第8話 戦利品

 男が薬を飲み干したのを見て、アイラはくすりと嘲笑した。


「あらら、さらに薬頼りなんて……弱者は可哀そうね」

「たダの薬ジャないデすよ」

「これは……」


 男の持った魔剣が、怪しく輝きを放った。

 同時に男はがくがくと震え始める。内側から何かが飛び出すように、体を何度も跳ねる。

 ベキベキベキ!!

 男の体が変わっていく。肉が膨れ、骨が伸び、肌が鱗のように固くなり、獣のように顔が変わる。

 ドラゴンだ。

 変化の終わった男は、半人半竜の化け物へと変わっていた。


 魔剣の素材となる龍結晶は、竜の死体から作られる。

 そして魔剣は竜の力を人に宿す。

 魔剣の力を真に引き出すことができれば人は竜へと至る。

 そんな世迷い事をアイラも聞いたことがあるが――実態はずいぶんと醜いものだった。


「気色が悪い。虫けらが害虫に成り下がったわ」

「まズは、その減らズ口から止めマしょうカ」


 ズガン!!

 化け物へと変わった男が地面を蹴った。それだけで地面が爆ぜる。

 気が付いた時には、アイラの目の前に男が迫っていた。


「ごふっ!?」

「お返しデす」


 アイラの腹部に衝撃が走る。

 男に拳で小突かれた。それだけで、内臓をぐちゃぐちゃにかき回されたような痛みが走った。

 ドッ!!

 腹パンの衝撃で吹っ飛ばされたアイラは、ごろごろと地面を転がった。


「かはっ!!」


 なんとか立ち上がると、口から赤い血が飛び出した。

 たった一撃で、内臓にダメージが入った。

 ズキズキと痛む腹部を抑えながら、アイラは男を睨みつける。


「害虫の分際で、調子に乗らないでくれるかしら……」

「流石に気ガ強いでスね。嫌いジャ無いでスよ」

「殺す」


 アイラは剣を握りしめ駆け出した。

 しかし、アイラの攻撃は男の素手で弾かれる。男の肌を覆った鱗すら切り裂けない。

 ブンブンと剣を振るっても、全て軽くあしらわれる。

 完全に遊ばれていた。


「殺す殺す殺す!!」

「遊びは終ワりにしまショう」


 ガン!!

 男が何気なく腕を振るうだけで、もはやアイラにとっては致命傷だ。

 なんとか剣で攻撃を防ぐが、衝撃を受け止めきれずに吹き飛ばされた。 


「ぐっ……このっ!!」

「見テくだサい。魔剣を介セばこンなことモできマす」


 男が魔剣を突き出した。

 すると、魔剣が強い輝きを放ちだす。

 ゴウゴウと周りの待機を震わせるほどの魔力が、魔剣に集中していた。

 アイラはこの現象とよく似た物を知っている。

 龍が口から放つ魔力の奔流。あらゆる物質を消し飛ばす、龍の咆哮ブレスが放たれる時と同じ現象だ。


「安心してくだサい。殺しはしませン。タだ、半身とはお別レを告げておいた方が良イですネ」

「ッ――⁉」


 魔剣から光がほとばしる。

 避けれない。

 本能で察してしまったアイラは、ギュッと目をつむった。


 ズガン!!

 しかし、光がアイラを貫くことは無かった。

 代わりに、近くで爆発が起こり爆風によってアイラの体がよろめいた。

 スッと誰かがアイラの体を支えてくれる。何者かと顔を上げると。


「あのぉ、大丈夫ですか?」

「っ!? さっきの変態……⁉」


 温泉で出会った変態――クロードが立っていた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 クロードとショパンは、温泉でゆっくりした後に山を下っていた。

 すると、なぜか人が倒れているし、アイラが竜っぽくなった人と戦っている。

 いったい、何が起こっているのか。本来のストーリーでは、こんなシーンは無かったはずだ。

 とりあえず首をかしげながらも静観していたクロードだが、アイラが殺されそうになっていたので、つい助けに入ってしまった。

 ラスボスがこんな所で死んだら、ストーリーが壊れてしまう。


「がうがう!」

「……まさか、そのドラゴンのブレスで相殺したの?」


 ショパンが『感謝しろよ!』と、ドヤ顔でアイラを見上げていた。

 アイラの予測通り、ショパンのブレスによって魔剣からの攻撃を止めたのだ。

 ショパンは見た目は白いふわふわだが、中身は裏ボスだ。

 あれくらい止めるのは朝飯前である。


「ショパン、その調子でアイツを倒してくれるか? 俺みたいなモブじゃ勝て無さそうだからさ」

「がう!」


 ショパンは、『任せとけ!』と尻尾を振ると走り出した。

 なんだか、投げたボールでもを取りに行くような足取りだ。


「何でスか。この小さイのは、消し飛ばシて――うボぉぁ!?」


 ショパンは頭から男に突撃、見事な頭突きを食らわせた。

 頭突きは見た目以上に威力があるらしく、男は空中に投げ出されていた。


「がうぅぅぅぅ……がう!」


 ショパンはトイレでもするように力むと、口から光線を放った。

 その光は男に直撃すると、花火のようにキレイな爆発を起こした。

 見た目は綺麗だが、威力はしっかりしているらしい。

 ボロボロになった男が落ちてきた。男はどさりと地面に転がると、ピクピクと痙攣していた。

 喋り方が面倒臭いので、二度と立ち上がらないで欲しい。


「な、なによ。その……ドラゴン。強すぎるじゃ、な……」

「うぇ!? 大丈夫ですか⁉」


 アイラは安心したのか、ぱたりと気を失ってしまった。

 どうせなら状況を説明して欲しかったのだが、仕方がない。


「ボロボロだし……連れて帰るしかないか……」


 本音を言えば、アイラには関わりたくないのだが……さすがのラスボス様でも、ボロボロの女の子を捨てていくのは可哀そうだ。

 クロードはアイラを背負って、連れて帰ることにした。


「がうがう!!」


 ショパンが尻尾を振りながら駆け寄って来た。

 ついでに、男を咥えてズルズルと引きずっている。

 たぶん、『獲物を捕らえたから褒めて!』と言っているのだろう。


「よしよし、そいつも連れて行くか。ついでに、魔剣は高く売れるはずだ……売り払って美味しいものに化けて貰おう」

「がう!」


 美味しいものと聞いて、ショパンも喜んでいる。

 モンスターとは出会えなかったが、魔剣は美味しい収穫だった。

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