第29話 問題山積2
(何か、情報が繋がりそうなんだ)
喉に小骨が刺さったような小さな違和感を早く解消したい。
酒呑童子、小姓の鬼、百鬼夜行…。
蘆屋充、傀儡の術式、『ぬらりひょんの湯吞』、百鬼夜行…。
「なんかちぐはぐだよなァ。子分の鬼が大将である酒吞童子の首を狙って、充が『ぬらりひょんの湯吞』を狙ったってんなら分かりやすいのに、逆だしよォ。鬼と充が共謀してんなら何か約束でもしたのかねェ?」
「子分の鬼?」
「だってそうだろ?酒呑童子は鬼の総大将なんだから、小姓の鬼は酒呑童子の子分なんじゃねェの?鬼に派閥があるなら知らねェけど」
(子分の鬼、充と鬼の約束…)
「ありがとうございます、ハチ。あなたのおかげで1つ仮説が立ちました」
「お、それは良かった。なら聞かせてくれ」
「まず、小姓の鬼の正体は茨木童子ではないでしょうか?」
「茨木童子?確か酒呑童子の子分で、討伐の際に逃げ果せたんだっけか」
「そうです。そして茨木童子はずっと酒呑童子の首を取り戻そうと考えていたのではないでしょうか?」
平安時代からずっと。
「そしてある時、百鬼夜行を復活させたいという蘆屋充の存在を知る。茨木童子が蘆屋充を知った時期については分かりかねますが、護送途中に奴と接触し、何らかの取引をして逃亡に手を貸したと考えるのが妥当でしょう。やはり奴1人では逃亡は不可能だったでしょうから」
「その取引って?」
「例えば永久霊力封じの術式を解く代わりに酒吞童子の首を奪取してほしいとか」
「お前のあの術式って不可逆術式だったよな?」
不可逆術式とは元に戻せない術式、つまり解けない術式である。
「そうですね。しかし鬼は古より存在する妖怪ですから何か元に戻す知識があったとしても不思議ではありません」
「じゃあ何で茨木童子は『ぬらりひょんの湯吞』を狙った?その取引だけじゃ説明がつかねぇだろ」
「仰る通りです。後は百鬼夜行に関する取引でしょうか。酒呑童子は人気のあった大妖怪ですから求心力として蘆屋充もほしい妖怪だったでしょう。でもやはり百鬼夜行を行うに当たって『ぬらりひょんの湯吞』の効果は絶大ですから、そのあたりで何か取引を行なったと考えられます。その結果として蘆屋充が酒吞童子の首を奪い、茨木童子は『ぬらりひょんの湯吞』を狙った」
流石に細かい取引内容については分からないが、大まかな内容は間違っていないはずだと冬真は考えている。
「でも茨木童子は失敗している。第二の鍵は冬真の懐にあるからなァ。ってかそもそもの話、やっぱりどこからか情報が漏れてんだな」
ハチの言う通り、『ぬらりひょんの湯吞』を北海道人妖警察署で保管しているという情報は一部の者しか知らない機密事項である。
「間者か、あるいは傀儡の術式で聞き出した可能性があります。これは後で情報を知っている者全員の記憶調査が必要でしょう」
「厄介だな、傀儡の術式」
「全くですよ」
傀儡の術式は、術中においては縛られている霊魂かどうか確認する術があるのだが、術後は霊魂は元通りになり後も残らない。つまり、客観的に術をかけられていたどうかが術式が解けた後では判別がつかないのだ。
となると術式をかけられた者の意識障害を尋問するしかないが、自己申告では偽の供述をされる可能性も大いにある。
誰も心のうちまでは分からないのだ。
「しかし「『ぬらりひょんの湯吞』を北海道人妖警察署で保管している」という情報は我々が敵を釣るために敢えて流した情報ですから、まんまと引っかかってくれたと言えるでしょう」
それもこれも蘆屋充が本当に復活しているのか、傀儡の術式を習得しているのかを確実に見極めるためである。
「熾烈な情報戦ってやつだな。ついていけねェ」
ハチの頭はパンク寸前のようである。
今回晴信と冬真は「『ぬらりひょんの湯吞』を北海道人妖警察署で保管している」という情報、「『ぬらりひょんの湯吞』の保管場所及びその鍵の保管場所」の情報、そして「実は第一の錠と第二の錠をかけている」という情報に分け、それらの情報を握っている者を少しずつ限定することで間者がどこまで潜り込んでいるのか、あるいは蘆屋充はどこまで接触して傀儡の術式を使用したのかがある程度絞り込めるようにした。
「最も情報を絞っていた第二の錠の存在がバレているってことだよなァ?だとしたら実務部隊副長か支部長が怪しいってことか?一応さっきの話だと意識障害はないってことだったが、まァ自己申告の情報はあまり信じらんねェし」
自分たちと晴信も第二の錠の情報を知っていたが、流石に疑惑の目を外して話を進めている。
「どうでしょうね。その可能性も否定できません。しかし、もしこの段階で蘆屋充が第二の錠の存在まできちんと理解していたなら私のところに来たと思います。だって長年探し求めていた『ぬらりひょんの湯吞』が、不意打ちで私を殺したら手に入るところまで来ているとしたら、多少の危険を犯しても死に物狂いで取りに来たのではないでしょうか」
実際、今回の一連の襲撃は予期できなかった。もし充か茨木童子が冬真の元にまで来ていたら不意を突かれていたかもしれない。しかし、ここまで派手な動きを見せた以上、こちらとしても警戒レベルは当然上げる。冬馬の首は取りにくくなることは間違いない。
「じゃあ第二の錠の存在を知らなかったとして、何で付喪神つきの錠なんかかけられた?」
「私の性格を理解しているからでしょう。きっと第一の錠だけでなく第二第三の錠がある可能性を視野に入れ、しかし『ぬらりひょんの湯吞』の場所をこれ以上移動されたくないという思いから、自分の錠もかけて場所を固定させた」
全部の情報を入手してから奪えば良かったのではと思うが、やはりどうしても時間がかかると踏んだのだろう。その間にまた別の場所に移動されたらせっかく集めた情報が無意味になると考えた充は、奪えもしないが移動させることもできないという状況を作ったのではないか。
「じゃあ統括本部の上層部とうちの小隊長の誰かから情報が漏れた可能性が高いってことか」
ハチの言う通り、盗られた情報と冬馬の推測を足したらそこから情報が漏れたのではないかと踏んでいる。
「だとしたらガラクの行方不明はどうなる?」
「付喪神付きの鍵まで用意してここまで執拗に『ぬらりひょんの湯吞』に拘っているなら、ガラクは誘拐ではなくただの家出でしょうね」
ここでタイミングよく晴信が戻ってきた。
「確認したところ、家出のようだ」
「左様ですか」
「私のバディと口喧嘩をしたらしい。それでガラクが昨日の昼間に出て行ったとのことだ。家出はよくあることだから、じきに戻ってくるだろう」
この物騒な時期にはた迷惑なことだが一安心である。
冬真はハチと考えていた1つの仮説について晴信にまとめて話をした。
「つまり小姓の鬼は茨木童子で、蘆屋充の逃亡時から共謀関係にある可能性がある。目的は茨木童子は酒吞童子の首で、蘆屋充は『ぬらりひょんの湯吞』及び百鬼夜行。何かしらの取引をしてお互いの目的のために共謀しているということだな」
「はい、恐らくは」
「そして、統括本部上層部と北海道人妖警察署の実務部隊小隊長の中に間者かあるいは傀儡の術式をかけられた者がいるということか」
「はい」
晴信がここで唸った。
「だとしてだ。敵は次にどう出るか、だな」
「『ぬらりひょんの湯吞』を奪いに来ることは間違いないと思いますが」
「酒呑童子はすぐに復活すると思うか?」
これにはハチが答えた。
「胴と首が離れた1000年以上も前の妖怪だろォ?首を繋げたとしても元の力を取り戻すのにそれなりの時間が必要だろうな」
「では茨木童子はしばらく酒呑童子にかかりきりでしょうね」
となると次の晴信の疑問としては充自身の動きである。
「蘆屋充はどれだけ下準備をしてこの計画を実行したと思う?酒呑童子抜きでも『ぬらりひょんの湯吞』をすぐに取りに来ると思うか?」
「蘆屋充の情報提供者によると「最近力を取り戻した」と奴が話していたとのことです。この話が本当であれば、捕縛前は傀儡の術式を会得していませんでしたから、最近になって力を取り戻し、その後に術式を会得したことになります。下準備の時間はそれほどなかったのではないでしょうか。そして現段階で私たちが警戒態勢を強めていることは理解しているでしょうからすぐに取りにも来ないと思います」
不意打ちの冬馬からなら鍵を奪えたかもしれないと考えると、充は気を逃したことになる
「錠をかけて『ぬらりひょんの湯吞』の場所は固定したのです。これからゆっくり時間をかけて奪いに来る算段でも立てるのではないでしょうか」
「それであればまだ少し猶予はあるか」
晴信は少しほっとしたようだ。
「でもよ、力を封じられている沈黙の期間に何か既にしている可能性はないのかよ?組織を作るとか。あいつは結構な年数表舞台に出ていないから、陰で何かコソコソやっててもおかしくないぜ?」
ハチが不安そうにするが冬真はそれを否定した。
「力を封じられた人間に組織をまとめあげるほどの威厳があるとは思えません」
「ああ、確かに。茨木童子が組織を作っているってこともないかァ」
「はい、茨木童子は部下のイメージがあまりにも強く、上に立てるような妖怪ではありません」
ここで晴信は両膝をパチンと打った。何かを決めた時によくする動作だ。
「成宮君、ハチ君、恐らくこれから我々は未曾有の事件に巻き込まれていくだろう。時間の猶予は多少はある。その時間で組織の地盤を固めていく必要があるだろう。私は幽世の銀太殿にも話をつけに行く。やることは山積みだ」
「安倍統括本部長、あいつが再び表舞台に立った以上、私はあいつを捕縛するつもりです。たとえ刺し違えてでも」
冬真は睨みつけるように晴信を見た。晴信は冬真の気迫を見て怖気づくどころか相好を崩した。
「私もそのつもりだ、しかし急いては事を仕損じる。…成宮君、あの事件からもうすぐで11年か」
冬真は思わず視線を落とした。ハチが心配してこちらを見ているのが伝わってくる。
(あの事件を忘れたことはない)
鮮明に思い出す。あの時の凄惨な光景。突き上げるような衝動。胸の痛み。
(私の中であの事件はまだ終わっていない)
「君がいて良かった」
晴信は椅子から立ち上がり、デスク近くにある窓から外を見た。
「年々実務部隊の人員は減るばかりだ。正直なところ、以前と比べて蘆屋充に対抗しうる戦力があるかどうか。いや、弱音を吐いたのではない。総力戦だ。実務部隊、後方支援部隊、全ての力を結集して奴を捕まえるんだ。私にもその闘志がある。しかし、1人だと途中で心が折れていたかもしれない」
「安倍統括本部長」
「私と同じ志を持つ君がいて良かった。成宮君、共に月子の無念を晴らそう」
かつてお義父さんと呼べそうで呼べなかった男に、冬真は深く頷いた。
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