第18話 緊急任務

 緊急招集がかかったのは初任務を終えた日の夜10時だった。


「暁!緊急任務だ。状況は後で話すから制服とスキーウェアを着込んで急いで正門に集合してくれ!」


 龍に叩き起こされた暁は、眠気を振り払い急いで支度をして正門に向かった。


 皆ほぼ同時に集合していた。


「何があった?」


 リンがいの一番に訊ねた。


「サトリ山の雪女たちが暴れて、現在山とその周辺地域が猛吹雪に見舞われている」

「え?何でそんなことに」

「原因や理由は分からん。今日接触した俺たちの班の他にも何班か出動する予定だ。任務は住民の避難や安全確保、それと雪女たちを捕縛し原因を調査すること」

「捕縛ってアキさんたち逮捕されるんですか?」

「まずは暴れている妖怪を落ち着かせる必要がある。そのための捕縛だ。原因と被害状況を確認した上で雪女たちの処遇は決まる。要するに俺たちがいち早く捕縛することで彼女らの罪状が軽くなるということだ」


 罪状。その言葉の響きの重さが暁の心にズシリとのしかかる。


「お前、待機していた方が良いんじゃないか?」


 リンはまるで暁の心を見透かすように言った。


「見知った妖怪だからって気が引けてちゃ使いもんにならねぇからな」

「今はいち早く捕縛する。それが彼女たちのためなら」

「その台詞、心に落とし込んでおけよ」


 頭では分かっていても心が分かっていないということがどうして分かるのだろう。


「成宮君」


 綾女が優しく諭すように暁に言った。


「あのね、優しさと甘えは違うんだよ」

「え?」

「友達が万引きしようとしている時に見て見ぬふりをするのが甘え、諫めるのが優しさ。成宮君はどっちになりたいの?」


 綾女のその一言は頬を張られたような衝撃だった。


「止めたいです」

「うん」


 綾女が満足したように微笑んだ。


「では今から『隠の道』を使い目的地に急行する」


 そう言ったのは龍だった。


 『隠の道』。流石の暁も知っている。それは元々は現世と幽世を結ぶ道だが、そこを通って現世のある地点からある地点に向かうとあっという間に着くことができるという副次的効果を持つ。簡単に言えば某長寿ネコ型ロボット作品に登場する近未来型ドアのような効果がある。

 ただしあれほど便利なものではない。もともとこの道は迷い道なのだ。目的地がない者は『隠の道』から出ることができない。次第に元来た道さえ忘れて行き倒れることになってしまうという非常に危険な道なのである。

 それ故にこの道を使用する際は緊急時であること、決して独りでは入らないことが義務付けられている。


 「汝は陰の道。妖し道にて我ら惑い、かの雪深き山の麓まで歩き着かん」


 龍は呪文を唱えながら警察署正門を出て脇の林に分け入る。他の皆も龍の後に一列になって続く。


 『隠の道』はどこにでも存在する。ちょっとした小道、山道、ビルの間。薄暗い道であればどこにでも存在するのでどこからでも入ることができ、出ることができる。


 分け入った林を進むと霧がかかり始めた。『隠の道』へ入った証だ。一列になったのもこの道に入るときのセオリーで、常に前の人の服を掴んでついていくようにする。今は龍を先頭にミツ、綾女、綾女の上着の中にシロ、暁、リンの順で迷子にならないよう服の裾を掴み掴まれ移動していた。5分程歩いたところで霧が晴れ、代わりに辺り一面が雪景色になった。


 現地に到着した暁たちは、昼とは比べものにならないほどの積雪の光景に絶句した。周囲一帯が異様な雰囲気に包まれている。


「住民の非難はどうなっている?」


 リンの声ががいつになく険しかった。


「気象庁が既に特別警報を出している。猛吹雪に外に出て避難所へ行くのも危険だから、できる限り頑丈な建物に入って不要不急の外出は避けるような指示が出ているはずだ。防災無線も流れているだろう。しかし車で立ち往生していたり、遭難者がいたら大変だし、雪女たちが住民を襲っている可能性もある。他の班もじきに到着予定だが、まずはこの地域の住民の安全確保と被害状況の確認が先だ」


 車が立往生するとマフラーに雪が溜まり排気できなくなる。そしてそのまま排気ガスが車内へ流入して一酸化炭素中毒を引き起こしてしまうのだ。


「現状俺たちは山の麓、昼に来た駐車場にいる」


 基本的に『隠の道』は誰かが一度来た場所にたどり着く。反対に誰も行ったこのない場所へはたどり着けない。


「ここから歩いて5分くらいのところに廃校舎があるから、そこの体育館を避難場所とし救助活動を行う。取り急ぎ、藤沢は皆に活力術式を付与してくれ」

「分かった」


 綾女は各班員にそれぞれ呪を唱え、背中を優しくさすっていく。


「汝らの魂の輪郭よ形付け。汝らが汝らとして在るために。形がより際立つ時、魂もまた己が何者であるかを知る」


 綾女の霊力が僅かに入り込んでくる感覚がある。染み入るように前身に行き渡ると一瞬だけ身体がぽわっと光った。その後は身体がポカポカしているような感じがして、力が漲ってきた。綾女は皆に身体能力を向上する術式を付与したのだ。


「よし。藤沢とシロは体育館へ行き、シロは大規模な縄張り結界を張ってくれ。藤沢は体育館で支援術者として救護に当たってもらう。各自、要救護者を発見次第そこに連れて行くこと」

「了解」

「探索はミツ、リン、暁の3名と、俺とシロの2名に分かれて行う。シロとリンは本来の姿になってもらい、他の班員を背に乗せて時計回りと反時計回りでそれぞれ上空を走ってもらう。他の班員は背に乗った状態で式神・鬼火をバラまけるだけバラまいて要救護者と雪女たちを捜索してくれ。交戦よりも要救護者の救護が優先だ」

「OK」

「式神・鬼火は要救護者を赤、雪女を青で合図を出すようにしておいてくれ。他の班にもそれが目印だと伝えるからな」


 式神・鬼火は探索兼ベンチマークによく使われる術だ。鬼火の色展開ができ、予め色で合図を決めておくと便利である。


「あの一際禍々しいオーラを放っている個体はどうしますか?」


 暁が山の中腹を指さして言う。先程から皮膚がピリピリするような鋭い殺気が放たれているのだ。


「アキさんと考えるのが順当だろうな。ラスボスは後に回す。第一に人命救助、第二に一般兵の捕縛だ。何故先に一般兵から狩るか分かるか暁」

「彼女らの領域を弱めるため?」

「そうだ」

「捕縛者はどこに集める?」

「捕縛所は体育館から反対側の辺りに作るつもりだ。後で俺とシロで適当な場所に結界を貼って作っておく。目印の式神・鬼火は黄色にでもしておこう。皆無線はつけたな?」


 龍が皆の顔を見回す。全員が頷いた。


 「では、健闘を祈る」


 こうして暁たちの初任務の延長戦が始まったのである。



 ところで術式とは何か?


 この世の全てのものには霊魂が宿っている。 霊魂とはそれを存在せしめるための核のことで、木や花や石や水、陰陽、ありとあらゆる万物全てに宿る。大気中にも霊魂が漂っている。そもそもはじめは無垢な霊魂として浮遊し空を存在させている。


 やがてものに宿るとそのものの形に霊魂が縛られる。例えば石に宿るなら石としての霊魂になる。無垢な霊魂は石の霊魂として定着し、それを存在させることで石の形を縛る。


 また、呪とはそれをそれたらしめようとする力のことである。生まれて初めてかかる呪は名前だといわれている。名は体を表すという言葉があるように、名という呪によって名付けられたものはその通りに縛られるのだ。


 呪という言葉を借りるならば、無垢な霊魂はものに宿った瞬間に形という呪を受けるが、それと同時に霊魂は形に対して存在という呪を施すという相互作用が生じるのだ。


 術者は霊力を言葉に乗せ、言霊として呪を唱えることで対象の霊魂を縛り、一時的に形を変えたり操作したり使役したりと、その在り様を変質させる。それが術式である。


 術式を発動させるのに一番重要なことは想像力を豊かにすることと、イメージしたことを霊力と引き換えに霊魂に強く言霊で要求することだ。想像力と呪と霊力があれば理論上は多種多様な術式を発動させることができる。


 例えば石に対して「お前は蛙だ」と呪をかけるとその通りになる。対象の霊魂をどれだけ縛るか、つまり現在の霊魂の姿とかけ離れていればいるほど術の難易度は上がり、霊力も多く消費する。水から火を生ずるより空から火を生ずる方が霊力が少なく簡単である。


 大体は先人たちが術式を体系化し後世に伝えているため、それを習得することで様々な術式を使いこなすことができるようになる。


 結界や式神などは術式の基本形だ。

 結界は辺りの霊魂を縛り上げ己の領域を形成する。

 式神は紙などの触媒を元に自分が自由に操れる駒を生み出す。


 なおこの地域は今、結界というほどでもないが雪女たちの吹雪の術により彼女らの領域と化している。人数の多い彼女らに従属する霊魂が多く、その分領域もより強固なものになっているのである。


 それはすなわち、この領域内で戦うことは彼女らの土俵で戦うことを意味し、こちら側が術式を使用する際にかなりの霊力を使用して、雪女たちに隷属している霊魂をまるでオセロのように己に従属する霊魂に縛り直さなければ術式が発動しないということだ。


 故に龍は先に手下を捕縛することでこの領域の力を弱め、戦いやすい土壌を作るように言ったのだ。




 しかし龍の作戦はすぐに変更せざるを得なくなった。


 各自龍の指示に従って、リンは本来の妖狐の姿になり、暁とミツが乗ろうとした瞬間だった。


 アキが暁らめがけて殺傷能力のある大きな氷柱を放ってきたのだ。


 ひらりと躱した3名だったが、攻撃の手は止みそうにない。そればかりかアキはその殺気を抱えたまま、山の中腹から飛行してこちらに向かってきた。よく見るとアキだけなく昼間に会ったナツとハルも一緒のようだ。


「若干作戦を変更する。あれらは…」


 龍が近づいてくるアキたちを指さしながらこう言った。


「俺とミツが交戦して先に捕縛する。悪いがシロは体育館に結界を張った後、体育館とは反対側の適当な場所に結界で捕縛所も作成してくれ。先ほど言った通り式神・鬼火の色は黄色だ。その後は独りで式神をバラまきながら救助活動。英二とリンは二人一組で救助活動を頼む」

「そんにゃ!このクソ寒い中、猫使いが荒くにゃいか!?」


 シロは絶望に打ちひしがれた顔で龍に抗議する。


「もう、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。とりあえず私たち先行くから、龍もミツも頑張って」


 綾女は駄々をこねるシロを連れて先に廃校舎の体育館へ向かった。


「俺たちも行きます。龍さんミツさん、健闘を祈ります」


 暁も手短に挨拶を済ませるとリンの背に乗って駐車場を後にした。

 龍とミツは勿論、アキたちとの戦闘に向けて覚悟を決めていた。


 しかし。


「なぁ、龍よ」

「皆まで言うな、ミツよ」


 龍はアキたちが駐車場に向かって飛行してくるのを見て、てっきり駐車場に残った自分たちの方にそのまま向かってくると思い込んでいた。だが、暁とリンが飛び去ったのを見るや否や、駐車場には目もくれずそちらに向かって進路を変更したのだ。


「随分な肩透かしを食らったものだな」


 これにはミツも苦笑いである。


「俺たちはお呼びじゃないってか」


(だとしたら目的は暁だろうか?しかし一体何のために?)


 とりあえず龍は三度の作戦変更のために暁たちに無線を飛ばすのだった。

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