第20話 各班員の動き

『こちら里見班。目的地に到着。情報共有を求む』

『ミツ、すまないが状況説明を頼む』


 ここで他班からの無線連絡が入った。綾女はその無線に耳を傾ける。目まぐるしく変わる戦況において常に新しい情報を入手することは何よりも大事なことである。


『分かった。現在龍と暁が山の麓の駐車場でアキ、ナツ、ハルと交戦中。藤沢は駐車場近くの廃校舎の体育館で支援術者として支援活動を行なっている。シロ、リン、ミツの3名が式神・鬼火を活用して救助活動及び他の雪女たちの捕縛にあたっている。なおベンチマークである鬼火の色は―』


(戦闘は天塩君とミツ君じゃなくて、成宮君なんだ)


 早速自分の知らない情報が飛んできて綾女は訝しむ。


「何でミツ君じゃなくて成宮君なの?」


 他班への説明が粗方終わったところで綾女はミツに訊ねた。


『何故かアキが暁を狙っていた。動機は分からぬ。こちらの声が届かぬほどに錯乱状態にあった』


「そっか、了解」


(成宮君、任務初日なのに大変だな)


 通常人妖警察官の初任務で戦闘任務は発生しない。はじめは簡単な任務から徐々に難しい任務へと段階を踏んでいくからだ。


 綾女は不運な新人のことを心配した。


(活力術式もあと45分くらいだろうから、さっさと終わらせられるといいけど。天塩君がいるなら大丈夫かな。でも相手は雪女の長と言われるくらいの大物だし)


 活力術式とは先ほど綾女が全員にかけた身体能力を向上させる術式だ。


 実はこの活力術式は普通の術式とは一線を画している。

 霊力によって霊魂を縛り上げることで術式は発動するが、活力術式の対象となる霊魂は人間や妖怪そのものの霊魂、つまりその者の核である。


 それで何故身体能力を向上させることができるのか。


 本来全ての霊魂は何となく存在する曖昧なものだ。自分が他の誰でもなく自分として存在していることは何となく理解しているが、その当たり前のことを常に意識することなどない。ただ何となくそういうものとして存在している。


 霊魂とはそういうあやふやなものなのだ。


 それを縛る。形を与えると言えばいいのだろうか。ぼんやりとした輪郭からくっきりとした輪郭にすることで、それがそれとして今までよりも色濃く存在するようになる。存在が強くなる。それがそれとしてはっきり存在することで活力が生じ、身体能力を向上させる。


 この状態を活力状態と言う。


 ちなみに医療術式というのもあるが、これは活力術式と仕組みは同じで活力状態にすることで身体機能が向上し、自然治癒能力の向上などを図るものである。


 しかし何故対象の霊魂が人間や妖怪そのものの霊魂だからといって他の術式と一線を画しているのか。


 そもそも霊力によって霊魂を縛ると一口に言うが、実は緻密な霊力コントロールを要する。縛り足りなければ術式は発動しないし、きつく縛り上げれば最悪霊魂が潰れて消滅してしまう。霊魂が粉砕されてしまえば人間や妖怪はその形を保てなくなる。死んでしまうのだ。


 つまり己の核である霊魂を触らせるということはその相手に生殺与奪の権利を与えると言うことである。


 霊魂もそうヤワなものではないので、呆気なく潰れるということはないが、危険をはらんだ術式であるということに変わりはない。

 そのため他者の霊魂に触る活力術式や医療術式などの支援術式と呼ばれるものは全て資格が必要である。猟銃免許よろしく術式の扱い方や精神鑑定など高度な試験に合格した者のみがこれらの術式を使用することができるのだ。


 綾女はこの資格を有している数少ない支援術式に特化した支援術者の1人である。


「ほら、救護者連れてきたからさっさと治すにゃ!」


 人に化けているシロが体育館に駆け込んできた。ガタガタ震えているお婆さんを負ぶっている。バス停の小屋で遭難していたらしい。


「もう大丈夫ですよ、毛布ありますから温まりましょうね」


 綾女はお婆さんの背に毛布を被せる仕草をしながらこっそり活力術式もとい医療術式を付与した。


「白湯もありますからこれ飲んだら元気になりますよ」


 暗い体育館の中で唯一の光源であるランタン近くに誘導して温かいカップを渡す。

 支援術者としての側面を持つ綾女は救急リュックサックに色んなものを詰め込んでいた。


「わ、妾にもみ、水を」


 シロがゼェハァと肩で息をしていた。少女にしか化けられないシロはその体躯から人一人背負うのでもかなり大変そうだった。


「お疲れ様」


 綾女は労うようにシロにペットボトルのお水を渡した。シロは美味しそうにごくごく飲んでいた。





「まさに八面六臂の活躍というやつだな」


 ミツはリンの働きをこのように称した。


「人命救助は時間が命だからな。さっさと終わらせるぞ」


 リンはその言葉通り早急に任務を遂行すべく分身の術で本体含めて5体に分かれ、近場から手当たり次第に救助と捕縛を繰り返していた。


「……」


 ミツが何か言いたそうにしているがリンは気付かないふりをした。


「ボケっとすんな!鬼火が赤く光ってるぞ!」


 リンはそう言って現場近くに急行する。地面についてミツを降ろすと自分も人に化けた。どうやら遭難者は車中に取り残されているらしい。ハザードランプが点滅していた。ミツが窓を叩いて中の様子を確認しているが平気そうだ。


「今開けるからしばし待て」


 ミツは人に化けていてもボディビルダーよろしく鍛え上げられた筋肉は健在で、その筋肉を惜しみなく使って氷で固くなっていたドアを破壊したのでは?とリンが心配になるほどバキメキと力任せに開けて救助していた。車中の男性の顔も軽く引きつっていた。


「我はこの人を避難所へ連れていく」

「あんたアシがないだろう?」


 リンとは違いミツは飛行できない。


「避難所に行ったら他のお前がいるだろう」


 確かに今のリンの遭遇率は通常の5倍だ。


「他の班も応援に来ているからな、早く終わったら我らもあちらの応援に回れるだろう」


 ミツは駐車場の方角に目くばせした。


「別に俺は…」


 リンは反射的にミツの話を否定しようとした。


「我は龍が心配だ」


 こともなげにミツは言う。


「あいつは強いけどな、それでも心配なのだ」


 バディだからなとという呟きがリンにはやけにはっきり聞こえた。


「リン、お前はきっと本来なら我々の班に入るようなやつではないのだろう。底知れない強さを感じる時がある。だが成宮実務部隊長が自分の息子のお守りだけにお前を起用したとも思っておらぬ」


 もう行くと言って、ミツは救護者をお姫様抱っこしてさっさと歩いて行ってしまった。


 唐突に始まり唐突に終わった会話の内容にリンは困惑を隠せない。


(一体何を言って…)



 しかしリンの思考は3週間前の朝のことを思い出していた。



「バディを解消したい?まだ初日未満ですが」


 あの最悪な出会いを果たした翌朝、始業前のことだ。リンは冬真にバディ解消希望を願い出ていた。


「昨日、酷いことを言ったので」

「はい、それで?」

「だから、多分俺には向いていないかと」


 リンにしては珍しく語気が弱かったし、冬真は電話越しでも分かるほど意地が悪かった。


「リン、僕は確かに自分の息子のために良きバディを組ませようと思いました。あなたは優秀だ。実力は他の妖怪より抜きん出ているでしょう。しかし、暁を守って欲しいためだけに組ませたわけではありません」


 冬真はここで言葉を切った。何か逡巡しているようだったが、リンが無言でいるとそのまま続けて話し始めた。


「…とある方からあなたの身を案じていると相談を受けたのです。だから組ませました」


 親父だろうかとリンは思った。


「でも」

「あの子は心の痛みが分かる子です」


 電話越しでふっと微笑した声が聞こえた。


「バディとは共に成長していくものですよ」



 ここで一方的に切電されたリンはなす術なくそのまま3週間を過ごしていた。


 そしてこの3週間、暁と共にバディを組んで分かったことは、彼が良くも悪くも色んな意味でとにかく真っ直ぐで、何事にも全力で、そして見ているこっちがハラハラするほど彼が何をしでかすか分からないということだった。


(いや、もう本当に目が離せないんだよ…)


 リンはこの数週間を振り返り溜息を零した。


 感覚で行動する暁は戦闘訓練でもいつの間にかリンから離れて突っ込んでいったりして肝が冷える瞬間が何度もあったのだ。しかもその野生の勘は的外れでもないのがまた困る。判断は誤っていなかったとなれば怒りにくい。とはいえちゃんと連携しろと怒るのだが。


 小さい子供についていく母親の気分のようで、ばっちりお守りをしている自分の胃に遠からず穴が空きそうだった。


(経験に裏打ちされた勘というわけではないよな)


 あれが長年の経験によるものならそんな経験値の高い新人なぞいてたまるかと思う。となればやはり戦闘センスが良いのだろう。確かに暁は戦場の何かを嗅ぎ分け瞬時に判断を下して行動するのに長けている。


 とはいえここは訓練でも試験でもなく実戦である。龍が隣にいるので万が一はないだろうが、自分に対する殺意を向けられて恐怖で足が竦んではいないだろうかとか、龍の足を引っ張っていないだろうかなどあれこれ考えてしまう。いつの間にか気が付いたらそんなふうに心配しているのだ。


 リンはハッとした。


(俺が?あいつの心配?なんで?)


 必要以上にバディと関わらないと決めた。心配なんてその最たるもので、任務遂行において足を引っ張られたくないと思うことはあっても身を案ずることは不要だろう。


(いや、しかし戦闘不能になると任務遂行できなくなるわけだし。それならやはり心配は正当なのか?)


 リンは悶々としていた。やはり気になるものは気になるのだ。


 最終的に別に心配はしていないが龍に迷惑をかけているなら大変だし、戦闘が気がかりならさっさとこっちの仕事を片付けて応援に回ろうと思うことで自分の気持ちを宥めることに成功していた。


 つまりミツに見透かされている通りだったのだ。


 リンは段々と無関心ではいられなくなってきていることをまだ自覚してはいない。

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