第4話 殺処分場

「人知を超えた存在ですから、人の感情や常識をもとにして大神を推しはかってしまっては、きっと神の世界は見えてこないでしょう。だからこそ、理屈ではなく、あなたの肌と心で神の世界を見つけてごらんにいれなさい。あなたもきっと、いずれ神の世界を悟る時が来るかもしれない。その心身の奥底にいる、生まれた頃よりあなたに憑依ひょういしている神さまに、出会える日が来るかもしれません。それを肌で感じる日がくるやもしれません。そうすれば、きっと神の世界を見ることができましょう。」

「そんなの、分かるはずがありません。」

「信じない者に、神の世界は見えませんよ。」

「ええ、そんなもの要りません。」


 躍起になって語気が強くなってしまいました。しかし私には、姫の言っていることが理解できません。そのまま勢いよく部屋を出ると、赤猪子のいる広間に足早に帰ってしまいました。広間には、先程よりも多くの人々がおりました。赤猪子が私に気づき、声をかけてくれました。


「おお、どうだった?」

「気分が悪かったので、帰ってきました。」


 私がぷんすか怒っているからか、赤猪子は下手に出るように尋ねてきました。


「何かあったのか?」

「私の目の前で、姫さまに老人が殺されてしまいました。やりすぎにもほどがあります。」

「そうか……」


 赤猪子はそのまましばらく黙ってしまいました。辺りは静寂で、私と赤猪子の声だけが広間に響いておりました。そのまましばらく時が過ぎた頃、赤猪はふんと大きく鼻息を鳴らすと、わたしに向かって言いました。


「娘よ、今から残酷なことを言うが、許せよ。」

「はい。」


 赤猪子から発せられた次のひとことは、まさに衝撃でした。


「ここは、生きることも死ぬこともやめたニンゲンたちの殺処分場なんだ。」


 その瞬間、ぞわっと全身の血の気は引いていくのを感じました。


「ニンゲンの、殺処分場?」

「そうだ。」

「そんな……そんな……!」


 ああ神さまとは、なんて残酷なことをするのだろうか。いてもたってもいられませんでした。この胸の内から湧き上がる衝動は、わたしを突き動かすのには十分すぎるほどでした。私は赤猪子との話を即座に断ち切り、広場の真ん中に向かって勢いよく走り出しました。そして広場のあらゆるところにいる、生きることも死ぬこともやめた亡霊たちに向けて、叫びました。


「早くここから逃げなさい! おまえたちは今から殺される!」


 私は叫び続けました。早く逃げないと殺されるぞ、ここはおまえたちの殺処分場なんだと。必死に、この者たちの命をなんとしても救いたいと思って、いっぱいに叫び続けました。半透明のニンゲンは、みんなわたしの方を振り返りました。しかし、誰一人としてわたしに賛同してくれる者はいませんでした。どうして誰も聞いてくれないのでしょうか。私はただ、この者たちを助けたいだけなのに、どうして……。


「残念だけど、諦めなさい。」


 背後から声をかけられました。振り返ると、先ほどの姫さまが、首を横に振りながらわたしを憐れむように見つめていました。


「この者たちは、他人を信じるということをやめてしまったのです。だから、あなたの声がこの者たちに届くことはありません。お分かりでしょう。もう手遅れなのです。だから、この場所に集まっているのです。」

「そんな……そんな……うわあああん!」


 その瞬間、私は大きな声をあげて泣きわめいてしまいました。姫さまはそんな私を優しく、ぎゅっと抱きしめてくれました。


「あなたの気持ち、分かります。私も若い頃、なんとかしてこの者たちを救えないかと奮闘いたしました。しかし、どれだけの手を打とうと、この者たちを救う手立てはありませんでした。常世とこよの人々は神に導かれし生き方を忘れ、ここに来る患者の数は、日を追うごとに増えております。そんな彼らに、神は死と再生という、最後の手段を与えるのです。そしてわたくしや赤猪子をはじめ、ここに集う神々は、その世界の真実をここで執行している者たちなのです。」


 私は泣きながら、姫さまに尋ねました。


「もう、もう、この者たちを救う手立てはないのでしょうか。彼らだって、もとは等しく人間であります。懸命に現実を生きてきた者たちです。そんな彼らが、誰にも看取られず、まるでだまし討ちのように殺されてしまうなんて、理解できません。」

「落ち着いてください。彼らを救う方法は、ございます。

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