第17話 決行の日
充は朝からずっと浮足立っていた。これほどの高揚は今までの人生で感じたことがない。
いよいよ今日が長年計画していたことの決行日だった。
「準備が整いました」
茨木童子が声を掛けに来た。この鬼もまた充と同じように朝からソワソワしていた。
(待ち望んだ歳月で言えば、こいつの方が俺よりもずっと長い)
妖怪は長命だ。茨木童子は平安の頃には既に存在しており、その頃からずっとこの日を待ち望んでいたと考えると、ゆうに1000年は越えているだろう。
1000年以上もの間ずっと同じ思いを抱き続けるなど、人間である充には想像することさえできなかった。平易な言葉を並べるなら辛く苦しい地獄のような日々だったに違いない。
「長かったな」
充にしては珍しく畏敬の念を持って茨木童子を労った。
「はい」
茨木童子も否定はしない。今までの日々を思い出したのかその瞳は虚空を見つめ、顔は能面のように何の感情もなかった。やはりその歳月はこの鬼の感情を欠落させるほど長かったのだろう。
「でも、仮に充さんが長命だったなら、きっと同じように悲願の日を夢見て待ったと思いますよ」
そんな途方のない話をされても充には分からなかった。もし仮に自分がそういう状況に陥ったとしたらどうするだろう。それほどの年月を辛酸を舐めながら待ち望み続けることなどできるだろうか。
「きっとできます。充さんはそういう人だ。だから僕は力の無くなったあなたに話しかけ、そうして今ここにこうして一緒にこの日を迎えている。僕の執念とあなたの執念が合わさらなければ今日というこの日は迎えられなかったでしょう」
茨木童子のその言葉には説得力があった。
確かに幾度となく絶望した日はあった。全てを投げ出して楽になりたいと望んだこともあった。諦めることは簡単だ。自分の思いに蓋をして見向きもせず、それについて何も考えず何も感じず、また一切の行動をしない。そういうするとやがて自分の思いは風化し朽ちていく。そんなこともあったねと達成できずに終わったものとして、ほろ苦い思い出の一部になるのかもしれない。
けれどもそれはできなかった。理由は明快で、充にとっては諦めることよりも放棄することの方がずっと難しかったからだ。すっぱり諦めがついたならどれほど楽だったろう。
しかし充がいくら諦めようとしてもそれはいつも頭の片隅にちらついて離れなかった。見て見ぬふりはできなかった。自分の気持ちに嘘は吐けなかったのである。
後ろ髪を引かれるこの思いは目的を達成できなかった未練であり、執着だった。
「そうかもな」
茨木童子も自分と同じような気持ちだったのかもしれないと充は思った。
ちなみに充と茨木童子は仲間というわけではなく、共同戦線を張っているにすぎない。お互いの目的のために一緒に事を成した方がメリットが大きかっただけだ。
今日のこの計画が上手くいけば茨木童子の目的は達成されるが、充の目的は達成されない。ただし大きなアドバンテージが生まれるはずだ。それだけでも重畳であり、今日この日を待望するものであることに変わりはない。
「行きましょうか」
今は夕暮れ、アジトには西日が射していた。
真っ赤な血の色だった。
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