第19話 誤解

「なぁおい。俺の見間違いでなけりゃあ、あいつら俺たちの方に向かってきてないか?」


 妖狐の姿のリンは首を少し横に振って後方を確認していた。


「俺の見間違いでもなければそうだと思う」


 暁は後方を確認するために後ろ向きに跨ぎ直していた。


「なぁおい、俺の勘違いでなけりゃあ、あいつら俺たちに攻撃してきてないか?」

「うん、俺の勘違いでなければ攻撃してきていると思う」


 暁はそう言いながら大きな氷柱の攻撃を同じく大きな氷柱をぶつけて相殺していた。


「いや、律儀に返事してんじゃねぇ!そういうことじゃねぇんだよ。なんで龍たちじゃなくてこっち来てんのかって話」

「うーん、なんでだろうな」

「100%昼間のお前だろ」

「俺?俺のせいなのか?」

「他に何があるんだよ?言っとくが昼の俺は空気だったからな。こんな悪趣味なストーカーされる覚えはないの」

「俺だってこんなことされる覚えはない」

「いやいや、昼に忠告したよな?雪女は愛情深いが故に嫉妬深く執着心が強いって。やらかしているとしたら無駄にマダムキラーっぷりを発揮したお前しかこの場にいねぇんだよ」


 珍しくリンと会話が続いているなと思っていたところに異変を察知した龍から無線が入った。


『暁、リン、度々すまないが一旦こっちに戻ってきてくれないか?』

「戻るのは構いませんが、俺たちがここで交戦した方が早くないですか?」


 暁が提案してみる。


『いや、万が一下に攻撃が当たったら一大事だ。戦闘は被害の少ないところで行いたい』


 下には住宅がある。ごもっともだと暁は思った。


「了解」


 龍との無線が終わると暁はリンに念のため問うてみる。


「リン聞こえてた?」

「当たり前だ。俺にも無線入っていたからな」


 言うや否やリンは踵を返して元来た方向へ駆け出していた。


 リンはそういうが、暁には妖狐の姿になったリンの耳に無線機があるとは思えないのだ。当然先程まで来ていた服も着ていない。だが駐車場に抜け殻が残っているわけでもない。


 妖怪が使う霊力を特に妖力という。


 妖怪は人間では利用できない形で霊力を操っており、そのやり方は人間には不明。妖怪に聞いても何となく出来ると一蹴されてしまうのだ。

 例えば化けるや目くらましと言った場合、人間がする場合は、あくまでも空気や霧の霊魂を霊力で縛って視覚的にそう見せると言うだけなので実体はそこにそのままで存在し続けてしまう。よって触れられればたちまち術は解ける。


 一方、狐や狸などの化けるという行為はまやかしではなく、実際に己の実体をそれに変形することができる。質量保存などの自然法則は丸無視である。変化したときの衣類や物もどうなっているのか分からない。

 ただ妖狐の姿から人間に近い姿に戻ったリンはきちんと前と同じく服を着ているし、耳にも無線機がついているのだ。

 

 どうしてそうなるのか、正直妖怪たちは良く分かっていないし、深く考えるつもりもないらしい。何故ならそんなことを考えなくても術は発動するからである。


 化けるなどの人間が真似できない、妖怪だけが使える術のことを特に妖術と呼ぶ。


 妖術は全ての妖怪が扱えるわけではなく、妖力の多少によって使える妖術の幅や戦闘能力も変わってくる。当然妖力の多い上級の妖怪であれば使える妖術の幅は広く戦闘も有利で、力のない下級の妖怪であれば乏しくなる。


 これは人間にも同じことが言える。まず霊力があれば妖怪が見えるし、霊力が多ければ使える術式の幅もある上に戦闘中も霊力切れを起こすことがない。反対に霊力が少なければ人妖警察官の実務部隊は務まらないだろう。


 余談だが人妖警察官の妖怪の採用規定には「人に化けられること」と「人に化けた状態で通常妖が見えない人間に姿を見せられること」が必須となっている。例えば今回のような救助活動の場合、人に化けて一般人に姿を見せながら活動する必要があるからだ。



 閑話休題。



 暁とリンが駐車場へ戻るのとアキたち3名が到着するのはほぼ同時だった。


「龍さん、俺何かやらかしたんですかね?」

「さぁな」

「待っていたぞ、暁と言ったか」


 アキだ。昼と打って変わってその目は血走っているかのようにギラギラと赤く光り、髪の毛は怒髪天を衝くかのように逆立ち、声は低く重くドスが聞いていた。


「待っていた?」

「お前が、お前のせいで…」

「お、俺のせい?」

「ご託はいい。殺すぞ」


 自分に対する明確な殺意は初めてかもしれない。暁は身体の奥底からゾワリと粟立った。


「暁!」


 アキは氷の弓矢を番え、暁に向かって放っていた。


 本能が危険を察知する。それと同時にカチリと自分の中でスイッチが入ったのを感じた。感覚が研ぎ澄まされてくる。


 新人といえど冬真との修業の成果は確実に暁の身体に叩きこまれていた。


「氷の壁よ、我を守護せよ」


 暁はとっさに自分の前に氷壁を作って氷の矢を防いだ。


「待て、何故暁を狙う?こいつがお前たちに何をしたって言うんだ?」


 龍が問いかけるものの答えは帰ってこない。そればかりかアキたちの攻撃は止まず、今度は氷の玉のようなものをいくつか作り、暁たちの頭上に投げ放った。それは放物線の頂点に達した瞬間に爆弾のように爆発して広範囲に硬い氷の破片を飛び散らせた。


 少し反応が遅れた龍とミツ、暁だったが、リンは攻撃を予見していたのか、全員分の氷の盾を出現させ攻撃を防いでいた。ちなみに妖はこの詠唱が適当だったり言わなくても術を発動させることができる。言霊を必要としないのか、人間よりも自然的な存在である自分たちに霊魂が呼応しやすいのか、実はそれも判然としていない。


「すまん、助かった」

「ああなった妖怪はこっちの話をまともに聞かない。捕縛して落ち着かせた方が早い」


 リンはアキたちの様子を伺いながら龍に進言した。


「そうだな」

「して龍、誰が残る?この様子だと暁は戦闘に残るしか無さそうだが」

「そうだなミツ」


 龍は少し考えてから、人員配置を伝えた。


「まず今回一番優先すべきは人命救助だ。迅速に行なうために飛行ができるリンは戦闘ではなく救助活動にあたって欲しい」

「了解」

「そこにミツも同行してくれ。俺は暁と戦闘し、捕縛後にいち早く情報を入手したい」


 ここで言う情報とはアキの犯行動機や手下の人数や配置などである。


「分かった、健闘を祈る」


 リンとミツは素早く戦線を離脱した。リンの妖力供給がなくなった氷の壁はまもなく崩れようとしている。


「俺、領域無効化結界張ります!」


 新人の暁よりも先輩である龍の方が使える術の幅や戦闘スキルがあることはこの3週間のうちに分かっていた。ならここで霊力を消費するのは自分だと暁は判断した。


「待て、この状況ではきっとまたすぐ領域を戻されるから霊力の無駄だ。それよりも2人でさっさと攻め上げよう」


 龍がこっちに来いと手招きする。


「いいか?」


 暁が近づくと龍から端的に作戦を伝えられる。


「分かったか?」

「はい、分かりました」


 人妖警察官として初めての戦闘任務に暁は高揚していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る