第13話 鬱憤2

 第三のストレスはバディのリンとの関係である。


「昨日は疲れているのに色々話してごめん」

「あ、ああ…俺も悪かった」


 最悪の対面を果たした翌日の朝に暁が先に謝り、つられるようにしてリンも謝ったことで一応の終着はした。しかしいまだにお互いが変に意識し合ってぎこちない感じだ。

 勤務時間中は徐々に最低限の会話ができるようになっていったものの、勤務時間以外は一切会話らしい会話が成立していない。食事も風呂も基本的には別行動で、たまに偶然時間帯が合って一緒になることがあっても、挨拶は交わしてもそれ以外は相手が話しかけるなオーラを全力で放ってくるため、暁も空気を読んで無言になってしまう。


 それだけならまだしもである。暁はつい先日目撃してしまったのだ。


 食堂で仲睦まじげに食事をしている龍とミツとリンの姿を。


(ダメだ、俺には入っていく勇気がない)


 戦闘訓練も終わり、重めの筋トレで己の筋肉を苛め抜いた後に暁は独りで食堂に入っていき、そしてその光景を目の当たりにしたのだった。


 仲睦まじげという表現は少し誇張だったかもしれないが、明らかに自分が話しかける時よりも空気は穏やかでつっけんどんな感じではなかった。


(ジェラる!!これはジェラる!!!!)


 何故自分には話してくれないのに龍やミツは良いのかと。

 そんなふうに思ってしまう自分の器の小ささにも嫌気がさす。


 暁は回れ右をして食堂を後にした。先に汗を流すべく風呂に入り、十分な時間が経ったところで再度食堂へ赴いた。流石にその頃には3名の姿は無くなっていた。


(あー、ダメだ。今更ミツさんにも何の話をしていたのかとか聞けないし)


 何で自分はこうも意気地なしなのだろうとここ最近うじうじしっぱなしの自分を叱咤してみるものの、まるで効果なし。


 暁は話題を変えるべく、とっておきの物を出すことにした。


「あ、ミツさんこれ食べませんか?美味しいんですよ~」

「待て暁、なんだその棚は」

「何ってお菓子棚ですけど…」


 ミツがぎょっとして驚いたのも無理はない。カラーボックスの一角は女子顔負けの甘ーいお菓子がぎっしりと詰まれていたのである。いや、カロリーを気にしない分、暁のストックの方が数倍破壊的であり悪魔的かもしれなかった。


「龍はこれを見て何も言わないのか…?」

「龍さんは甘い物苦手らしいですね。なんでしょっぱいお菓子を別に買ってきてます。あ、ミツさんもしょっぱい方が好きですか?」


 暁は別のところから煎餅を取り出してミツに渡した。


「いや、そうではなく。暁、こんなに甘い物ばかり食べては身体を壊さないか?」

「そりゃ一度に食べたらそうでしょうけど、毎日ちょっとずつですよちょーっとずつ。昼も動いて自主トレもしてるんでこんなお菓子のカロリーなんてあってなきようなもんですよ。いっそゼロキロカロリーです」


 昼はいつ終わるとも知れない戦闘訓練、夜は勉強、そして四六時中バディのことで悶々とし続け、行き場のないストレスは今のところ勤務終わりの自主トレという名の肉体改造と甘い物の暴食により昇華されていた。


「そ、そうか」


 ミツがドン引きしていることにも気づかず、暁はお目当てのものをミツに差し出した。


「これ、お口に合うといいんですけど」


 暁が取り出したのはなごみ庵という老舗和菓子屋の栗大福だ。通年で購入できるこの栗大福は暁の胃袋をがっしりと握って離さない。


「ここの栗大福マジで世界で一番おいしいんですよ!栗を練りこんだ生地と栗餡、それに栗が1個まるまる入った超お高級なお大福で、栗本来の素朴な甘さと上品さを味わうことができる、まさに類稀なる逸品なんですよ!」


 この超お高級なお大福は先日こっそり冬真が暁に労いのために買い、こっそり部屋前に置いていった品であった。1箱6個入りの珠玉の宝石はここ最近で唯一の暁の楽しみだ。


「そんな大事な物を頂いても良いのか?」

「はい、うるさくしたお詫びです」

「では有難く頂こう」


 暁は電気ケトルでお湯を沸かした。この甘いお菓子には緑茶が合う。マグカップにティーパックを入れてお湯を注いだ。勿論2名分用意した。 


「確かに美味いな」

「本当ですか?俺も食べよーっと」


 今日もこの栗大福は美味しい。

 ミツは龍と違い、甘い物は嫌いではないらしい。


「暁のようにストックするほどではないし、量はあまり食べないがな」

「じゃあ今度は甘い物マイスターの俺が厳選したお菓子をちょっとずつ摘まむ会でもしましょう」

「暁は本当に甘い物が好きなんだな」

「好きですねぇ」


 ひとしきり甘い物談義で盛り上がり、食べ終わって一息ついた頃だった。


「暁、焦らなくていい」


 ミツがポツリと言った。


「先日龍と一緒にリンと卓を囲むことがあってな。その時に聞いてみたのだ。もう少し暁に優しくしてやれないかって」


 直感的にあの時のことだと思った。


「そうしたら、少し時間が欲しいと言っていた。詳しいことは結局何も教えてはくれなかったが、心の準備が必要なんだろう」


 心の準備のための時間。


「暁のことを嫌っているわけでは無いようだ」


(そっか、俺、別に嫌われていたわけじゃないのか)


 暁はここ最近のささくれだった気持ちが少し和らいでいぐのを感じた。


 理由は知らない。きっとあれこれ問い質して聞くことではないのは暁にも分かる。なら待とう。時間が欲しいというのならいくらでも待ってやる。鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥だ。


「ミツさんは優しいですね」

「そうか?」

「はい、元気出ました」

「そうか」


 しばらく他愛のない話をした後、2名は解散した。

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