オペレーション・プロローグ

第1話 オペレーション・プロローグ(1)

 >>東京湾内//航空護衛艦【あまぎ】甲板上>>


 もうもうと立ち上る入道雲と、海を紺碧こんぺきに照らし下ろす太陽。

 八月。猛暑。東京湾。

 展開する護衛艦隊の旗艦である空母【あまぎ】の飛行甲板はオペレーターたちの叫ぶような声であふれていた。領空侵犯、東京上空を目指していると思われる敵三機に対して、スクランブル命令が下りたからだ。敵勢力は空と陸、両方で東京を脅かそうとしている。

 最新鋭戦闘機であるF-3【心神】がカタパルトの発艦位置へ誘導される。F-2【ヴァイパーゼロ】を更新する次世代多目的機マルチローラーとして開発された双発ステルス戦闘機だ。特徴の一つであるダーク・ダークブルー、あふれんばかりの真夏の陽光をも吸い込む深い青の機体は射出までどっしり身を構えた。

 搭乗する女性パイロットが、早期警戒管制機AWACSから送られてきた敵機情報共有HUDを操作しつつ、発艦前の最終チェックを開始する。操作系統、計器……。

 フラップ、ラダー、スタビライザーを目視。兵装システムを立ち上げる。

 オールグリーン。

 全てのチェックが完了し、パイロットは操縦桿をあらためて握った。

 眼前には東京湾いっぱいに広がったコンビナートと、その奥にある数々の超高層建築物、そして大きな入道雲……。

 ――さえぎるものはない。ジェットエンジンを吹かした。ジェットブラストディフレクターに当たる排気噴流。切り裂き渡る大幅音が甲板を支配する。


 電磁カタパルトが開放された。F-3戦闘機は放たれた矢のように空母から離陸すると、瞬く間に高速域へと達し、東京の空に急上昇した。




 >>東京都//中央区//銀座//中央セクター>>


 敵は既に東京の主要インフラ網のいくつかを占拠し、あらかじめ国内に忍ばせていた大量破壊兵器を、日本鉄道網にとっての歴史的で象徴的な、そして現在のインフラの完成形である東京駅その正面、日本橋三丁目の交差点に輸送した。リアルタイムの衛星写真で見た限りならば、それはN生物B化学Cのいずれの兵器にせよ、開放してさえしまえば、この国の根幹が再起不能なまでに破壊されてしまうだろうというのは簡単に想像がつく、それくらいの厳重なパッケージングが施されている。

 その大量破壊兵器を無力化するべく、ウィステリア小隊は、宝石みたいな街並みが続いていたここ東京の中心、銀座にて、敵部隊と交戦していた。


「作戦終了まで残り、五分!」


 終盤。銃声と爆音が響く硝煙の世界の中、ヴァンキッシュはそう叫びながら、7.62mm弾薬を使用する日本製バトルライフル「21式小銃(甲二型)」の狙いを定めて、銃口から鋭い一撃を三度放った。岩のような障害物をも破壊する(人体にでも当たればそれこそはじけ飛んでしまう、文字通りに)必殺威力な弾丸は、目標を挟んでおおよそ百メートル先、敵が隠れるコンクリート製急造バリケードの一部を粉々に吹き飛ばした。敵も負けじとヴァンキッシュの射線上へグレネードを投げ込む。もうもうと濃い煙幕が張られた。

 ――移動する気だっ、もうこれ以上時間稼ぎなんてさせたくない!


「セツナっ、アタシ、前に詰める! 援護できる!?」


 もういくつか射撃し、空になったマガジンを落とし、無線に吠えた。無線の先の偵察狙撃手リーコンが冷静に応えた。


『アブソリュートからヴァンキッシュ。その位置から真正面300mに敵戦車が来る。T-24』

「こんな時に!? なんつーいタイミング!」


 新たなマガジンに入れ替えて挿し込み、後ろを振り向きながら弾丸を装填する。

 先程までの銃撃戦で、ヴァンキッシュが今までカバーに使ってきた車両、バリケード、建物の類は、見える全てが瓦礫がれきの山々と化けている。ガラス張りに空の青を手にしていたあの銀座の街並みはもうない。正面には敵兵、敵戦車、そして大量破壊兵器。予備マガジンも残り一つ。対戦車兵器の持ち合わせはなし。


「でも――ここで引いたら時間切れになるわっ!」

『そうね』


 煙幕を突き破って、戦車榴弾が飛んできた。それはヴァンキッシュの背後十数メーターに着弾して、地形を根こそぎ取るように爆発した。破砕したコンクリ片が辺りに散乱した。ヴァンキッシュのヘルメットにも一つ当たる。

 今現在、地上で戦うウィステリア小隊メンバーは三名。その中で、制限時間以内に解除を実行できる人間は自分、ヴァンキッシュしかいない。

 だけど、敵戦車の砲撃に加えて、対人火力に優れた機銃掃射まである。野ざらしの中を走るのなんて――


『正面突破しかない。ヴァンキッシュ、合図をしたらボムまで走って』

「無茶な――」

『今から戦車にEMPアンカーを撃ち込んで短時間無力化する』

「できるっての」

『任せて』


 ここよりさらに後方、崩壊しかけたビルの暗所から、戦場を見渡していた、影が動く。

 長銀髪の狙撃手かのじょが構え直したそれは、銃身だけで長さ二メートルはあろう、対物狙撃レールガン「EVOS.173」だ。

 バックパックで背負うのがこれだけになってしまうほど大きく、しかしそれだけ高度な狙撃支援コンピューターと大容量バッテリーモジュールを含むレールガンシステムである本狙撃銃は、射出した30mm機関砲弾への電磁加速と細やかな軌道修正を行うことで、高威力かつ正確無比な一撃をお見舞いする。

 中折れ式のレールガンに、アブソリュートは重さを感じさせない流れる手つきで30mmEMP弾を装填した。

 スコープ越しに狙いをすまし、チャージを開始する。目標はT-24の射砲塔、装甲のもっとも垂直になる面――


『今っ』


 トリガーを引きヴァンキッシュが駆け出す、それよりも圧倒的に速いレールガンの雷鳴が投げ放たれた!

 それは息をのむ間も与えず、投射物即時迎撃アクティブディフェンスシステムの捕捉を突っ切って、ステルスコーティングされたT-24の黒、複合装甲に食らい込み、ねじ切り刺さる! そして――

 直後、装甲の中で発生した強烈な電磁パルス。戦車を含む周囲の電子装置をシャットアウトさせた。


『……着弾確認。無力化に成功』

「サンキュー」

『でも気をつけて、アンカーは時間稼ぎ。T-24が再起動するまでの延命にすぎない。そこからはヴァンキッシュの頑張り次第』


 瓦礫の街にずるこけそうになりながらも、ヴァンキッシュは駆ける。

 空がぶるると泣き叫んで、そうして、それほど遠くない向こうのビルの上階に、翼を失って矢尻みたいになった戦闘機が突っ込んで、大爆発を起こした。どちらかの戦闘機が機銃掃射によって倒されたのだと頭の中で整理されるよりも速く速くと、ヴァンキッシュの足は目標へ急かす。


『前方70メートル先で動き有り――伏せて』


 倒れるように体を地面にはいつくばらせると、同時に頭の上をいくつかの弾と発砲音が走り抜けていった。

 前方を見る。あと三十メートル先に解除目標があって、あとはいくつか瓦礫製てんねんのバリケードが出来上がっている。そして敵との視界はそれら遮蔽物に阻まれている。


「っはあ、はァ……っぶねえ。撃ってきたわね。感づかれた?」

『EMPは戦車の無線も落とすから……』

匍匐ほふく前進するわ。狙撃援護できる?」

『……申し訳ないけれど、EVOSはもう使い物にならない』


 戦車や艦載速射砲におけるスタンダードな口径、120mmクラスと比較し、着弾面あたりの貫徹力がそう大して変わらない、その高精度と高威力とで真価を発揮するEVOS。対物や先程のEMPに限らず、様々な任務に応用が利く。榴弾砲撃、近接信管砲による対空砲撃支援等々……。

 しかし今や、アブソリュートのレールガンシステムはバッテリーの残量を使い切ってしまい高価な置物ガラクタになってしまっていた。


『遠隔からスポットし続ける。情報と無線のリレーは引き続き任せて』

「了解。作戦継続」

『残り四分――』


 ヴァンキッシュは21式のストックをあらためて肩に当て、銃を構えながら目標まで低く、進んでいく。




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