第5話 ラスボス
「お前ら、なにやってるんだ?」
二人と一匹が首を傾けていると、屋敷から父が出てきた。
「父さんこそ、似合わない格好してるな?」
普段の父は、貴族とは思えないような質素な服を着ている。
しかし、家から出てきた父は社交場にでも出向くような洒落た礼服を着ていた。
「似合わないは余計だ。なんか、近くの街にお偉いさんが来てるらしくてな……俺も顔見世くらいには行かなきゃならんのだ……」
父はげっそりとした様子でぼやいた。
まるで休日出勤を命じられた社畜のようだ。体中からうんざりオーラが漏れ出ている。
嫌だよね。休日出勤。
その後、クロードたちは馬車に揺られて街へと向かう父を見送った。
曲がりなりにも貴族なはずなのに、出荷される家畜のように見えた。
そしてクロードはリゼットと別れて、使い魔契約の効果とショパンの強さを計るためにモンスターを狩りに向かった。
「手ごろなモンスターが出てくると良いけどなぁ」
「がうがう!」
クロードとショパンは、ガラガラと小石の転がる山道を登っていた。
ここは馬に乗って一時間ほどで来れる大きな山だ。大した特徴の無いモブダーソン領の数少ない観光地である。
もっとも、その山に用があってもモブダーソン領の反対側から登ったほうがアクセスが良いのだが。
しかし、モブダーソン領側から山に登る利点が一つだけある。
「まぁ最悪、温泉に入って帰るだけでも良いか……」
それは山の中腹にある温泉だ。山に溜まった地下水が、火属性の魔力の影響によって熱されて湧き出ているらしい。
強い魔力を受けた影響で、温泉には様々な効能がある。傷を早く癒やしたり、体の不調を改善したりするらしい。
元は誰も知らない温泉だったのだが、クロードはゲームの知識からそこに温泉があることを知っていた。
山がダンジョンとして出てきたためだ。
クロードは少しでも領地の発展に役立つならと考えて、その温泉を探し出し、両親に伝えた。
それからじわじわと温泉は有名になっていき、現在では知る人ぞ知る秘湯となっている。
もっとも、温泉までの道のりはモンスターも出現するため、一般の人は入りづらい。
観光名所とはならなそうである。
「それにしても、山が妙に静かだな?」
「がう?」
クロードは首をかしげる。いつもなら、そこそこモンスターが襲ってくるはずなのだが……今日に限ってモンスターたちが出てこない。
クロードたちはスルスルと山に登ると、温泉のある小屋へと付いてしまった。
これでは腕試しにならない。
「着いてしまった……まぁ、せかっく来たんだし、温泉でも入るか」
「がう♪」
ショパンは温泉と聞いて、ぶんぶんと尻尾を振った。
ショパンは前世の時から水好きな犬だった。柴犬は水嫌いが多いため、珍しいことである。
人がお風呂に入っていると突撃してきて、開けろ開けろと風呂場のドアをカリカリしていたものだ。
クロードは前世を懐かしみながら小屋に入る。
ここで服を脱いで温泉に入る仕組みだ。残念ながらタオルなどは置いていないが、クロードは魔法が使えるので問題ない。
「がう!!」
「あ、こら、勝手に入ろうとするなよ⁉」
ショパンが勝手に温泉へと突撃しようとするので、クロードはそれを足で邪魔しながら服を脱いだ。
雑に脱いだ服を、置いてあるかごに投げ入れる。
「よし、行くか」
「がう」
ショパンと共に温泉に突撃。
温泉には白い湯けむりが広がっていた。もわもわとして、数メートル先も見えない。
「ちょっと寒いな……」
クロードは肌をさすりながら呟いた。
標高が高いせいか、春なのに肌寒い。クロードはいそいそと温泉へと走った。
良い子は水場で急いではいけない。なぜなら、滑って転ぶからだ。
――このように。
「どぅわぁ!?」
「きゃ⁉」
ゴッ!
何かにつまづいたクロードは足を滑らせてすっころぶ。
幸いなことに、転んだ方向には温泉が広がっていた。
バッシャン!!
クロードは下手くそな飛び込みのように、顔面から温泉に突っ込んだ。
「あぶぶぶぶぶぶぶ!?」
手足を振って、バシャバシャともがく。
すっ転んで顔面からダイブしたせいでパニックを起こし、浅い温泉でおぼれかけていた。
なんとも間抜けだが、本人からすると死活問題だ。普通に溺れ死ぬ。
もがいていた手に、柔らかい何かが当たる。クロードはそれを掴んで、なんとか立ち上がった。
目をギュッとつぶったまま、必死に空気を吸った。
(助かっ――いや待てよ。そういえば、転んだ時に女の子の悲鳴が聞こえた気がする……)
クロードの頭から血の気が引いた。
もしかして、ラノベの主人公みたいなことをやらかしているのではないかと。
具体的に言えば、女の子の胸を掴んでいて『キャー!? 主人公さんのえっちー!!』みたいな奴である。
ああいうのは主人公だから許されるのであって、モブがやらかしたら死刑まっしぐら。
実際、訴えられたら普通に勝てない。
クロードは恐る恐る目を開く。
「がう!」
「……なんだショパンのお尻か」
クロードが必死に掴んでいたのは、ショパンのお尻だった。
よくよく考えれば、普通に毛の感触でふわっとしている。明らかに人間ではない。
「あぁ、良かった」
「……まったく良くないんだけど?」
びくりとクロードは体を震わせた。
聞こえてきたのは知らない女の声だ。極寒から響くような底冷えする冷気を纏っていた。
声だけで分かるほど、明らかに怒っている。
ギギギ。クロードは錆びたロボットのように首を動かす。
(こ、こいつは……⁉)
そこに居たのは、クロードと同い年くらいの女の子だ。
長い黒髪を頭でまとめて、白いタオルで体を隠している。
にこりと微笑んでいるが、目は全く笑っていない。氷柱のように冷えた瞳でクロードを睨んでいた。
可愛い子が怒ると、ここまで凄みを出せるのかと思い知らされる。
しかし、クロードが驚いたのは、可愛い子が怒っていたからではない。
ましてや、思いがけず女の子と混浴できたからでもない。
彼女に見覚えがあったから、彼女のことを知っているからだ。
温泉で偶然出会ったこの子は――
(ゲームのラスボスじゃん⁉)
ラスボス様だった。
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