第5話 ニンゲンたちのみじん切り
姫さまは言いました。
「ここに来るニンゲンの数をゼロにすることです。それが唯一、ここにいるニンゲンたちを救う方法です。あなたのような美しく
「しかし、そのような大きな使命を、果たすことができる気がいたしません。」
「使命を果たそうとしなくても構いません。ただ、自分を信じて生きなさい。そして感謝を忘れずに生きなさい。そうすれば、何もしなくても、きっと大丈夫です。」
姫さまはその白く美しい指で、わたしの涙を拭いてくださいました。赤猪子もこちらに近づくと、その力強い腕で私の頭をやさしく撫でると、こう言ってくれました。
「おまえのような美しい
「赤猪子ったら、ロマンチストですね。」
姫さまが茶化すように言いました。
「う、うるさい! むしろ、かくのごとき麗しき乙女に声をかけないほうが、男としてどうかしている。」
「ふふ、赤猪子ったら、あなたに一目惚れらしいね。」
「やめい、恥ずかしいわっ!」
赤猪子の婚姻は残念ながら、今は受ける気にはなれません。でも、とっても強くたくましく、素敵な男性だと思います。自然と、私の顔には笑顔が弾けていました。ええ、この建物にいる多くの人々の姿を見ると、悲しいのに変わりはありません。しかし、まだ希望は捨てられたわけじゃない。神さまが最後の望みを、私たち若者に託してくださっている。そう思うと、懸命に生きてやらなきゃいけないと思えます。神さまに恥じないように、一生懸命に生きる。それがきっと、私たちのお務めなのだと思います。
そして、いつかこの建物を訪れる人の数が、ゼロになる日がやって来るでしょう。
「そろそろ時間ですかね。」
姫さまは言った。その時、建物の正面の門がきいと音を立てて開きました。その瞬間、広間にはびこる半透明の人々が、まるで先程までの沈黙が嘘のように、一斉に声をあげました。
「うおおおおおお!」
「おおおおお!」
言葉にならない叫び声をあげながら、人々は門の外の世界をめがけて一斉に走り出していきます。門の先に行けば、現実世界に帰れる。私の直感がそう言っていました。そして半透明の人々も、きっとそれを悟っていたのだと思います。だから我先にと、彼らは現実世界に戻る切符を掴むために、他者を蹴落とし、その門の外に出ようとします。しかし、彼らに待ち受けていたのは悲惨な現実でした。
「う、うわああああああ!」
門の外には、巨大な白い龍がおりました。龍は我先にと門の外に出て行く半透明の人々を、容赦なく八つ裂きにして喰らい尽くしてしまいます。ひとり、ふたりと、人々はみな龍の餌食になっていきます。そして、門に駆け出していった半透明の人々は全て、白い龍によって喰らい尽くされてしまいました。辺りには血痕やヘドロのひとつすらも残っておりません。まるで最初から、彼らの存在などなかったかのようです。なんと残酷なこと。私はその場で目を覆ってしまいました。しかし、しばらくすると慣れてきます。きっと何もなかったんだ。そんな気持ちすら湧いてきます。きっと私も残酷なニンゲンなのです。いいえ、これがニンゲンという生き物が持った性なのかもしれません。
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