第17話 復讐

 次の日からは授業が始まった。

 もっとも、初日ということもあって、ほとんどは授業の概要説明をするだけだ。

 気づけは時間は昼休みになっていた。


 ラムダ魔法学校には食堂が存在する。

 ほとんどの学生は食堂のメニューで済ませるが、お弁当を持ってきている生徒も少なくない。

 クロードはキョロキョロと学食を見回した。


「ショパン、あの腹ペコ女は見当たらないか?」

「がうがう!」


 クロードの隣では、ショパンがパタパタと飛んでいる。

 試しに聞いてみると、『こっちに来て!』と進み始めた。

 ショパンの後を追うと、見つけた!

 山盛りに盛られたパスタを前にして、もぐもぐと口を動かしている腹ペコヒロインを見つけた。


「くくく、俺に変なあだ名をつけたことを後悔させてやる……」

「がうぅ」


 あくどい笑顔を浮かべるクロードは、スタスタと腹ペコヒロインことメアリーに近い席へと向かった。

 ショパンは呆れるように後に続く。


 クロードは席に着くと、お弁当箱を二つ開いた。

 片方はショパンの分だ。

 テーブルの上にハンカチを引くと、ショパンはその上に着地する。ショパンの前にお弁当箱を差し出すと、もぐもぐと食べ始めた。


 ショパンの分は肉一色だが、クロードの分はバランスも考えられている。

 唐揚げ以外は、アイラの雇っているシェフに作って貰ったので彩りはバッチリ。

 SNS映えしそうなオシャレ弁当である。


「うーん、美味いなぁ」


 クロードはこれ見よがしに唐揚げを摘まむと口に運んだ。

 魔法の力で保温してあったため、揚げたてのようにサクサクだ。

 揚げ物の香ばしい匂いが辺りに広がる。


「……それは何を食べてるの?」


 食いついた!

 メアリーは興味津々といった様子で、クロードの食べる唐揚げを見詰める。

 唐揚げはこの世界では未知の食べ物だ。腹ペコヒロインのメアリーが見逃すはずもない。


「唐揚げだ。俺が作った」

「美味しいの?」

「もちろん、こんなに美味しい物はそうそう無いな」


 流石にそれは良いすぎなのだが、メアリーを釣りあげるために少し話を盛った。

 しかし、盛ったかいはあったようだ。

 メアリーはクロードに向けて体を乗り出すと、大きく口を開けた。


「あーん」

「……食べたいのか?」

「うん」

「嫌だね。俺を変態大魔神と罵ったやつに上げる飯は無い!」

「謝る。あの時はビックリして口走った」

「いいや。許さないね。お前のせいで俺のクラスでの評価は変態になったんだぞ!」

「ふむ……」


 メアリーは考えるようにアゴに手を当てる。

 そしてチラリとショパンを見ると、自身のバッグに手を突っ込んだ。


「これと交換」

「なんだそれ、干し肉?」

「私のおやつ」


 メアリーが取り出したのは干し肉だ。

 炭酸飲料に合いそうで、とても美味しそう。

 しかし、クロードは別に腹ペコキャラではない。

 誰が食い物で釣られるものか。


「がうぅ♪」


 残念、釣られる子が居た。

 いつの間にかお弁当を間食していたショパンが、よだれを垂らしながら干し肉を見詰めていた。

 とっても食べたいらしい。


「ほら、食べたいよね?」

「がぅぅ」


 メアリーが干し肉を揺らすと、それに合わせてショパンの首が揺れる。

 まるでメトロノームだ。


「がぅ……」


 ショパンがクロードを見上げる。

 アレが食べたいと、ウルウルした瞳で見つめられる。

 こうなるとクロードの負けである。


「……分かった。唐揚げと交換してくれ」

「良いよ」


 メアリーはショパンのお弁当箱に干し肉を入れた。

 がつがつと干し肉にかぶりつくショパン。なんとも幸せそうである。


「ちなみに、これは何の肉なんだ?」

「ワイバーン」

「うえぇ!? ドラゴンの肉かよ……」


 ワイバーンは弱めのドラゴンの一種だ。

 弱めとは言えどもドラゴン。

 そこらの一般人よりは遥かに強く、ワイバーンを倒せるようになって一流の冒険者として数えられる。

 その肉も高級なため、干し肉とはいえ『ビッグサーベントの唐揚げ』よりは価値の高い食べ物だろう。

 結果として得をしたのかもしれない。


「はい。次は私にあーん」

「……はいはい」


 クロードは唐揚げを一つ掴むと、メアリーの口に放り込んだ。

 普段は無表情なメアリーの口角が持ち上がる。


「うん。美味しい」

「そりゃどうも」


 しかし、メアリーへの復讐は失敗だ。

 ……そもそも、くだらない事に根を持っていた。

 美味しそうに干し肉を噛んでいるショパンを見ると、どうでも良くなる。

 さっさとお昼ご飯を済ませてしまおう。


「――ッ!?」


 などと、弁当に箸を向けた時だった。

 背筋がゾクリと寒くなる。

 殺気だ。どこからか、殺気を感じる。


 キョロキョロと辺りを見回すと、アイラが微笑みながらクロードを見ていた。

 たぶん怒っている。

 なにが彼女の琴線に触れたのか分からないが怒っている。


(とりあえず、見なかったことにしよう)


 クロードはそっと目をそらし、お弁当に集中した。

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