第6話 ラスボス?

 ラスボス様は温泉の縁に腰かけ、微笑みながらクロードを見下ろした。

 クロードは思わず正座をする。叱られている子供みたいだ。


「貴方はこの辺の子供かしら?」

「子供って……同い年じゃん……」

「何か言った?」

「あ、いえ。いちおう、モブダーソン男爵の子供です」

「あら、それは凄い偶然ね。貴族だったなんて」


 ラスボス様はわざとらしく口に手を当てて目を開く。

 そんな仕草でも可愛いのだから、美人は特である。


「賢い貴族なら、私が誰かご存知かしら?」

「はい……隣国の姫君。『アイラ・モルト・ドラクロア』様です」


 クロードたちが住む国の東側には、大きな山脈が連なっている。

 その山脈の向こう側、山に囲まれた場所にあるのがドラクロア公の治める『ドラクロア公国』だ。

 ドラクロア公国は山に囲まれていることもあり、国土は小さく、人口も少ない。だが、山に囲まれていることで侵略もされ辛い。

 長い間、独立を保っている小国だ。

 

 「よく出来ました」


 アイラはにこりと笑った。

 しかし片手を上げると、自身の頭をわざとらしく撫で、困ったように眉を下げる。


「なのに、そんなお姫様の頭を蹴っ飛ばした人が居るのよねぇ。あー、痛いなぁー」

「す、すいませんでしたぁ!!」


 クロードは水面ギリギリまで頭を下げる。

 やはり、転んだ時の悲鳴は幻聴では無かった。

 まさかお姫様の頭を蹴っ飛ばしていたとは想像もしなかったが。


 しかも、近年になってドラクロア公国からは、兵器に有用な希少鉱物が見つかっている。

 そのおかげで近隣諸国への影響力を強めていた。

 アイラの機嫌次第では、モブダーソン家などぷちっと潰されてしまう。

 なんとか許して欲しいのだが……難しいかもしれない。


「謝罪をするにしては、頭が高いんじゃないかしら?」

「いや、これ以上は……下げると溺れるんですけど……」

「そう言ってるのよ?」


 ガッ!

 クロードの頭に重みが乗っかる。アイラが真っ白な足を伸ばして、クロードの頭に乗せていた。まるで足置きのように。

 なんとか顔を動かしてアイラを見上げると、先ほどまでの微笑みが嘘のように、ニヤニヤと蛇のような笑みを浮かべている。

 

 これである。

 アイラはゲーム内で、嗜虐的で支配欲の強いキャラとして描かれていた。

 その欲望の矛先はクロードたちが住んでいる国に向いており、お手軽に侵略をするために国家転覆を企んでいるヤバい女なのだ。

 正直言って、関わりたくないキャラランキング堂々の一位だった。


「あの、死なない事なら何でもするんで……足とか全然舐めるんで許してください」


 その後は路傍の石ころ程度に思って欲しい。二度と関わらないで欲しい。


「そうね。どうしようかしら……」


 そう言いながらもアイラは許してくれる気はないようだ。グイグイと足で踏みつけられる。

 さっさと溺れ死ねとの催促だ。


「がう!!」

「あ、ショパン止めとけ……」


 しかし、飼い主のピンチとあれば放っておけない忠犬が一匹。

 ショパンはパタパタと翼を動かして宙に浮かびながら、ガルガルと威嚇をした。


「そのドラゴン……躾がなっていないようね」


 流石にお姫様ともなると、ドラゴンの子供程度では驚かない。

 だが、反抗的なショパンの態度が気に入らないらしい。鋭い目で睨んでいる。

 しかし、「ああ、そうだ」と頬に手を当てて可愛らしく言うと、ニヤリと嗜虐的に笑った。


「そのドラゴンの肉が食べたいわ。柔らかくて美味し――きゃ⁉」


 ザバン!!

 アイラが言い終わる前に、クロードが立ち上がった。

 クロードの頭に足を乗せていたアイラは、足を持ち上げられてひっくり返る。

 ゴツン!!

 鈍い音を鳴らして、固い床に頭をぶつけていた。


「いっ――!!??」


 アイラは頭を抑える。先ほどまでのような『いったーい☆』なんてぶりっ子とは違って、本気で痛いようだ。

 涙を浮かべながらキッと目を開いた。


「貴方ねぇ――ぴぃ⁉」


 ガン!!

 床に転がったアイラの顔のすぐ横に、クロードの手のひらが落ちた。

 衝撃で床の石がバキンと割れる。


「な、なによ。私を襲うつもり!?」


 寝そべったアイラの上に、クロードが覆いかぶさる。

 構図的には床ドンである。もっとも、そんなロマンチックな物ではないが。


「そんなつもりはありません。俺はアイラ様に謝罪をするつもりです」


 本心からそう思っている。

 先に無礼なことをしたのはクロードだ。申し訳ないと思っているし、償えるのなら相応のことをする。

 しかし、だからと言って、何でも許せるわけじゃない。


「ただ、ショパンを含めた俺の家族に手を出すつもりなら――絶対に許さない」

「うぐぅ……」


 床に転がったアイラの瞳から、ぽろぽろと涙が落ちた。

 マズい。やり過ぎた。

 ショパンを殺すと言われてつい怒ってしまったのだが、泣くほど怖がるとは思わなかった。


 そもそも、クロードとアイラでは強さが違う。

 アイラは、まだラスボスを務めるほどの強さがあるわけでは無いが、それでも凡人のクロードと違って文武両道の才女だ。

 こんな簡単に組み伏せられるはずが無かった。


「と、ともかく、なんでもするんで許してください……」

「……後日、連絡するわ」

「あ、はい」


 アイラを開放すると、クロードを人睨みした後、スタスタと更衣室の小屋へと走りだした。


「あの、走ると転びますよ!」

「そんなの分かってるわ!! ――ぴぃ⁉」


 途中でツルリと滑りながらも、なんとか小屋へとたどり着いていた。


「はぁ……面倒な人と知り合いになっちゃったなぁ」

「がうぅ」


 アイラのせいで気苦労したクロードたち。

 疲れを取るために、温泉へと深く浸かった。

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