第9話 なでなで

「弟が人をさらってきた!?」

「違う。助けてやったんだ!」


 クロードは連れて帰ったアイラを自室のベッドに寝かせておいた。

 すでにケガは治療済み。しばらくすれば目を覚ますだろう。


「外に変奴らが縛ってあるだろ、アイツらに襲われてたんだよ……」


 アイラを襲っていた男たちは、ローブで縛って庭に放り投げてある。

 プロの賊なら逃げ出そうと思えば逃げ出せそうな状況だが。


「がるぅぅぅぅ!!」

「ひ、ひぃぃぃ。逃げないから止めてくれぇ……」


 襲撃者たちのリーダーはショパンに倒されたことがトラウマになっているらしい。

 部屋の窓からショパンが威嚇をするだけで震えあがっている。

 あれでは逃げ出す気も起きないだろう。


「がうがう!」


 ショパンは『これで良いの?』とクロードを見た。ぺろりと舌をしまい忘れているため、ちょっと間抜け面だ。

 グッと親指を立てると、ぶんぶんと尻尾を振っていた。


「そもそも、その人は誰なの? どっかで見たような気もするけど……」

「アイラ様だよ。ドラクロア公国の」

「アイラ……ドラクロア……それって、隣国のお姫様じゃない!? ドラゴンと言い、なんで軽々しく変なものを拾ってくるの!?」

「お姫様を変なもの扱いって……しょうがないだろ、放っておくわけにもいかないし……」

「そうだけどさぁ……」


 クロードたちが話していると、アイラが身じろぎをした。

 どうやら、お姫様の安眠を妨げてしまったらしい。

 アイラは不快そうに顔を歪めると、ぱちりと目を開いた。


「……変態?」

「違います。クロードです」

「弟よ。いったい、お姫様に何をしたの……?」


 アイラはふらふらと瞳をさまよわせてリゼットを見た。

 知らない顔に不審そうにしている。


「……貴方はどなたかしら?」

「っ!?」


 アイラに見られた瞬間、リゼットの顔が変わった。

 ふにゃふにゃとしていた表情が、キリっとクールに決まる。

 たぶん、アニメなら逆作画崩壊とか言われている。


「初めまして、私は『リゼット・モブダーソン』です。愚弟がお世話になったようですね」

「あ、いえ……」

「ああ、気が利かずに申し訳ありません。お茶をご用意いたします。薬草を煎じた茶ですので、ケガの回復にも役立つでしょう。少々お待ちください」


 リゼットはそう言い残して、さっそうと部屋を出て行った。

 逃げたな。

 知らない人に話しかけられてパニックを起こし、お茶だなんだと言い訳をして逃げ出したのである。


「貴方と違って、お姉さんは聡明なようね。貴方の腐った目と違って、聡明で済んだ瞳をしていたわ」

「……そっすね」


 ぼっち陰キャのくせに、外面は良い姉である。

 その演技力はラスボス様にも通用したらしい。


「それよりも、ケガの方は大丈夫ですか?」

「問題ないわ」

「それにしては顔が赤い気がするんですけど、熱とか出てません?」

「そ、そんなこと無いわ!」


 アイラの頬が桜色に染まっていた気がするのだが……気のせいらしい。

 しかし、それ以上に話題は無い。

 沈黙が部屋を満たす。

 なぜか、アイラはジッとクロードの顔を見て来る。気まずい。


「……とても不本意ながら、さっきは私を助けてくれたわね。ご、ご褒美をあげるわ」

「ご褒美……ってなんですか?」


 どうせなら金目の物が良い。売ってショパンの飼育資金にしたい。

 だが、アイラがそんな単純な物をくれるだろうか。

 むしろ『これがご褒美よ。豚のように喜びなさい!』とか言って、ぶっ叩いてくるかもしれない。


「少し頭を下げなさい」

「はぁ……はい」


 クロードが頭を下げると、アイラはそっと手を乗せた。

 そして子供を褒めるように、よしよしと撫でる。

 ぎこちない動きなのだが、なんとなく感謝していることだけは伝わって来る。


「ど、どう? 気持ち良い?」

「いや、下手くそです」

「はぁ⁉」


 アイラは撫で方が下手くそだった。

 ガッシャガッシャとぎこちなく動かれては、気持ちが良いわけがない。

 乱暴な父親が子供にシャンプーするときだって、もう少し丁寧である。


「じゃあ、貴方がやってみなさいよ!」

「こんな感じでやるんですよ?」

「ふ、ふにゃぁー」


 アイラの頭やアゴを撫でると、猫みたいな鳴き声を上げた。

 本物の猫なら喉を鳴らしていそうだ。


「がうがう!」


 それを見ていたショパンが、『僕も僕も!』とベッドに飛び乗って来た。

 クロードが片手でショパンを撫でまわすと、お腹を見せて喜ぶ。

 こしょこしょとショパンのお腹をくすぐると、嬉しそうにパタパタと手足を振っていた。


 しかし、片手で女の子を撫でて、片手でドラゴンを撫でまわす。

 傍から見たら異様な光景だった。


「お茶をお持ちしました……なにやってるの?」


 がちゃり。

 扉が開くと、お茶の乗ったトレイを持ったリゼットが入って来た。

 中の光景を見ると、あぜんと口を開いた。


「変態……⁉」

「ち、違う。誤解だ!?」


 リゼットの誤解を解くのに、しばしの時間を要した。

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