第4話 バディという存在
自室へ戻っていた暁がしばらくして茶の間に戻ってきた。
「暁もお茶飲みますか?」
「頂きます」
冬真がお茶を入れている間に、暁は突拍子もないことを切り出した。
「師匠もハチさんも俺がガキの頃から一緒にバディ組んでますけど、本当ずっと仲が良いですよね」
「いきなりどうしたんだ?」
「いや、俺も入隊したら妖のバディがつくじゃないですか。今から緊張するっていうか、ドキドキするっていうか」
人妖警察では必ず人と妖怪で2名1組のバディを組む。これはどちらかが殉職や退職など職務を全うできなくなるまで解消されることはなく、任務を行うにあたっての最小単位となる。階級も人妖で等しく、実務部隊長ならバディで実務部隊長となる。
冬真とハチは人妖警察に入ってバディを組んでからもう何十年にもなる。仕事中一緒にいるのは勿論のこと、意気投合した2名は仕事以外でも今日のように頻繁に会うので最早親友というよりも兄弟や家族に近しい存在だ。
「まぁ、暁だったら大丈夫だろ」
「そうですね、ハチを見てわかる通り、バディの妖は見た目はともかく中身は人間と大差ありませんし、志も同じですからそうそう変な者には当たりませんよ。考えや反りが合わないというのは確かにありますけど」
そしてもしかしたら反りは少し合わないかもしれませんが、と冬真は内心付け加えた。
「もし考えや反りが合わなかったらどうすれば良いんですか?」
随分と不安そうにしていたので、冬真はきちんと答えてやることにした。
「相手の考えを受け止めてあげれば良いのです。そもそも我々人妖警察官は皆がそれぞれ理想や志を持って入ってきます。誰かを助けたい、平和をもたらしたい、悪を罰したい、その理想や志に大きな違いはありません。目指すべき場所は同じ場所にあり、それぞれが別の手段、別の方法でそこに向かおうとしているだけなのです。つまりバディと考えや反りが合わないというのはその手段や方法の選び方が違うだけなんですね」
「なるほど。つまり多少意見は合わなくても、同志であり仲間ってことですか」
「実務部隊は命がけだからよ、金が欲しいから入ったとかモテたいから入ったってやつはまぁ見たことねェわな」
そういう奴見つける方が難しいぞとハチが笑う。
「だからきっと大丈夫です」
「はい、ありがとうございます。何か今度はワクワクしてきました」
暁はまだ見ぬ自分のバディに思いを馳せているようだった。
「あ、でも、欲を言えばハチさんみたいな狗族の方がいいです」
いきなり指名されてハチは目を丸くしていた。嬉しかったようで無意識に尻尾を振っている。
「いくら暁でもハチはあげませんよ」
「チッ、俺を物みたいにいいやがって」
「ハチが結婚して、子供でもいたら暁と組ませてあげられたかもしれないんですがねぇ」
200年生きているはずなんですがねぇと冬真はため息を吐く。
「うるせェ、俺は人妖警察に入る前はちょいとワルだったんだ。女とどうこうっていう余裕なんてなかったし、改心して警察入ってからはずっとお前とバディ組んでんの。嫁を貰う暇なんかどこにあったよ?」
「暁のバディには間に合いませんが、お嫁さんをもらって子供を作るのは今からでも遅くはないですよ」
「確かに遅くはねぇが、まだ早ぇな」
何とも気の長い話である。
「結婚ということなら師匠は今まで俺がいたからそういったことを避けていたかもしれないですよね。師匠、もう俺のことは気にせずお嫁さん連れて来て下さい」
真剣な面持ちの暁からの突然の流れ弾に冬真は思わずお茶を吹きかけた。嫁がいないのは暁がいたせいではないのだが、理由を聞かれても返答に困るので冬真は話題を挿げ替えるという強引な手段に出た。
「別に暁がいたからというわけではないのですが。それに私が今から子供を作るよりも暁がお嫁さんをもらって子供を作った方が早いのでは?」
「え、俺ですか!?」
「ほー、それもいいな」
「良くないです!今は仕事のことしか考えられませんから!」
暁のその言葉に冬真もハチも思わず笑ってしまった。
(嫁は貰えませんでしたが、良い息子には出会いました)
殺伐とした日々から他愛ない日常を送れるようになったのは暁のおかげである。
冬真はポンポンと大きくなった暁の頭を優しく叩くのだった。
(今日は良い1日だった)
暁の合格祝いということで夕飯は3名で豪勢にカニ鍋を囲んだ。保護者2名は酒を浴びるように飲んでいたため、暁は出来上がった酔っ払いたちに絡まれる前にさっさと風呂に入り、自室へこもった。
机に置いてあった合格通知書を手にしてベッドに突っ伏す。そしてゆっくりと通知書に目を通した。今日1日だけで一体何度読み返しただろうか。それくらい暁は合格が嬉しかった。
(ずっと、憧れていたんだ。7年前、助けられたその日から)
優しくかけられた声。頭を撫でてくれた温かい手。力強い抱擁。
確かにあの日、暁は救われたのだ。
あれを奇跡と呼ばずして何と呼ぼう。
気が付いたら無我夢中で冬真に弟子入り志願をしていた。まさか冬真が親になってくれるとは思いもしなかったが、その大恩に報いるように修業に励んだ。尊敬する冬真とハチの背中をがむしゃらに追い続けた。あの背中に少しでも追いつけるようにひたすら走り続けたのだ。
そうしてようやく、ここがスタートライン。
ここは終わりではない、始まりなのだ。
(頑張るぞ)
合格してもやることは同じだ。あの人たちの背中を追い求め続ける。
きっとその先に、自分の希望が待っているだろう。
その日は気分が高揚してなかなか寝付けない夜となった。
まだまだ肌寒い季節のことである。
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