第10話 無料ペット

 その日の夕方ごろ、屋敷の前には豪華な馬車が停まっていた。

 近くの街から来たアイラの迎えである。

 ついでに、その後ろには荷台を引いている馬が居た。そっちにはグルグルに縛られた賊たちが放り込まれている。


 アイラの帰宅を、モブダーソン家が総出で見送っていた。


「ほ、本日はお日柄も良く」

「お父様、それは出会いの挨拶です。あまり緊張しすぎないでください」


 父は隣国のお姫様に、ガチガチに緊張していた。意味の分からない挨拶を呟いている。

 その隣で父に突っ込んでいる姉も、緊張しているのだろう。いつも以上に分厚い外面を付けて優雅に微笑んでいる。たぶん、中身は混乱状態だ。


 こんな時に頼りになるのは母だけだった。

 淡々とアイラに社交辞令を述べている。


「この度は歓待もできずに申し訳ありません」

「いえ、私が転がり込んだのが悪いのです。お気になさらないでください」

「なにか、愚息が失礼をいたしませんでしたか?」

「ぴぇ!? し、失礼とかは……その……」


 アイラが顔を赤くしてうつむいてしまった。

 ヤバい。失礼と言えば、失礼なことをした。撫でたことを怒っているのかもしれない。


 だけど、アイラに撫でてみろと言われたからやったわけで無罪ではなかろうか。

 ……しかし、アイラを撫でろとは言われていなかったような気もする。

 やっぱり有罪かも。


 クロードが冷や汗をかいていると、母が微笑みながらクロードを見た。

 スッと伸びたナイフのような目がクロードを睨む。『何をやったの?』と目で怒られていた。


「す、少し、ご子息とお話をしても良いかしら?」

「はい。ご自由にどうぞ」


 『ご自由にどうぞ』の前には、『煮るなり焼くなり』が付いていそうだ。

 いったい、どんな拷問をされるのだろうか。

 クロードが嫌な想像をしていると、アイラがカツカツと迫って来た。

 目と鼻の先まで顔を近づけると、ひそひそと話しかけて来る。


「貴方……何でもするって言ったわよね?」


 確かに、温泉でアイラの頭を蹴っ飛ばしたお詫びに、何でもすると言った覚えがある。


「え、助けたのに許して貰えてないの……?」

「私は許してないわ」


 てっきり、助けたお礼にチャラにされているものだと思っていた。

 ラスボス様はそんなに甘くないらしい。

 どうやら、この場で判決を言い渡すようだ。『どうか、軽い刑で許してくれ』とクロードは祈る。


 夕日で赤く染められたアイラは、ためらいながら口を開いた。


「貴方は……私のペットになりなさい」

「……ペット?」

「そうよ。貴方も、今年から魔法学校に通うのでしょう? 私も留学生としてこの国の学校に通うの」

「は、はぁ……」


 それはクロードも知っている。ゲームと同じ流れだ。


「学校に通っている間、貴方は私のペットになるの。私の言う事を聞いて、私の……傍に居なさい」


 なにも無ければ、魔法学校には三年間通うことになる。

 その間、ずっとアイラのペット。

 正直言って嫌だ。だって、明らかにストーリーに関わることになる。

 クロードはモブとしてひっそり、のんびりと生きたいのだ。


「あの、拒否権は……」

「あると思うのかしら?」

「……うっす」


 しかし、拒否権は用意されていなかった。


「そ、それじゃあ……また、学校で会いましょう」


 アイラは小さく手を振ると、馬車へと乗り込んで行った。

 その動作だけを見ると、胸がドキッとするほど可愛かった。

 しかし、相手はラスボスである。ついでに性格もキツイ。


 クロードは走り去る馬車を眺めながらため息を吐いた。


「はぁ、なんだか大変な事になったなぁ……」

「がうがう!」


 ショパンが『頑張れ!』とクロードを見上げていた。

 そのほっぺをむにむにと撫でると、ショパンはニコニコと笑っていた。

 なにも考えていないような、能天気な顔である。


「まぁ、今から悩んでもしょうがないか……」


 なるようになる。

 クロードはショパンを抱きかかえて、屋敷へと入った。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 馬車の中で、アイラは一人バタバタと悶えていた。


「わ、私はなんであんな事を……そ、『傍に居なさい』なんて、告白みたいじゃない……⁉」


 最初は自分の思い通りにいかないクロードを捕まえて、いじめるつもりだった。

 そのためにペットにするつもりだった。

 しかし、クロードに見つめられている内に頭が真っ白になって、気がついた時には告白みたいな事を口走っていた。


「こ、こんな屈辱は生まれて初めてよ……『クロード・モブダーソン』、絶対に許さない……」


 そうしてクロードの顔を思い浮かべると胸が苦しくなり、クッションに顔をうずめてジタバタと暴れていた。

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