第22話 戦闘2


 アキたち雪女は本能的に火を嫌う。中距離からとは言え、これだけの大火球をこのタイミングで放たれたら吃驚するだろう。案の定、過剰防衛により先ほどよりも一層大きな氷の壁で攻撃を防いでいた。


 その壁によってアキたちの視界が完全に遮られた。


 しかも火と氷がぶつかったことにより辺り一面に水蒸気が立ち込めていた。当然氷の壁の上にももうもうと水蒸気が発生していた。


 暁は躊躇うことなく、4メートルはあろうかという氷の壁を一歩で駆け上がり、壁の頂点に手をかけて登りきる。そしてそのままの勢いで大きく跳躍した。


 水蒸気から抜け出ると3名の雪女たちが驚きの表情で真上にいる暁を仰視していた。


 暁には何故かその光景がスローモーションで見えていた。


 そのまま暁は空中で身体を反転させてアキたちの方向に向き直る。


「我乞うたるは陰の化身。我に仇なす者を捉えよ!」


 地面に着地した瞬間に唱え終わると、雪女たちの足元の影が一層濃くなり、しゅるしゅると蛇のような影が立ち現れた。


(これで捕縛できる。あとは妖力封じの札を貼れば任務完了だ)


 暁はほっと胸を撫で下ろした。

 しかしその瞬間だった。



「駄目ぇえええええええええ!!!!!!」

 


 それまでただ見ているだけだったハルが大声を出した。途端、ハルの足元から信じられないほどの妖力が放出され、暁の術式は解かれてしまった。それどころか、暁は身の危険を感じて後ずさる。


 ハルを中心に地面が同心円状にメキメキと地割れし始めた。足元にも地割れが伸びてきたので、暁は追われるように後退しつつ、反対側にいる龍と合流できるように迂回しながら遁走した。


「龍さん、すみません!」

「いや、仕方ない。むしろ惜しかった。あれはハルの仕業か?」

「はい」


 龍と合流した暁は、龍の視線の先にあるあれを今まじまじと見た。


 それは歪な氷の巨像だった。地面から上半身だけを覗かせているが、10メートルくらいはありそうだ。両手が左右非対称で、長さと太さが合っていない。首と呼べるものはほとんどなく、両肩の間から頭が出ているように見える。

 あえて例えるなら土偶のような姿だった。


「随分とデカいものを出したな」

「捕縛されたくなくて、自分のほとんどの妖力を使ったんだと思います」


 雪女たちは頭の上にいて、見下ろすようにこちらを見ていた。形勢が逆転したと言わんばかりだ。


 氷の巨像はそのまま暁に狙いを定め、腕を降り下ろしてきた。暁と龍は横に飛んで回避する。今度は逆の腕が横薙ぎで襲い掛かってきたので、2人して地面に這いつくばる態勢になった。


「あのデカブツを処理しないことには捕縛は難しいですね」

「ああ、ただ仮にあれを沈めたところで、そのまま飛行して逃げられる可能性もある」


 一度暁に捕まりかけたのだ。先ほどまでの攻撃一辺倒ではなく、逃走という選択肢も視野に入ったに違いない。


「応援を待ちますか?」

「そしたら本当に逃げるだろうな」


 龍は何としてもここで捉えたいようだった。


 この作戦会議の間中も巨像からの腕の攻撃に加え、雪女たちの氷の攻撃が再開されていたが、暁も龍も小器用に回避する。


「暁、もう1回行けるか?」


 龍がこちらを見てくる。暁はニヤリと返した。


「師匠の修業はもっと過酷でしたよ」


 暁としてはまだまだ動き足りないくらいだ。


「龍さんは大丈夫ですか?ここ一応雪女の領域内ですけど」


 術式を発動するのにいつもより多く霊力を消費しているはずである。


「まぁな。俺は木刀であのデカブツを処理する」

「じゃあ俺は少し膨らんで攻撃を引き付けてから、良い感じのタイミングで良い感じに捕縛に入ります」

「分かった。良い感じにやってくれ」


 龍はその説明に苦笑していた。


 暁は直感で次の動きを決めることが多い。だから作戦というよりも方針を話すことが多い。リンはその適当な説明に眉尻を上げるが、龍は大らかで寛容だ。暁に作戦を説明するときも龍はむしろ暁に合わせてざっくりと話してくれるから動きやすかったりする。


 龍がここではじめて木刀に手を当て、活力術式を付与した。準備は整ったようだ。


 暁は自分が囮となるため龍から離れるように向かって左側に逃げた。案の定全ての攻撃が暁を狙ってきた。


 雪で足が取られる中、懸命に走る。氷の腕を搔い潜り、氷の遠距離攻撃はその腕を逆に利用して凌いだ。


 ある程度距離が離れたところで、龍の気息が整ったのか抜刀の構えに入った。


 今頃はこのように呪を唱えているに違いない。


「我が一刀は、鋼も断ち切る風となる」


 次の瞬間、龍は目にもとまらぬ速さで横一閃に抜刀、そこから流れるように右上段からの袈裟切り、脇下から真上に逆風、左上段から逆袈裟切りをした。


 相手は何が起こったのか分からず、ほんの一瞬だけ静寂が訪れた。


 その後、氷の巨像は崩壊し始めた。雪女たちは足場が急に瓦解していく様に動揺を隠せていなかった。 


 龍の木刀は巨像に全く届いていないが、木刀から放たれた風の刃は狙い過たず届いていたのだ。最初の左薙ぎは頭と胴体を離れさせ、その後の袈裟切り2回は胴体をバツ印のように切り刻み、途中の下から上への一閃は両腕を肩から切り離していた。


 氷の巨像は頭から胴体が離れた時点で動かなくなったため、急に指示通り動かなくなったと雪女たちが訝しみ、変な間が生じていたらしい。


 暁は龍の攻撃が終わったと同時に巨像に向かって駆け出していた。腕や胴体が重力に逆らえず崩壊していくと、それを上手く足場として利用してタンタンとリズムよく上に登っていく。


 アキたちは不意の出来事に面食らっていたものの、再び暁が接近してきたのを見るや否や、足場にしていた頭を離れて上空に避難した。そのまま飛行して逃げるつもりのようだ。


「逃がすかよ」


 先ほどまで雪女たちが乗っていた頭を最後の足場として暁は力の限り跳躍した。飛行しているアキたちの足元に急接近する。アキたちは目を見張ったが少し届かないのを見て安堵の表情を浮かべていた。


 暁はここで懐からロープを取り出した。


「汝は蛇。獲物を捕縛せよ」


 途端アキたちの顔が恐怖に歪むのを暁は見逃さなかった。


 投げ放たれたロープの端は意志を持ったかのようにしゅるしゅると雪女たちの胴体を縛り上げた。もう一方の端は暁が自分の右手にしっかりと括りつけている。


 そのまま重力に従い暁が落下する。雪女たちの飛行も人間男性の重みには耐えられず、ロープに引っ張られるがまま落下していた。


(後は受け身を取って札を貼る)


 本来捕縛後すぐに妖力封じの札を貼る必要があるが、流石に空中で縄と札の両方は扱えなかったため、暁としては落下後に札を貼る算段だった。


 といってもほんの数秒の出来事であり、その判断は決して間違いではなかった。


 アキの執念を念頭に入れていなかっただけの話である。


「気を抜くな暁!」


 龍の𠮟咤が聞こえてきた。暁は嫌な気がしてアキの方を見た。アキはニヤリとこちらを見て笑っていた。すぐ隣には特大の氷柱がこちらを向いていた。


(あ、間に合わない。)


 この至近距離で氷柱が射出された。

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