰囲気の真面目な感じだ。
大庭のバディのツムジは鎌鼬の妖で、小柄だが近づき難い独特の雰囲気がある。まるで武闘家のような佇まいだ。しかしツムジ曰く、口下手で内気なだけらしく、話しかけられるのは嫌いではないらしい。
報告は専ら大庭に任せており、基本傍らにいるだけである。
「ご苦労様です、大庭さん、ツムジさん」
留守を守ってくれた彼らに労いの言葉をかける。
「いえ、我々はほとんど何も。現場の班長と小隊長で事が済んでおりました」
「それは頼もしい限りじゃねェか」
「はい。暁君も出動し、素晴らしい成果を上げたと伺っております。何でもサトリ山のサトリを発見したそうですよ」
「サトリ山ということは雪女たちの鎮圧に向かったのでしょうが、何故それでサトリを発見してるんでしょうか」
大いに謎が残る報告である。
しかし冬真が気にしていた暁のことについて報告をしてくるあたり、やはり大庭がデキる男なのは間違いない。
「もう1つ報告があります。傀儡の術式をかけられた者について、小隊長たちに個別で聞き取りを行なったところ、小平君が心当たりがあるということです」
「仕事早ェなァおい」
指示前に動く男、大庭である。
「小平君には部屋前に待機させておりますが、如何致しましょうか?」
そこまでされているのであれば如何も何もないだろう。
「入ってもらってください」
「部隊長の座、持っていかれる日も近いかもなァ」
ハチが冬真にこっそり耳打ちする。その危機感は冬真も同じくあるので苦笑した。
「す、すみませんでしたぁー!」
小平健太郎は入ってくるなり全力で土下座した。
それはもう見事な土下座だった。
「見本のようだ…」
横でハチが感心していた。
小平健太郎は小隊「い」の小隊長である。この土下座からも分かるように落ち着きがないというかテンションが高いというか、行動の予測がつかないところがある。何事にも全力投球なのはいいが、詰めが甘かったり話を聞いていなかったりするのはたまに傷だ。小柄で可愛らしいルックスをしているので、一部の者からは「小平君、可愛い」と需要がある。
欠点はあるが腕が立つのと、一生懸命なところがムードメーカーとして上に立つ素質があると判断したため小隊長を任せている。
(個人的には少々苦手なんですがね…)
落ち着きのないところが冬真の中でマイナスポイントだ。
「小平君、落ち着いてください。私たちは誰もあなたを責めていません。顔を上げて、というより立ってください」
「はい…」
小平は気まずいのかおずおずと立ち上がった。
「大庭さんの話では傀儡の術式をかけられた可能性があるということでしたが」
「小平君、先ほどの話を順を追って説明してほしい」
大庭が促す。
「はい、1か月くらい前のことです。休みの日で、夕方から1人で町に行って、その…女の子のお店で飲んでいました。ああ、でも健全な方です!健全な女の子のお店でした!」
別に悪いことをしているわけでもないのだが、そうやって報告をされるとこちらもいたたまれない気持ちになる。むしろこれでよく素直に話してくれる気になったものだと冬真は思った。
「健全な女の子のお店で飲んでいたんですね。後でお店の名前を教えてください。その時の防犯カメラの映像も確認しますから」
「血も涙もねェ」
「仕事ですから致し方ありません」
健全な女の子のお店なら席に女の子がついてお酒を注いだり飲んだり、お話をして楽しむ程度だ。
「そうです、健全です!防犯カメラもしっかり確認してください!本当に健全ですから!」
健全さを証明するために防犯カメラの映像を見るわけではないのだが、あまりの小平の気迫に流石の冬真も負けた。
「…分かりました。健全だったかどうかも確認しておきます」
冬真は頭痛がしてきてこめかみをさすった。
「ありがとうございます!・・そこで隣の男が何かのタイミングで話に入ってきて、すごく会話が弾んで意気投合したんですよ」
「何の話だったか覚えていますか?」
「それがすみません、お酒入っていたので何話していたのか覚えてなくて…でもすっごく楽しかったのだけは覚えています!」
「そうですか、すっごく楽しかったんですね」
小平との会話では寛大な心が必要である。決してお前の楽しかったかどうかは関係ないんだよ!などと突っ込んではいけない。ただでさえ昨今パワハラだなんだと色々なハラスメントが横行しているのだ。冬真は仏のごとき広い心を持って、子供と話すかのように小平と接した。
ハチが隣で下を向きながらクツクツ笑っている。冬真がイラついているということが分かっているからだ。ちなみに大庭は手で目元を覆い俯いているし、ツムジは我関せずと言った感じで目を閉じて瞑想している。
(孤軍奮闘というやつですね)
冬真はハチを少し忌々しく思った。
「その後は?席はずっとそのままでしたか?」
「いえ、しばらくはそのまま話していたんですが、途中で男がこっちの席に移ってきました。そして女の子がちょうど何かで席を立って…そこから気が付いたら男が勘定していました」
つまり2人きりになったタイミングで傀儡の術式をかけられ、『ぬらりひょんの湯吞』の保管場所と鍵の在処を話してしまったのだろう。
「その男が蘆屋充だとは気付きませんでしたか?」
「すみません、手配書が何年も前のものだったので、言われてみたら確かに面影あったかもとは思いますが、雰囲気とかは知ってる写真と大分違ったのでその時は全く気づきませんでした」
これに関しては仕方がないと冬真は思う。小平はまだ若く、当時蘆屋充が活動していた頃には入隊していない。直接本人を見たことはなく、指名手配の写真も古いためピンとくる方が難しいだろう。
「蘆屋充の指名手配写真を更新する必要がありますね」
「だな。小平は話しにくいこと話してくれてありがとうなァ」
小平は特にお咎めなく、これで尋問が終わることにほっとしたようだった。
冬真も比較的スムーズに聴取ができてほっと胸を撫で下ろした。
「防犯カメラの件は明日確認しておきます」
「よろしくお願いします」
「後は『ぬらりひょんの湯吞』の現場確認と防犯カメラ映像についてですが」
大庭が小姓のような鬼が映っていると言っていた防犯カメラ映像である。
「防犯カメラは小平君のと併せて明日以降2つ一緒に確認することにします。時間も時間ですし、現場確認は私とハチでこのあと勝手に見ておきます。大庭さんもツムジさんも下がってお休みください」
時刻は深夜1時をとうに回っていた。
「承知しました。ではお言葉に甘えて我々もこれで」
小平に続き、大庭とツムジも退室した。
緊張感がなくなったのか、ふわぁとハチも1つ大きな欠伸をした。
「明日でよくねェか?暗いとよく見えねェだろ」
「地下ですからどのみちライトをつけますよ」
「急いてはことを仕損じるぜ?」
ハチは言外に焦るなと言ってきていた。
(確かに今日見ても明日見ても変わりませんか)
今日1日色々なことが同時に起こり、流石に冬真もハチも疲れていた。冬真は前言撤回してハチの提案に従うことにした。
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