第9話 最悪の出会い 暁編2

 リンが寮棟の出入口に現れたのはしばらく経ってからだった。恐らく冬真たちに挨拶に行っていたのだろう。

 暁は姿が見えた途端、居ても立ってもいられず部屋から飛び出していた。

 階段を駆け下りて、ロビーに出たところで相対した。


 リンは人型になっても全体的に白く神々しかった。白髪に白い耳と尻尾、肌も透き通るような白さだ。一見華奢に見える身体はきっと強靭なのだろう。顔も人工物のように整っている。男の暁でも見惚れるほどだ。


「お前がバディか」


 リンに問われているのだと気が付いた。


「成宮暁です。今日からよろしく」


 暁はふわりと笑って右手を差し出してきた。


 途端、痛みを感じたようにリンの顔が歪んだ。


(何か傷つけるようなことをしただろうか?)


 リンの様子がおかしいように見えた時だった。


「悪いが俺とあんたの契約は明日からだ」


 暁は戸惑った。何か粗相をしてしまったようだった。

 リンはそのまま階段を上がって行ってしまったので、急いでついていく。


「馴れ馴れしかったのなら謝る。先に来ていた荷物あるけど、荷ほどき手伝おうか?疲れているだろう」

「疲れているって分かってるならそっとしておいてくれないか。今日は荷ほどきはやらないし、あんたの相手をするつもりもない」


 一度噛み合わなかった歯車は直りそうにもなかった。


「バディごっこはよそでやってくれ。俺は仕事中はバディとして組むが、勤怠以外あんたに興味はない」


 リンは暁を一瞥することもなく、自室に入っていった。そのまま扉が暁の前でバタンと勢いよく閉まった。拒絶の音だった。


(ああ、失敗してしまった)


 何が悪かったのか分からない。


(なんでこんなことになったんだ?)



 暁は訳が分からず、ただ呆然とした。



「暁、大丈夫か、しっかりしろ」

「ひとまず我の部屋に来い」


 騒ぎに駆け付けたのは龍とミツだった。


 2名は思考停止中の暁を引っ張るようにしてミツの部屋に連れてきた。

 椅子に座らされ、いつの間にかホットココアまで出てきたところでようやく暁の思考が戻ってきた。


「俺、なんかしましたかね?」


 まさか初対面であんなに拒絶されるとは。


「狐は気分屋と聞くからな、恐らく今日1日予定外のことで時間を取られて機嫌が悪かったに違いない」

「ミツの言う通りだ。暁、お前は何も変なことはやっていない。よほど疲れていたのだろうがどう考えたってあっちが悪い。何だったら班長である俺から明日きちんと話しておく」

「そうだな。出会い頭にあれではコミュニケーションも何もない。暁が戸惑うのも無理はないのだ。一体我々が何のために寮生活をしているのか全く理解していないのだからな」

「ああ、いくら疲れていたとしてもあの態度はないだろう」


 龍とミツは繰り返し繰り返し暁を慰めてくれたが、暁はリンが全て悪いわけではないように思えた。


(苦しそうだった)


 辛そうな、傷ついたような、悲しい顔をした。暁を見た瞬間に顔が歪むのをはっきりと見た。


(何か理由があったのかもしれない)


 それにバディは冬真とハチのようにいつも一緒にいるのが当たり前だと思っていたが、そうではないのかもしれない。つまり、暁が知らないだけでビジネスパートナーとしてのバディというあっさりとした関係もあるのかもしれないではないか。


 自分はもしかしたらバディじゃなくて兄弟のようなあんな仲の良い関係にただ憧れていただけなのかもしれない。腹を割って話せる、親とも親友とも違う存在。空気のように傍にいて、お互いの考えていることが話さなくとも伝わるような、そんな対の存在がただ欲しかっただけではないか。


 だとしたらそれを相手に強要するべきではない。


 リンはそれを見抜いてきたのかもしれない。ズルズルと依存するように寄りかかろうとする暁を瞬時に見極めて辛辣な言葉をかけてきたのかもしれいない。バディとは常に対等に自立しているものであり、お互いの考えや主張を尊重している。一方的に押し付けては駄目なのだ。相手を尊重しているからこそ信頼が生まれ、背中を預けることができる。


 暁の考える仲良しこよしはバディでも何でもなく、ただ気の置けない存在が欲しいという幼稚な願いだったのかもしれない。それを押し付けようとしたからこそリンは暁を拒絶したのではないか。


(だとしたらリンの拒絶には正当性がある)


「龍さん、ミツさん、お気遣いありがとうございます。でも、俺にも落ち度がある気がして。明日自分から謝っておきます。だから特段龍さんもミツさんもリンには何も言わなくて大丈夫です」

「暁、無理をすることはない。確かに相手はベタベタすることを望んでいないのかもしれない。それはそれで仕方のないことなのかもしれない。それにしてもだ、あの物言いはぞんざい過ぎる」

「そうだ。あれはあんまりだろう」


 龍とミツは優しい。確かにリンの拒絶は理由も分からないままに唐突で過激だった。それは龍やミツの言う通りに相手の落ち度なのかもしれない。


 暁はそのまま慇懃にお礼を言って自室へ戻った。


 明かりのついていない部屋で独り、ふと窓を見上げた。先ほど見上げた月夜は今は幾分か翳ってしまっていた。


(それでも、俺はお前とバディになりたいと思ったんだよ)


 急に鼻の奥がツンとしてきて、暁は布団に身体を投げ出した。

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