第7話 襲撃者たち

「な、なんなの、あいつー!!」


 黒いドレスを着たアイラは、ガシガシと地面を踏みしめながら山を降りていた。

 使っていたタオルは魔法で乾かし、バッグに仕舞った。

 たまには田舎の秘湯に入るのも良いだろうと、アイラははるばるモブダーソン領にやって来ていた。

 ぞろぞろと人を連れて歩くのも邪魔だったため、護衛などは近くの街に待機させてある。

 のんびりと風呂に浸かりストレスを解消するはずが、むしろ変な男に会って機嫌を損ねていた。


「変な圧迫感があって、つい泣いてしまうし……ぐうぅぅぅ、この! 私が!! 人前で泣くなんて!!!!!!!!」


 アイラは物心が付いてから、ずっと仮面を被り続けてきた。

 母は毒殺されて死んだ。父はアイラの事を政治の駒としか考えていない。兄弟姉妹たちは蹴落としあい、王の座を狙うライバルだ。

 誰も信用できない。

 涙など――弱さを人に見せれば破滅する。


「うぅ……アイツの顔を思い浮かべると胸が苦しくなって、顔が熱くなる。ストレスのせいね」


 アイラはキュッと胸を抑えて、顔を紅潮させた。

 傍から見ると恋する乙女なのだが――実際どうなのかは誰にも分からない。

 本当にストレスかもしれない。


 そうしてアイラが山を降りていると、前から人が登って来た。

 顔は見えない。黒いフードを被って隠している。

 その足取りは、明らかに素人ではない。

 アイラは腰に下げた剣に手を伸ばす。


(……うっかりしてた。囲まれてる)


 チラリと後ろを見れば、同じようなコートを着た男たちが山から飛び降りてきた。

 周りは囲まれている逃げ場はない。

 襲われる理由はいくらでも思い当たる。自身の兄弟姉妹たちか、ドラクロアの資源を狙う他国の者か――しかし、敵がなんであれ関係ない。


「死にたくなければ退きなさい」


 アイラは剣を引き抜く。

 銀色の刃が、ギラリと光を放った。

 アイラはゲームではラスボスを務める女だ。

 始めからラスボス級に強いわけでは無いが、今の状態でもドラクロア公国の才女として名が知られている。

 特に剣と魔法による『武』において、彼女は負けを知らない。

 ……つい先ほど、変態の威に押し切られたが、アレはノーカウントである。


「流石はドラクロアの姫君。聞きしに勝る気迫だな」

「さっさと逃げれば許します。あぁ、だけど運が悪かったわね。ちょっと機嫌が悪いから、手足を数本ほど貰うわ」

「ククク……それは、出来ぬ相談だな!!」


 フードの男が剣を抜いた。

 その剣の刀身は、暗い緑色の水晶のようなもので出来ていた。

 明らかに普通の鉱物ではない。


「龍結晶の剣……魔剣を持ち出すなんて、貴方の雇い主は羽振りが良いようね」


 龍結晶とは、死した竜の死体が長い年月をかけて変化した鉱物だ。

 それは様々な武器や兵器に用いられる。

 そして龍結晶を用いた武器は、総じて『魔剣』と呼ばれる。

 魔剣には竜の力が宿り、その武器を振るうものには龍の力が宿る。

 簡単に言えば、使用者を強くする武器だ。


 しかし、龍結晶は希少な鉱物。

 近年ではドラクロア公国で大きな鉱脈が見つかっているが、それでも高値で取引されている。

 そんな武器を賊に渡すとなると、依頼主は金が余って仕方がないのだろう。


「いやいや、姫君にはそれだけの価値があるのですよ。ケガをしたくなければ大人しく付いて来い。と言いたいところですが……姫君は言っても聞かないでしょうね!!」


 フードの男は魔剣を振りかざして走り出した。

 痛めつけてからアイラを誘拐するつもりらしい。


「高い玩具を貰った程度で、はしゃがない事ね」

「なにっ!?」


 ギン!

 アイラは男の攻撃を剣で受け止めると、するりと受け流した。

 さらに、攻撃をいなされ体勢を崩した男の首に、ためらいなく刃を振るった。


「ぐおぉ!?」

「あら、面白い大道芸」


 男は必死に体をそらして、間一髪で刃を避ける。

 しかし、アイラの攻め手は終わらない。

 剣を振るった勢いのまま、踊るようにくるりと回転。男の腹に向かって足を振り上げた。


「ごふっ!?」


 ゴッ!!

 内臓を震わせたような、鈍い音が響く。

 男はうめき声のように息を吐くと、どさりと膝をついた。


「魔剣を持ってこの程度……虫ケラはしょせん虫ケラね。大人しく地面を這いずってなさい」


 アイラは男の頭を踏みつけて、地面に押し付けた。

 悔しそうに土を舐める男を見て、アイラはニヤリと笑った。

 やはり、人の上に立つのは愉しくて仕方がない。


 しかし、これをずっと愉しむわけにもいかない。

 敵は他にもいる。


「テメェェェ!!」

「クソガキがぁ!!」


 この男がリーダーなのだろう。

 アイラを取り囲んでいた賊たちが、激昂して襲い掛かって来た。

 しかし、遅い。


 アイラはぴょんと宙に飛ぶと、くるりと頭を下にして地面を見た。

 すっと腕を伸ばして、手のひらを開く。


「メギラ」


 アイラが唱えると、手のひらから炎の弾が飛び出す。

 ドガン!!

 地面に落ちた炎が爆発して、地面をえぐった。


「ぐあぁぁ!?」

「がぁぁぁぁぁ!?」


 爆ぜた地面から、破片が飛び散る。

 この山の表面は固い岩でできている。その破片は弾丸のように飛び散って、賊たちを襲った。

 たった一撃の魔法で、賊たちは半壊した。

 もはや、勝ち目が無いのは明らかだ。


「さて、私を襲ったってことは……遺言は残してあるのよね?」

「くくく……」

「壊れちゃった?」

「いいや、壊れるのは姫君ですよ」


 バッと、フードの男が何かを取り出した。

 それは小さな小瓶だ。中にはどろりとした緑色の液体が揺れている。

 男は瓶を開けると、グッとそれを飲み干した。 

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