第2話 お姉ちゃん

 クロードは無事に森を抜けて、田舎のあぜ道を進み、屋敷へと帰って来た。

 モブダーソン家は田舎の貧乏貴族だが、それでも貴族は貴族。

 住居としている屋敷は、質素だがそこそこ大きい。

 田舎なため敷地は余っている。そこそこ広い屋敷の庭では、ベンチに座って長い銀髪の美少女が本を読んでいた。


「姉さん、ただいま」


 クロードは天性のモブ気質だが、人より恵まれている点があるとしたら、この姉『リゼット』の存在だろう。

 全体的にパッとしないクロードと違って、リゼットは『容姿端麗』『文武両道』。

 クロードはリゼットの残りカスから作られたのではと疑うほどの姉弟格差がある自慢の姉だ。


 ただ一つだけクロードが勝っている部分があるとしたらコミュ力だろう。

 リゼットはすでに魔法学校に通って一年が経つが、友達は作れなかったらしい。

 果実水を飲みながら、酔っ払いのように愚痴を吐いていたことがある。


「おかえりー。お姉ちゃんはお茶をご所望だぞー……なんで犬?」


 帰るなりお茶を要求してきたリゼット。しかし、ショパンを見るとカクンと首をかしげた。

 ショパンも真似をして首をかしげる。

 どうやら、犬だと思っているらしい。確かに、抱いていると翼が見え辛く犬に見えるかもしれない。


「いやいや、犬じゃなくてドラゴンだって、ほら」


 クロードはくるりとショパンを回して翼を見せた。

 まだショパンもアピールするように、翼をピコピコと動かす。


「わぁー、本当だー。って、ドラゴン拾ってきちゃったの!?」


 リゼットは目を丸くして、ショパンを見詰めた。

 まさか、森に行った弟がドラゴンを拾ってくるとは、夢にも思わないだろう。


 この世界でのドラゴンは、ちょっと珍しいモンスターくらいの立ち位置になる。

 ドラゴンの種族によって希少性は変わるが、どんな人でも一生に一度は、空を飛んでるのを見かけることがあるくらいの珍しさだ。

 モンスターを退治して生計を立てている冒険者などは、弱いドラゴンを倒せるようになって一流と言われている。

 

 そんなレアモンスターくらいのドラゴンだが、その子供となると希少性は跳ね上がる。

 なにせ、ドラゴンの巣が作られるのは、切り立った山の上、灼熱に燃える火山の奥、極寒に包まれた雪原などの秘境に作られることが多い。

 ドラゴンを相手に戦う一流の冒険者だって、その子供に出会う機会は無い。


 リゼットもその希少性は理解しているだろう。

 暇さえあれば本を読んでいるため博識なのだ。

 学校でも、話し相手が居ないからずっと読んでいると言っていた。


「ど、どこで見つけてきたの?」

「森に落ちてた」

「そんな、ひな鳥じゃないんだから……」


 リゼットは本をベンチに置いて立ち上がる。

 そして興味津々の様子でショパンを見回していた。


「そもそも、拾ってきてどうするつもりなの? ウチじゃ飼えないよ」

「え、なんで?」

「だって、ドラゴンなんて凄く大きくなるし、一杯食べるから食費もかかるし、そもそも誰が面倒を見るの?」

異世界こっちまで来て、そんなお決まりな理由で駄目だなんて……」


 リゼットから飛び出したのは、なんとも庶民的なペット禁止理由だった。

 日本でも子供が動物を拾ってきたときに、百万回は言われていそうなお決まりの言葉だ。

 しかし、そんな理由でショパンを諦めるわけにはいかない。


「大きくなっても土地は一杯あるし、食費も狩りとかで頑張るから。面倒はもちろん俺が見るし」

「そうは言ってもねぇ……」


 リゼットは困ったように眉をひそめる。

 リゼットは手持ち無沙汰からか、ショパンのアゴに手を伸ばすと、こしょこしょとくすぐった。

 喉を鳴らして喜ぶショパン。人懐っこさは前世から変わらない。

 にこりと笑って、リゼットの手をぺろぺろと舐めた。お返しなのだろう。


「うぐぅっ……分かった。お姉ちゃんも、お父さんたちの説得を手伝ってあげる」


 ショパンに舐められると、リゼットは胸を抑えて苦しんだ。

 どうやらハートを撃ちぬかれたらしい。

 ころりと、ペット容認派に鞍替えした。


「おぉ、見事な即落ち」

「うるさい……とりあえず、軽く洗ってあげようか。薄汚れてると見栄えが悪いし、キレイにした方が飼育の許可も下りやすいでしょ」

「了解」


 そうして、クロードたちはショパンをピカピカにして、交渉への準備を進めた。

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