第2話 合否判定
遥か昔、人も妖怪も同じくこの現世で暮らしていた。
しかし、度重なる妖怪による人間捕食と、それに対抗する人間の妖怪退治が相続き、互いの種族の存亡をかけた血で血を洗う抗争は日を追うごとに過激になっていったという。
その時、とある人物ととある妖怪が「人間と妖怪の棲み分け法」を制定した。一説では平安時代、稀代の陰陽師として名を馳せた、妖怪をも黙らせる力を持つ安倍晴明が発案者だと嘯かれているが定かではない。
曰く、
『人間と妖怪の棲み分け法』
1、人間は現世で暮らし、妖怪は幽世で暮らすこと
2、どちらかがどちらかの世界を行き来または生活するには厳重な審査や試験に合格する必要がある
3、人間も妖も誤って別の世界に足を踏み入れた場合は速やかに元の世界に帰ること。誤って踏み入ってしまった際には身の安全は保障できない
4、審査や試験を通過せず故意に別の世界に行った場合は処罰の対象となる
5、どちらかの世界で悪事を働いた場合は厳しい処罰の対象となる
ここでいう悪事とは主に異界や人妖が交わることによって発生する不利益や危険・損害・迷惑を蒙る行為のことである
6、人間と妖怪で組織された棲み分け法保全組織が人間と妖怪双方を監視し、処罰対象者に刑を執行できる権限を持つ
一方は捕食され一方は祓われる、どちらも同じ現世にいるから発生してしまうこの事象を、現世と幽世でそれぞれ棲み分けることによって改善したこの法は、人間にとっても妖怪にとっても画期的なものであったと言えるだろう。
しかし、中には法律を守らない悪い輩も当然いる。
そんな犯罪者たちを捕縛し処罰する機関が
暁は試験の応募資格最少年齢である18歳の身で、この過酷な人妖警察の採用試験を受験していたのだった。
―そして、3月下旬某日。
「し、師匠ー!冬真ししょぉおおおおう!!!!!!」
暁がバタバタと家の廊下を走ってくる音が聞こえてきた。
冬真は茶の間でのんびりとお茶を啜っていた。師匠と呼ばれてはいるが、血のつながりのない親子でもある。
(ようやくあれが届きましたか)
嬉しさと同時に一抹の寂しさが込み上げる。
冬真がそっと溜息を呑み込んだ時、茶の間の襖がスパァンと勢いよく開いた。
「おや、お帰りなさい、暁。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「師匠!おれ、俺、受かりました!人妖警察の試験合格したんです!春から憧れの人妖警察官ですよ!」
暁が襖を開けた勢いそのままに息せき切って報告してくる。その姿が愛おしくて冬真はおめでとうと柔和に微笑んで見せた。暁は肩透かしを食らったようにきょとんとしている。
「あれ、もしかして師匠、もう知ってたんですか?」
お茶を飲み下しながらにこやかに言う。
「そりゃあ、私も一応人妖警察の要職についていますからね。結果が出次第、すぐに知らせてもらうよう融通を利かせることくらいできますよ」
暁は開け放った襖にガクッともたれ掛かった。
「それなら先に教えてくれても良かったじゃないですか。受かってるか受かってないかでここ数日すげぇナーバスになってる俺の姿見てましたよね?」
「そう言われましても。機密事項ですからね。流石に先に教えるわけにはいきませんよ」
「ご、ごもっともです」
「まぁでも、合否を気にして神経質になっている暁はいじらしかったですし、見ていて飽きませんでしたけどね」
冬真はふふっと思い出し笑いをした。
「何やら騒がしいと思ったら。暁、合格おめでとう」
先ほど暁がバタバタ走ってきた廊下をのしのし歩いてくる者がいた。
「ありがとうございます。ハチさんも知ってたんですね」
「がはは、まぁな!」
ハチと呼ばれた者は、パッと目を引く赤髪の長髪、しかもガタイの良い大男だった。赤い髪と対照的に黒い着物を纏っており、勇ましく厳つい顔だが笑うと人懐こそうな愛嬌がある。
しかし何より目を引くのは、髪と同じ色の狗耳が頭部から生えていることと、お尻の辺りから狗の尻尾が出ていることだろう。
「にしてもすげぇなぁ暁。人妖警察始まって以来の最年少合格者だもんな。冬真もさぞ鼻が高かろうて」
「へへ、そうですか?」
暁は誉められて嬉しそうだ。
だが、冬真は筆記の点数に全然納得がいっていなかった。
「ハチ、あまり誉めそやしてはいけません。筆記はドベですから」
「まぁそうだな。筆記は受験者の中でダントツの最下位だったな、そこは頑張ろうな」
「ハチさんまで!俺は筆記は捨てて実技で頑張るって算段だったんですから、むしろ作戦勝ちですっ」
そうは言いつつもバツが悪かったようで「通知書部屋に置いてきます」と言って暁はそそくさと自室へ引き上げた。
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