第21話 横やり

 職員室に向かうと、部屋の片隅にクラブの申請用紙が置いてあった。

 それを貰ってCクラスの教室で記入していると、アイラが時計を見た。


「あ、もうこんな時間……クロード、私は用事があるから先に帰るわ。私の入部届は後で出すから、貴方はクラブを作っておきなさい」

「あ、了解です」

「それじゃあ、また後で会いましょう」


 アイラはパタパタと急ぎ足で教室を出て行った。

 赤い夕陽に照らされる教室に残されたのは、クロードとショパンのみだ。

 ……なんだか、前世の子供のころを思い出すなぁ。

 ショパンの背中をなでながら、ノスタルジーに浸る。


「がう!」

「おっと、早く書かないとな」


 しかし、そんな時間は無い。

 あまりのんびり書いていると、夕飯の時間に間に合わない。

 クロードはハッと気づくと、いそいそと記入を続けた。


 ガラガラガラ!!

 クロードの集中を邪魔するように、教室のドアが勢いよく開かれる。

 アイラが忘れ物でも取りに来たのかと顔を上げると、そこに居たのは見知らぬ生徒たちだ。

 アイラどころか、クラスメイトでもない。

 よその教室になんの用事だろうか。


「……えっと、なにか御用っすか?」

「お前がクロードだな?」


 どうやら、クロードへのお客だったらしい。

 三人組の生徒はガツガツと足音をならしながら、クロードの座る席へと近づいてくる。


 三人組のリーダーらしき男を見る。

 見覚えが無い。

 くすんだ金髪に、プライドの高そうな顔。知り合いには居ないタイプ。

 ……いや、どこかで見たことがあるかも?

 なんとなく、記憶に引っかかるのだが思い出せない。誰だったろうか。


「えっと、どちら様で?」

「俺は『バッツ・アクラーツ』。アクラーツ伯爵家の跡取りだ。覚えておけ」

「あ……はい」


 名前を聞いて思い出した。

 バッツはゲームに登場した小悪党だ。

 アイラにすり寄って美味しい思いをしようと、アイラの悪だくみに協力していた。

 簡単に言えば、ゲームではアイラの手下だった男だ。


 ……そう考えると、クロードの立場に本来居るのはバッツだったのかもしれない。

 クロードもアイラには頭が上がらず、こうして彼女が入るためのクラブを作っているのだから。


 バッツはクロードを見下すと、フッと鼻で笑った。

 そしてクロードが記入していたクラブ申請書を、ひょいと取り上げる。


「あ、ちょっと――」

「グルメ研究クラブ? 馬鹿みたいなクラブだな」


 びりびりびり!

 バッツは見せつけるように申請書を破り捨てると、床に放り投げた。

 なにこれ?

 どうして、いきなりイジメられているのか。クロードには意味が分からない。


「お前、アイラ様と一緒に居るようだな?」

「まぁ、成り行きで」

「ふん、どうせアイラ様を通してドラクロア公国から利益を得ようとしている俗物だろう」


 自己紹介かな?

 まさしくそれが狙いで、ゲームでのバッツはアイラに近づいていたはずだ。

 ……もしかすると、アイラへ近づこうとしているのにクロードが邪魔なのだろうか。

 だから嫌がらせをされている?


「目障りな羽虫が……アイラ様の隣に居るべきなのは、俺のような高貴な血筋の者だ。お前じゃない」

「は、はぁ……」


 別に一緒に居たいわけじゃない。

 ちょっとリードで繋がれて、快適な寝床を用意されて、美味しいご飯を貰っているだけだ。

 ……よくよく考えると、思ったより手懐けられてるかもしれない。

 想像していたよりもアイラとの暮らしは快適だ。


「俺は『貴族交流会』という名の、高貴なクラブを立ち上げる。そこにアイラ様もお誘いするつもりだ。それまでは余計なクラブを立ち上げるな。移転手続きで、アイラ様の手をわずらわせるだけだ」


 なかなか強気な小悪党だ。

 自分の立ち上げるクラブにアイラが入る物だと疑っていない。

 あの捻くれた性格の美少女が、簡単に人に言われて従うとも思えないが。

 もっとも、クロードのそんな忠告をする義理も無い。

 面倒事にならないよう、ここは大人しくしたがっておこう。


「分かった。バッツ――様のいう事を聞く。アイラ様がそっちのクラブに入るまではグルメ研究クラブは我慢しておくよ」

「ふん。それで良い」


 バッツはそれだけ言うと満足したのか、ガツガツと手下を連れて教室から出て行った。

 面倒な客だった……。

 もう関わることが無いと良いのだが。


「がうぅ?」

「安心しろ、最終的にはグルメ研究クラブは作るつもりだよ。アイラがバッツのクラブに入るのが先か、バッツがアイラを諦めるのが先か……どっちにしても、俺たちはグルメ研究だ」

「がう」


 ショパンは『分かった』というように頷きながらも、なんとなく納得していない顔だ。

 もしかすると、アイラにもグルメ研究クラブに入って欲しいのだろうか。


「まぁ、なんだかんだ仲良くしてるし……一緒のクラブに入れたらいいけどな」


 ショパンの頭を撫でながら、クロードは帰宅の準備を進めた。 

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