42.後の祭り
「で?」
「はい?」
「はい? ではない! 俺はちゃんと命じたはずだぞ。娘を頼むと。それなのに貴公はどこで油を売っておったのだ!」
野盗や魔物討伐の事後処理がすべて終わって伯爵たちが屋敷に戻ってきたときには、既に日も暮れかかっている夕暮れ時だったらしい。
あのあと。森から天空城へと転移したあとで、俺はしばらくあちらでちびっ子ネフィリムちゃんの頭を撫でたり耳をもふもふしたりと、彼女を愛でるのに忙しかったのだが、すっかり伯爵たちのことを忘れていることに気が付き、慌てて戻ってきたときには後の祭りだったというわけだ。
完全に行方不明となってしまい、弟大好きお姉ちゃんが半狂乱となって俺のことを探し続けていたらしい。
衛兵の一部やメイドエルフたちまで使って屋敷内だけでなく、街中もそこら中練り歩いたのだそうだ。
しかし、死体すら見つからなかったため、俺が魔物にでも食われたのかと思ったらしい。
大昔に本当にあったセシリー姉さんの弟さんの事件みたいに。
そのことが脳裏をよぎったらしく、それが原因で余計にお姉ちゃんは正気を失ったのだそうだ。
おかげで……。
「もう二度と、あなたを離したりなんかしないんだからっ」
と、しれっと屋敷に戻ってきた俺を玄関入り口で発見したお姉ちゃんが例によって涙を流しながら抱きついてきて、そのまま顔中に口付けされた。
更に、本当に意味がわからないのだが、あの銀髪メイドエルフさんまでなぜか俺に抱きついてきて、必死こいて頬ずりしたり、デカい胸を押し当てるように密着してきたのである。
そのせいでしばらくの間、俺は二人のお姉様に前後をサンドイッチされて、得も言われぬ感触に押し包まれていたという次第である。
そして、そんな俺たちを発見した伯爵様が激おこ半分、呆れ半分で近寄ってくると、そのまま応接間へと連れ込まれてしまったというわけだ。
そんなわけで俺は今、絨毯の上に正座させられていたのである。
「まったくっ……。貴公という男はいったいどういう人間なのだ。何が目的で我が家に取り入ろうとしてきたのかもわからんし、かと言えば、あのような魔鉱石大鉱脈の情報を持っている。そのくせ、姉であるセシリーを一人戦場に置き去りにして行方をくらますとか。いったい貴公は何を考えておるのだ」
伯爵はソファーの上で足を組みながらうんざりとしたような表情を浮かべている。
「えっと、伯爵様? 今姉とおっしゃいましたが、ということは、僕のことは息子として認めると?」
「認めんわっ。誰が貴様など息子と認めるかっ。まったくっ。鉱脈の件もあったゆえ、セシリーの冒険者継続の許可だけでなく、もう少し貴公本人にも褒美をつかわそうと思っておったのだがな。気が変わったわっ」
「はぁ……そうですか」
吐き捨てそっぽを向いてしまった伯爵だったが、俺は逆に心の中ではニコニコしていた。
だってそうだろ?
もしここで本気で気に入られて、是が非でも、伯爵家を継いでくれとか言われたら面倒だからな。
何しろ、聞いたところによると、伯爵様には娘は三人いるが、息子は一人もいないということらしいから。
なので、今はまだただの養子縁組だが、もしここでメチャクチャ気に入られてしまった場合、三姉妹の誰かと結婚して婿養子となり、家督を継げとか言われかねない。
さすがにそこまではちょっとね。
なんたって、俺は世界を股にかける大英雄にならないといけないわけだし。そして、大英雄と言えば、世界中で可愛い女の子にキャッキャ言われるのが醍醐味。それを捨てて退屈なお貴族様になるなんてね。
「まぁいい。とにかくだ。娘は傷一つ負わなかったし、貴公が機転を利かせて娘やトルディールたちを動かしたお陰で魔物どもも簡単に駆逐できたことは事実だからな。それと、鉱脈の件もある。今回だけは不問にしてやるが――しかし! もしまた同じ過ちを繰り返してみろ! そのときは問答無用で縛り首に処すゆえ、そのつもりでいるがいい!」
「はは~!」
俺はその場で土下座しようと頭を絨毯につけようとしたのだが、身体がピクリとも動かなかった。
理由は簡単。
屋敷の入り口辺りでサンドイッチにされて以来、ずっとお姉ちゃんと銀髪エルフさんに抱きつかれたままだったからだ。
「ていうか、お前らはいつまでそうしておるつもりだっ」
ソファーから立ち上がって俺たちに指を突きつけてくるお父様。
それを見ていたお母様は口に手を当て、おほほと笑い、俺の左右を固めるように抱きついていたお姉様方はただひたすらに頬ずりし続けるだけだった。
そんな中、俺の前でお座りしていた白猫ちゃんは溜息をつき、俺は心の中で肩をすくめるのであった。
◇◆◇
それから数日後の夕時。
「てめぇはあんときのクソガキじゃねぇかっ。なんでてめぇがこんなとこにいんだっ」
ようやくお姉ちゃんの里帰りも終わり、明日この町を去るということになったので、俺はその日、この町の衛兵詰め所の地下数メートル行ったところにある地下牢に赴いていた。
なぜこんなところにきたのか。理由など簡単だ。
そこには、先日の襲撃の一件で捕らえられた野盗どもが放り込まれていたのである。
俺は伯爵たちの許可をもらってここへと下りてきたわけだが、あのチンピラ筋肉だるまが俺の姿を見つけて、がしゃんっと、鉄格子に激突する勢いで飛びかかってきた。
まるで動物園のゴリラである。なまじ全面鉄格子タイプの檻だったから、よくお似合いだった。
「あれれ~~? どうしてこんなとこに入ってるのかなぁ? もしかして、強盗ばかりしてたことがバレて、捕まっちゃったのかなぁ?」
鉄格子の前でしゃがみ込むと、膝に肘ついて頬杖つく格好でさんざかニヤニヤしながら馬鹿にしてやる。
「うるせぇてめぇっ。ぶっ殺すぞっ」
「うわ~……怖い怖い」
筋肉だるまたちはそこら中怪我をしているようで、全身包帯でぐるぐる巻きになっていた。一応は回復魔法とか通常医術などで手当てしてもらっているようだが、完全回復してはいないようで、包帯には血がにじんでいた。
「ていうか、あれだよね。なんでそんなに大怪我してるの?」
「うるせぇっつってんだろうがっ。てめぇには関係ねぇ! すっこんでろっ」
筋肉だるまはそう言うと、もはやこれまでとばかりに背を向けた。
「ふぅ~ん。あっそ。まぁいいや。本当は君たちが誰にどんな目に遭わされて、どんな気持ちになったのか聞きたかったんだけどねぇ」
立ち上がって見下ろす俺に、再度、顔を真っ赤っかにして筋肉だるまが何か言おうとこちらを見たが、その表情が一瞬にして恐怖に凍り付いた。
完全に表情消して見下ろす俺と、そんな俺を見て顔面蒼白となっている檻の中のゴリラ。
俺たちはしばらくそうして見つめ合っていたが、
「まぁいいや、お大事に~」
それだけを言い残して、俺は後ろ手に手を振り去っていった。
◇◆◇
「ご主人様は相変わらずですね。趣味が悪いですよ?」
詰め所をあとにした俺は、最期の夜を楽しもうと街中をぶらぶらし始めたのだが、大通りの露店が並ぶ活気溢れる通りに入ったところで、白猫ちゃんが呆れた声を上げた。
「エ~……人聞きが悪いなぁ。別に俺はあいつらを虐めていたわけじゃないよ?」
「でしたら、いったい先程の質問はなんだったのですか?」
「ん? それは勿論、あいつらから見て、黒騎士がどういう風に映っていたのか聞きたかっただけだよ」
「はい?」
「つまりさ。『うおぉ~! なんだあのメチャクチャ強くて格好いい奴は! きっとどこぞの大英雄か何かに違いない! そりゃ、あんなの俺たち三下じゃ勝てるはずがねぇ。こうなったら土下座して謝るまでだ』とか言って、ジャンピング土下座してきたら面白いよね?」
やや棒読みでニヤニヤしながら答えてやったら、
「ご主人様……」
白猫ちゃんに思いっ切りドン引きされた。
俺はひたすらニヤけながら街中を歩いた。
「さぁて、どこで遊ぼうかなぁ」
色んなものを見て回って買い食いするのが旅――というか、冒険者の醍醐味だよね。
見たこともない果物とか、串に刺さった焼き鳥のような香ばしい匂いのする肉料理も売っている。
今そんなものを食ったら夕飯が食えなくなってお姉ちゃんに怒られそうだけど、構うものか。
「にしし」
そんなことを思っていたのが悪かったのかもしれない。
「ルーフェ!」
「げ……」
後ろの方から水色髪の巨乳お姉さんが現れた。
「どこへ行っていたのっ。随分探したんだからっ」
そう言って公衆の面前だというのに、まったく気にすることなく抱きついてくる残念なお姉様だった。
◇◆◇
無理やり屋敷に連れ戻された俺はその後、伯爵様やお姉ちゃんたちと一緒に食事をしたあと、宮殿の大浴場で汗を洗い流そうとしたのだが、何をとち狂ったのか。お姉ちゃんだけじゃなくて銀髪エルフのメイドさんまで俺の背中を流そうと、二人して乱入しようとしてお母様たちに取っ捕まり、大騒ぎとなった。
しかし、その日の夜の阿鼻叫喚はそれで終わることはなかった。
間借りしていた一室のベッドに腰を下ろして、寝るまでの時間をぼう~っと過ごしていたら、そこへ当然のように枕を抱えたお姉ちゃんが現れたのである。
「え~っと……」
「うふふ。来ちゃった」
思わず語尾にハートマークがつきそうな微笑みを浮かべたお姉様は、入っていいよと許可を出していないにもかかわらず、寝間着姿のまま俺の横へと腰を下ろしてきてピタッと張り付いてきた。
そして更にその数分後、止めとばかりに扉がノックされ、銀髪エルフのメイドさんことフロレンティーナさんまで乱入してきたのである。
「え~っと……」
状況がよくわからず呆然としていると、セシリーお姉様と同じような格好をしたフロレンティーナ嬢は、ハイポニーの銀髪を揺らしながら無言で俺の前まで歩み寄ってくると、きょとんとしていた俺たちを無視してそのまま二人同時に抱え込むように、両腕広げて胸の中に抱きしめてきたのである。
お陰で、セシリー姉さんと同じぐらい立派なものが俺の顔にめり込むことになった。
「ひょっと、にゃんにゃんでしゅか……?」
もごもご言いながら猛抗議する俺だったが、別に彼女を押しのけるようなことはしない。
決して役得と思ってそのまま身を任せようと思ったわけでないのは言うまでもない。
「ちょっと、レティー。いきなりなんなの?」
しばらく柔らかな温もりに包まれていたら、さすがにお姉ちゃんが気分を害して銀髪エルフのお姉さんを押しのけてしまった。
ちっ。
フロレンティーナ――どうやらレティーと呼ばれているらしいお姉さんは俺たちを見下ろすように正面に立ったまま口を開いた。
「私の可愛い子供たち。本当に立派になりましたね。お帰りなさい。ずっと待っていたんですよ?」
そう謎発言をして、彼女はぼうっとしたような表情のまま、口元に笑みを浮かべるのだった。
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