第15話 早弁にも限度があるやろ

 クロードが自身のクラスに向かうと、すでにほとんどのクラスメイトが自席についていた。

 クロードの黒板に張られていた座席表を見て、自身の席を確認。

 席につくと、すぐに女性教師が入って来た。


「私が君たちの担任だ。名は『ドローレス・ブランデー』。好きに呼んでくれてかまわない。担当教科は『歴史』になる。どうか、面倒を起こさず一年間を過ごしてくれ」


 我らが担任教師は、気だるげな調子で言った。

 この教師にはしっかりと見覚えがある。校長の長い話の途中に、居眠りをしていたのを見かけた。

 その時に寝違えたのか、首元にはお手製の湿布が貼ってある。


「それじゃあ、次は君たちが自己紹介をする番だ。廊下側の前から順番に進めてくれ」


 ドローレスは雑に言い放つと、教卓の裏に置いてあった椅子を引き出して座る。

 後は生徒に丸投げならしい。

 いきなり自己紹介を振られた生徒は、困惑しながらも席を立つ。

 そして氏名や出身地など、無難な自己紹介を終えると座りなおした。


 自己紹介なんてのは、一番最初にやった人の物がフォーマットになる。

 後に続く生徒たちは、それに習って個人情報を開示するだけだ。


(よし、この感じなら問題ないな……)


 クロードは心の中で安堵した。

 自己紹介を無難に終えられるなら幸いだ。

 ここでずっこけると、最悪の場合は今後の交友関係に支障が出る。

 『えー、あの人って自己紹介の時に変なこと言ってたよねぇ』と遠巻きにされるのだ(一敗)。

 ……前世でやらかしたことがある。


「がう」


 膝に乗っているショパンが、『頑張って』と小さな声で応援してくれている。

 決めるぜ。無難な自己紹介!

 そして、穏やかなモブモブスクールライフを楽しむのだ……と思っていたのだが。


 いよいよ、クロードの順番が迫って来たのだが、なぜか目の前の席の生徒が自己紹介をしない。

 キレイな金髪の女子が、うつむいたまま立ち上がらないのだ。

 緊張しているのか、あるいは居眠りでもしているのだろうか。

 しーん……。

 自己紹介を待って、教室が静まり返る。


(……マジで寝てんじゃないのか?)


 気になったクロードは、ちょんちょんと背中をつつく。


「むぐぅ!?」


 その瞬間、女子は勢いよく立ち上がると後ろを振り向いた。

 表情筋が乏しいのか、なんとなく不機嫌そうに眉を寄せている。

 そして表情よりも動いているのが口元だ。モグモグと何かを食べている。


(こいつ……早弁してやがる……!? いや、そもそも今日は昼前に終わるんだから、もうちょっと我慢しろよ!?)


 まさかの早弁女王の登場に驚いたが、その顔を見て少し納得してしまう。

 なにせ、知っている顔だから。

 そして田舎貴族のクロードが知っている顔という事は。


(まさか、自己紹介の時まで食ってたのかよ……この腹ペコヒロイン……)


 そう、彼女は『ファイナル・ドラゴンズ』のヒロインだ。

 こんな時にまで食っていることから分かるように、腹ペコキャラである。

 彼女はごくんと飲み込んでから呟いた。


「……変態大魔神」

「変なあだ名付けないでくれ!?」


 彼女は声が小さいくせに、鈴のように良く通る声をしている。

 やばい。これではあだ名が変態大魔神になる……!?

 そんなクロードの焦りを無視して、彼女は前を向いた。


「『メアリー・ホワイトラム』。食べることが好き。美味しいものを教えてくれると嬉しい」


 それだけ言うと、メアリーは席に座った。

 そしてまた下を向き始めた。まだ何か食ってんの?


(って、違う違う……こんな腹ペコヒロインの事は無視して自己紹介だ。変態大魔神の印象を払拭しないと!)


 クロードは無難な自己紹介を終えた。

 しかし、最後までクラスメイトからの、白い目は収まらなかった。

 完全に変態大魔神よばわりされたのが響いていた。


(おのれ腹ペコヒロインめ……!!)


 明日からは、メッチャ美味しそうな弁当を見せびらかすように食ってやろう。クロードは心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る