第23話 制裁

 その日の放課後に、クロードは再び申請書を貰いに行った。

 教師には怪訝な顔をされたが、貰った紙を失くしたと言い訳。

 無事に貰った紙を、再び人気のない教室で記入していた。

 ショパンはアイラに貸しているので一人っきりだ。

 少し寂しい。

 さっさと済ませてしまおう。


(まったく、なんでクラブを作るだけで、こんなに大変なんだ……ん?)


 ガラガラガラ!!

 教室のドアが勢いよく開かれた。

 嫌な予感がする。

 クロードが恐る恐る顔を上げると、そこには不機嫌そうに眉を寄せたバッツが居た。


「うげ……」

「貴様、ドラゴンに邪魔をさせるだけでなく、凝りもせずにクラブを立ち上げようとしているのか」


 アイラに近づけないからクロードの様子でも見に来たのだろうか。

 バッツはガツガツと足音を鳴らしながら迫って来ると、クロードの襟に掴みかかった。

 暴力は止めて欲しい……。


「い、いやぁ……どのみちアイラ様は『貴族交流会』に入るつもりは無さそうでしたけど……」

「貴様……俺を愚弄するのか!!」


 言い訳をしたら、バッツを怒らせてしまった。

 バッツは拳を振り上げる。

 『顔はヤバいよ。ボディにしときな!』とばかりに、クロードの腹に拳を振るった。


「痛い!? ……痛くない?」

「ぐぉ⁉」


 しかし、苦しんだのはバッツの方だった。

 固い壁でも殴ったように、バッツの拳が真っ赤に腫れる。

 一方でクロードにダメージは無し。

 ……なんだこれ?


「き、貴様、なにをしたんだ!?」

「さぁ……?」


 バッツは赤くなった拳をさすりながらクロードを睨む。

 何をしたと言われても、クロードにだって分からない。


 しかし、クロードのとぼけた態度が余計にバッツの苛立ちを増したらしい。

 バッツは拳と同じように顔を真っ赤にすると、平気な方の手でクロードを指差す。


「こうなったら、貴様を退学にしてやる……田舎貴族なんぞ、アクラーツ伯爵家の力を使えば――!!」

「あらあら、そういう事だったのね」

「――ッ!? アイラ様……」


 わざとらしい足音がカツカツと響く。

 教室に入って来たのはアイラだった。

 胸元にはショパンを抱いている。

 しっかりと餌付けされてきたのか、ショパンの口元にはパンの食べかすが付いていた。


「昨日からクロードの様子がおかしいと思ったら、脅されていたなんてね」

「ち、違います。脅していたなんて――」

「言いわけは聞きたくないわ」

「ぐぇ!?」


 アイラは片手でバッツの首を掴むと、軽々と持ち上げた。

 バッツはもがきながらも、アイラを睨みつける。


「こ、こんなことをして、ただで済むと思うなよ……俺様はアクラーツ伯爵家の――!!」

「アクラーツ伯爵家の次男。少し年の離れた兄と比べられることがコンプレックスな捻くれた男。親の権力を振りかざしては居るけど、自分には何の力もないことは理解している。兄よりも優れていると、親を見返すために私に近づいた……違うかしら?」


 なにそれ、プロファイリングってやつ?

 バッツは図星だったらしく、バッツは困惑に顔を歪めていた。


「なん……で……」

「貴方程度の小悪党は、身の回りにいくらでも居るの。ちょっと調べれば、考えそうなことは手に取るように分かるわ」

「……」

「それで、貴方に手を出したら何が起こるのかしら? 貴方とドラクロア公国への縁……国や貴方のご両親はどちらを取るかしら?」


 アイラの目が鋭くギラリと光る。

 流石はラスボス様。

 怒ると凄く怖い。

 体と精神の両方からバッツを攻撃している。


 どうやら、バッツにはクリティカルダメージのようだ。

 顔を青くして大人しくなってしまった。


「す、すいませんでした……」

「分かれば良いわ。私の視界から消えなさい」


 解放されたバッツは、ふらふらと教室から出て行った。

 残されたのはクロードとアイラだ。

 クラブ作成のことで嘘を吐いたのもあって、ちょっと気まずい。

 しかし、アイラは特に気にしていないようだ。


「はぁ……初めからこうしていれば良かったわ……クロードたちのせいで私もぬるくなっていたのかもしれないわね」


 やれやれとばかりに、アイラはため息を吐く。

 先ほどまでのラスボス風のオーラは消えて、ただのツンツンしたお嬢様に戻っていた。

 嘘を吐いたことは気にしていないのだろうか?


「あのぉ……怒ってないんすか?」

「……怒ってるけど……反省しているようだから責めはしないわ。元をたどれば、私のせいで迷惑をかけたのだから」


 アイラはショパンを抱きしめながら、にこりと微笑む。


「もう隠し事は無し……それで許してあげる」


 夕日に照らされて笑うアイラは、いつもより美少女に見えた。

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