第21話 戦闘1

 龍の作戦はとてもシンプルだった。


「お前の方が足が早いからな、先行して走ってくれ。最小限の防御と回避以外とにかく走ることに集中すること。俺は後方で少し距離を取りながらお前の援護とアキさんたちへ攻撃をする。そして良いところで大きな攻撃を仕掛けて隙を作るから、暁はその機を逃さず捕縛してくれ。分かったか?」

「はい、分かりました」


 雪女たちと龍たちは広い駐車場の端と端、つまり遠い距離で対峙していた。


 元々雪女は上級妖怪に位置づけられる。戦闘能力も高く、多彩な雪や氷の術式を使う遠距離攻撃型である。そのため龍たちはできる限り早く駆け上がって距離を詰め、捕縛する必要があった。


 暁はメリケンサックをつけるとカンカンと打ち鳴らし、武器に活力術式を付与した。人妖警察官は護身用のために各々が得意とする武器の携帯や使用が許可されている。

 また、活力術式は人や妖の霊魂に対してなら資格が必要だが、武器に付与する分には資格は必要ない。武器を活力状態にすることで、硬度など武器の能力を最大限に引き出すことができる。


(顔に似合わずゴツい武器を使うよな)


 本人に直接聞いていないが、確かハチ実務部隊長が同じ武器を使っていたはずだ。


「スリーカウントだ。1、2、3!」


 準備が整い、2人が氷の壁から躍り出るのと壁が崩れるのはほぼ同時だった。


 遠くから先ほどと同じような氷柱の連続射撃や氷爆弾が飛んでくる。主に暁が狙われていた。どうやらアキとナツは本当に暁以外眼中にないようだ。ちなみにハルは子供だからか戦闘に参加しているようには見えない。アキの後ろに引っ付いたままだ。


 暁は龍の作戦通り、走ることに集中しているようだった。氷柱の攻撃に対しては術式を使わず、身を低くしたり飛び込み前転をしたりなど、ほとんど最低限の回避で掻い潜っている。氷爆弾は氷の壁を出すか、爆弾が爆発する前に自分で氷柱を射出して撃ち落としていた。


(やはり思ったより訓練通り動けている)


 初の戦闘任務の場合、いくら戦闘訓練を積んでいてもはじめは足が竦んで動けなくなることも多い。そうなったら助けに入ろうとした龍は、暁が容易く攻撃をいなしていたので杞憂だったと思い直した。むしろ新人にしてはよく動けている方だと龍は思う。


 術式は詠唱を伴うが、戦いにおいてはどれだけその詠唱を短く、早く行なえるかが重要になってくる。詠唱は長いほど術式の成功率を上げるが、それだけ術式を繰り出す時間は遅くなってしまう。逆に詠唱が不十分だと術式は発動しない。


 暁は最低限の詠唱で効率よく術式を発動させていた。


(流石、成宮実務部隊長の秘蔵っ子だ。肝の据わり方が違う)


 この作戦を言い渡したのは暁がどれほど実戦で動けるのかを試したいという打算があった。しかし暁ならできるのではないかという期待も少なからずあった。


 暁を援護するまでもない龍は雪女たちにけん制の意味を込めて火球の術式を放つことにした。


「火球よ、燃やせ」


 龍は右手のひらをアキたちに向ける。いくつかの火球が連続して飛び出した。体系化された術式ほど言の葉は短く、術式も容易になる。


 距離があるため、相手も氷の壁で攻撃を凌いでいた。その分相手からの攻撃は少なくなったので龍は何度か火球の術式を打ち込むことにした。

 この攻防で駐車場の半分くらいまで進攻した時だった。


 より多く妖力を注がれたものの気配を感じた。


 先行していた暁が足を止めていた。龍も追いついて隣に並んだ。


 雪女たちの左右に5頭ずつ、雪でできた狼が出現した。目は主と同様に赤くぎらつき、鼻息荒くこちらを威嚇している。いかにも獰猛そうだ。


 雪狼たちはジリジリと獲物に向かって包囲するようににじり寄ってきていた。


「俺はどちらかと言えば可愛いワンちゃん派です」

「奇遇だな、俺もだ」


 暁にはまだお道化られる余裕があるようだと龍は思った。


「お前はあいつらの対処は何も考えなくていい。俺が全部引き受ける。とにかく突っ走れ」

「え?」

「大丈夫だ。策はある。活路は開くから後は上手くやってくれ」


 俺を信じろとまでは気恥ずかしくて言えなかった。





 暁は10頭の雪狼との戦闘を覚悟していたが、龍の一言で呆気なく立ち消えた。


(龍さんの負担がデカい気がするんだけどな)


 とは言え今一番の優先事項はアキさんたちの捕縛だ。随分お膳立てされているような気もするが、これで捕縛できなかったら目も当てられない。暁は龍を信じて狼の死線の中を突っ走る覚悟を決めた。


「龍さん、良いですか?」

「こっちはいつでもOKだ」

「じゃあ行きます」


 暁は躊躇せず走り始めた。同時に龍が何か唱えている。均衡を破られた狼たちも暁に襲い掛かってきた。


 真っ先に暁に食らいつこうとした正面の狼は鼻っ面に火球が当たり、ギャウンと悲鳴を上げて仰け反っていた。そして時を待たずに何か大きなものが空から下降して狼に対抗していた。


(大鷲の式神?)


 暁は走って流れていく刹那の風景の中でそれを見た。


 雪狼は突如現れた大鷲に目を狙われたようだ。鬱陶しそうに咬みついたり前足で大鷲を退治しようとするも、制空権を握っている大鷲はのらりくらりとその攻撃を優雅にかわしている。


 そして暁のことを忘れたその一瞬の隙に龍の作り出した氷柱によって撃ち抜かれて四散していた。


 正面の狼がやられたことにより暁は呆気なく狼たちの包囲を抜けた。


(そうか。全頭をきちんと相手する必要はないのか)


 暁は全てをどう倒すかを考えていたが、龍はどう出し抜いて雪狼たちの包囲を簡単に抜けるかを考えていた。結果狼たちは龍と大鷲に翻弄されて惨憺たる結末を迎えている。


 龍は素早く何頭か仕留めたようだが、あまり間をおかず暁の後を追って狼の包囲網から抜け出したところを見ると、全頭を相手取るつもりは毛頭ないらしい。後ろを振り返っていないので分からないが、もしかしたら狼のリーダー格を倒して戦意を喪失させているのかもしれない。


 雪女たちはこんなにあっさりと狼たちが瓦解するとは思っていなかったようで、氷の遠距離攻撃が明らかに雑になっていた。その機を逃さず、龍は畳みかけるように呪を唱えていた。


 「我が欲するは大火球!業火に呑み込まれよ!」


 暁のすぐ横をゴオッと熱気が通り過ぎた。直径2メートルほどの火球は先ほどの火球とは比べ物にならないほどの大きさとエネルギーを感じる。


(ここだ!)


 暁はこの攻撃が龍の言っていた捕縛のタイミングであることを直感した。

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