第2話 オペレーション・プロローグ(2)




 >>東京都//中央区//銀座//北セクター>>




「わたくしの盾には敵わなくてよっ」


 いわゆるガバメントM1911ライクのポリマーブルハンドガン「HYP.45」から放たれた二発の弾丸は、胴体、続いて敵の鼻面に直撃し、最後の一撃は、弾頭の破砕効果によって、対象の脳機能を内部から完全に沈黙させた。崩れ落ちる敵がシールドブラインダーから消える一拍の間に、キャリアーはマガジンを落下させ、同時に片膝立ちの状態へ移行した。右太ももの義足に装着されたマガジンを勢い付けて差し込み、小指で奥まで押し入れた。


「さあっ、次はどなたかしら!」


 義足。彼女の右足に付いているモデルは、一般に流通される足を自然に見せるものでもなく、舗装道を高速で駆けるスプリンターのようでもなく、メカニカルで近未来的な形をしている。全地形踏破用に開発された軍用義足で、Z状の全形、アスファルトをも刺すハイパワースパイク一つと位置可変式の補助二脚で構成される接地脚で構成されており、人間サイズの鳥の脚を機械化した印象を受ける。パワーユニットが彼女の張り声に呼応するかのように、きゅいいんきゅいいん……淡々と唸る。電力供給を受けるキャリアーの強化外骨格EXOファイバーの各部位が筋繊維のように緊縮きんしゅく弛緩ちかんを繰り返し、同システムの姿勢制動用エアスラスターも外気を吸引しはじめる。

 義足による強力な足まわりとEXOシステムによる爆発的な瞬間移動能力――この組み合わせによって、キャリアーはあらゆる場面、場所においても瞬時に火力を投射しうるフットワークを実現し、同時に、小隊としての重要な役割である「強襲」「敵兵排除」を担当するにふさわしい能力を獲得していた。

 キャリアーは、装甲戦車にこそ敵う術は持ち合わせていないものの、敵歩兵にとってはまさに脅威であった。恐怖かもしれない。数十メートル遠くに引きつった顔の敵兵がいる。


「次はあなたですわね――」


 狙いを定めたキャリアー。

 ――ぼふっ! 炸裂する重苦しい空気のような音。

 スラスターが空気を射出すると同時に、EXOシステムを備えた彼女の脚が初速40kmを超える速度で駆けはじめた。弾丸をも貫通させない堅牢な盾が、空気抵抗などなんのそのと言わんばかりのテイで、迫る迫る!

 こうなった相手に対抗する手段は一つしかない。携行プラスチック爆薬「C4」だ。「C4X」と呼ばれるC4改良型爆薬であり、無線爆破が可能なタイプ。次世代爆薬となるだろう「C5」開発にあたり、実証として半導体ナノサイズレベルからの設計製造がなされた。装甲車両、特に堅牢な設計である現代戦車を人間が携行可能な量で破壊可能になったり、C4の爆発と同じ威力なら軽量化が施されていたりと、爆破力を高めながら柔軟かつ容易に扱えるようになった。対物に使われる爆破威力であるので、対人に使うにはオーバーキルもいいところだが、銃弾が効かない彼女の盾に対抗するには、しかしこれ以上なくピッタリの武装だ。

 敵兵はC4パッケージ、そして遠隔爆破用のリモコンを取りだした。フリスビーのようにC4を放り投げて、起爆スイッチを押す。

 それを目視し急制動ブレーキをかけ、盾を構えたキャリアーの目の前でミニ爆薬がグレネード大の爆発を起こす。


「それでこそ倒しがいがあります!」


 しかしキャリアーも負けてはいられない。EXOの跳躍力を生かして横10メートルにスライド移動。HYPを構え、一発牽制射。精密エイム射撃でなかったために弾丸は敵近くの瓦礫に当たってはじけたが、構わず続けて二発連続。

 もう一度C4が彼女との間に飛来し、爆発――はじけた瓦礫と灰色煙。イヤーマフで保護されている彼女の耳も、二度の至近爆発によって一時的に聴覚能力を喪失――キャリアーは敵兵を見失う。

 普段の彼女は穏やかな淑女、服装と立ち振る舞いも合わせればその見た目は完全に令嬢そのものであるが、今のキャリアーは獰猛な捕食者だ。自分のテリトリーに入った敵へ食らいつかんとばかり、目をぎらつかせている。


『アブソリュートよりキャリアー』


 無線が入る。セツナからだ。キャリアーは聴覚を一時喪失しているが、聞こえるのは、これは耳を通して処理するのではなく、脳に信号を送って処理しているからだ。通信はいたってクリアだ。


『ヴァンキッシュが支援を求めている』

「敵との駆け引きの最中です」


 強烈な苛立ち(苛立ちというには敵意がある。これは闘争精神からくる獰猛な焦りだ)を隠しつつ、返す。


『歩兵は処理したが、T-24との交戦に入った。ヴァンキッシュに撃破能力がない。そこでキャリアーが対峙している敵兵のC4を流用させてもらう』


 しかし、向こうの戦況が厄介だと理解したキャリアー。今自分ができることは、敵を素早く卸して、C4を奪うこと――


「――なるほど分かりましたわ。少々お待ちくださいまし」

『敵位置のスポット情報を同期する。アップロード――』


 共有された敵の姿が赤く表示された。

 瞬間にキャリアーは、獣の咆哮のごとく、スラスティングを全開にする。

 EXOスーツの能力をフルに生かし、義足で瓦礫足場を踏破し、敵の上空めがけてジャンプした。

 空中に現れた大型の盾。しゃがんでいる敵は空を仰いで目を丸くし――

 盾をひと思いに叩きつけた。そしてHYPを三度、敵の頭にぶちまけた。




 >>東京都//中央区//銀座//中央セクター//オブジェクト周辺>>


 凍土から目覚めたる巨熊のごとく、黒の車体色それよりもさらに飢える主砲の闇を覗かせながら、T-24はヴァンキッシュの潜むオブジェクト周辺まで急接近した。ヴァンキッシュは今まさに解除装置を設置し終わり、物陰で一人、巨大な機械的たる死の気配を感じながら、息を潜めていた。


『通信をリレーする。キャリアーよりヴァンキッシュへ、C4を確保、これより敵戦車に接近して爆薬を設置する』


 ヴァンキッシュは応えない。


『続いてスカイキーパー。制空権掌握。航空支援を開始する』


 ディヒューザーがオブジェクトの無力化をするまで、一分三十秒。

 オブジェクトは、戦車砲でさえ簡単には通さない強固なパッケージングが施されている上、厳格な発動プロセスを経てはじめて起爆する仕様である。過剰な砲撃は敵にミッション失敗という結果をもたらす。

 戦車砲が轟く。近接センサー搭載の戦車は既にヴァンキッシュの位置を把握しており、キルするため瓦礫の遮蔽物と丘陵を取り払いにかかる。


『おまたせいたしましたわっ』


 乾いたコンクリ片の音とは全然違う、独特の空出音が迫ってきた。キャリアーだ。

 スポットされた戦車の上部機関銃がぐるっと回転したのが障害越しに分かった。

 クリッキー(実際はもっと暴力的である)な発砲音がキャリアーを襲う。

 キャリアーはそれを右! 左! 右! 急制動でいなすと、戦車砲塔の真上に飛び上がって乗った。

 EXOシステムで機関銃砲塔を殴りつけ、無力化すると、C4Xを設置する。


『仕上げはスカイキーパーに任せました。マーキング開始』

『了解。マーキングを維持。爆弾射出と同時にC4の起爆を』


 その間、戦車は気性難の競走馬を思わせる、まるで飛び回るかのように地形を移動して、キャリアーを振り落とそうとする。

 空を仰ぐ。空色に溶け込む蒼の戦闘機が急旋回してこちらに向かってくる。スカイキーパーのF-3【心神】だ。機体下部のウェポンベイが開かれる。指向性滑空誘導爆弾のお出ましだ。


『ロックオン完了。――射出!』


 その瞬間、T-24の上部に強い衝撃が走った。キャリアーの離脱と同時に起爆されたC4爆薬は、車体上部に大きなへこみを形成した。搭乗口は大きく変形しており、撃破とまでは行かなかったが、これで搭乗員は離脱できず、そして投射物即時迎撃システムも不全になった。

 空を滑空する爆弾が目標上空近くまで到達する。そのまま着弾態勢に入る。

 5、4、3、2、1――




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