第22話 番犬

 次の日から、バッツによる勧誘が始まった。

 休み時間に廊下を歩いていると、熱心にアイラに話しかけているバッツの姿が見えた。


「私の立ち上げた『貴族交流会』は、流行りの茶菓子を嗜みながら、世界の今後について議論するクラブです。お互いにとって学びの場となることをお約束いたします」

「とても素敵なクラブですね。きっと、皆さま入りたがることでしょう」


 アイラは学校では外面を良くしようと心がているようだ。今もニコニコと相槌をうっている。

 しかし、目元がピクピクと動いていた。

 たぶんブチギレ寸前だ。

 しつこい勧誘にストレスゲージが上昇しているらしい、近寄らないでおこう。

 クロードは遠くからアイラたちを眺める。


「そうでしょうとも。よろしければアイラ様もいかがですか?」

「私は遠慮しておきます。国の行く末を話す場に、私のような他国の者が居てはお邪魔でしょうから」

「いえいえ、むしろ我が国とドラクロア公国は共に歩むべきだと私は考えます。アイラ様の知見を頂けた方が建設的な議論になるでしょう」

「なるほど……」

「さぁ、いかがでしょうか。アイラ様も『貴族交流会』にいらしてください」

「……」


 アイラは悩むように頬に手を当てる。その姿はおしとやかな令嬢のようだった。

 しかし、バッツが目を離すと、ギッと人でも殺しそうなほど目を鋭くする。

 その目線はクロードへと注がれた。

 どうやら、見ていたのがバレていたらしい。

 『この男をどうにかしろ!』と目で語っている。

 わなわなと腕を振るわせているのを見るに、放っておいたらバッツを殺しにかかりそうだ。


「ここで無視したら後が怖いな……ショパン、手伝ってくれるか?」

「がう!」


 クロードはショパンの耳に口を近づけて、こしょこしょと作戦を伝える。

 ショパンはこそばゆそうにしながらも、作戦を聞いてくれた。


「がう!」


 『分かった!』とショパンは頷く。

 それでは作戦決行だ。


「がうがう!」

「こらぁー、ショパン待てー!」

「……なんだ?」


 走り出したショパンをクロードが追いかける。

 ショパンはアイラの足元に飛びついて、物欲しそうに『がうがう』と鳴きだした。


「すいませーん。ショパンのやつがアイラ様に甘えたくなってしまったみたいで……」

「そう、それは仕方がないわね」


 アイラは話を切り上げる作戦だと気づいたのだろう。

 ショパンを抱き上げる。


「バッツ様、申し訳ありませんが話は後にいたしましょうか」

「い、いや、待ってください!」


 アイラが立ち去ろうとすると、バッツが止めようと手を出した。


「ガルルゥ!!」

「うぉ!?」


 しかし、アイラに触るより先に、ショパンの威嚇が決まる。

 小さくたってドラゴンだ。

 威嚇の迫力は凄まじい。

 バッツはビビって、手を引っ込めた。


「あら、気を付けてください。飼い主に危害を加えると思うと、この子は凶暴ですから……以前も盗賊をぼろ雑巾のようにしてしまったことがあるのです」

「は、はは……それは頼もしい番犬だ……」


 盗賊をぶっ倒したこともあるので嘘ではない。

 バッツは『グルグル』と威嚇しているショパンを見て冷や汗を流す。


「おっと、急用を思い出した。私は失礼いたします」


 バッツはそそくさと逃げて行った。

 ショパンに恐れをなしたらしい。


「とりあえず、今日の所はショパンを貸しておきますから、バッツ避けに使ってください」

「ええ、借りておくわ。帰ったらショパンに美味しいおやつをあげましょう」

「がうぅ♪」


 バッツという害虫を寄せ付けないための、虫よけスプレーのような扱いのショパン。

 しかし、仕事の報酬としてオヤツが約束されてご満悦のようだ。


「ただ、実際にアイツを噛ませるわけにはいかないのだから、ショパンの効果は長くは続かないわ。ショパンが安全だと分かったら、またまとわりついてくる」


 いくらバッツがしつこいからって、ショパンに危害を加えさせるわけにはいかない。

 相手はアレでも伯爵家の子だ。

 ショパンが嚙みついたとなったら問題になってしまう。


 そして、バッツがショパンを避けるのは『本当に噛まれるかも』という恐怖心からだ。

 ショパンがただの食いしん坊ドラゴンだとバレたら、またアイラの勧誘が始まる。


「アイツを納得させるためにも、さっさとクラブに入りたいわ。今日の放課後こそはクラブを作りなさい」

「うっす……」


 昨日はバッツによってクラブを作れなかった。

 しかし、アイラには『先生の手伝いに呼ばれて』と言い訳をしてある。

 今日まで同じような言い訳は通用しない。


 バッツには悪いが、どうせアイラの勧誘は望み薄。

 今日の放課後には『グルメ研究クラブ』を作らせて貰おう。

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