41.猫耳幼女見参




「お、お前! 本当にネフィリムなのか!?」



 俺は血なまぐさい現場にいることなどすっかり忘れて、その場にしゃがみ込んで猫耳幼女と目線を合わせるようにした。



「はい。私は城塞制御システム、ネフィリムに相違ありません。ですが、ご主人たま。わざわざ姿形を変えてきたのです。この姿の時には別の名前で呼んでいただいた方がいいかと思います」



 そんなことを言いながら、ニコッと笑うネフィリム。

 ていうか、メチャクチャ可愛いんだけど!?

 何この可愛い生き物!


 ボブカットのような髪型をしていて、髪の白さはそのままだが、時々ピクピク動くふっさふっさの猫耳は正真正銘、猫のものだった。


 花柄ワンピースを着用した身体はどっからどう見ても人間の幼女。

 そして、さっきからずっと気になっていたふさふさの尻尾も当然生えている。

 まさしく猫耳幼女そのものだった。



「ぅおお~~! なんて可愛いんだ、うちの子は! 今日から君は……そうだな。ネフィリムだから、リムちゃんでどうだ!」



今すぐ甲冑脱いで頬ずりしたくて仕方がなかった。



「リムですか。いい名前ですね。気に入りました。では以後、よろしくお願いいたします」



 白猫ネフィリムならぬ、新生猫耳幼女リムちゃんは両手を前で揃えてぺこりとお辞儀した。



「それにしてもご主人たま。随分と酷い有様ですね」



 なんだか知らないが、猫族の幼女の身体になったからか、妙に人間味のある声音と舌っ足らずな喋り方になっていた。しかし、それも俺にはよきである。



「まぁ、いきなり絡まれたからな。こいつら例の野盗らしいから、放置しておくことなんかできないしな」

「なるほど。そういうことでしたか。ですが、ご主人たま。あちらはどうされるおつもりで?」

「うん? あちら?」



 俺は猫耳ちゃんが短い腕で指さした一角へと視線を投げた。

 ここから北東の、更に奥まった森の中。この辺はわりかし木漏れ日が差しているから明るいが、その辺からは枝葉の密集度が高いせいか、いきなり薄暗くなり始めている。

 そして、うっすらと、何かが蠢いているような濃密な魔力の気配を感じた。とても邪悪な。



「行ってみるか」



 俺はぼそっと呟き立ち上がると、リムの手を握って歩こうとしたのだが、なんか知らんがこの子、そんな俺を下から見上げるようにしながら両手を伸ばしてきた。



「ん? どうした?」

「いえ。このような薄汚い場所を歩きたくありません。できましたら、いつもの定位置にお願いします」

「定位置だと? ……て、まさか、肩車か!?」

「はい」



 そんなことを言ってにっこり笑う猫耳ちゃんだった。

 なんてかわいいんだっ。




 ◇◆◇




 俺はちびっ子になってしまったうちの子を肩車しながら黙々と森の中を歩き続けていた。



「それにしてもご主人たま。よくあれだけ敵を切り刻んでおいて、血の一滴も浴びずにすみましたね」

「うん? あぁ、あれね。俺、完全障壁張られているから、俺がすべて弾き返す気満々の時には大抵のものは全部吹っ飛んでいくんだよね。だから、敵の攻撃の威力を削減するだけじゃなくて、そういった汚物も吹っ飛ばせるってわけ」

「なるほど。便利な身体にできているのですね」

「まぁね」

「今度一度、ご主人たまで実験してみたいものです」



 そんなことを言いながら、リムちゃんは俺の兜の角を掴みながら、上から覗き込んでくる。



「ちょっと、やめてくれる? 実験とか。俺はモルモットじゃないぞ?」



 俺はそう答えつつも、あまりにもちびっ子の挙動が可愛すぎて、兜の下でニヤニヤしてしまった。

 そうして、アホなこと言いながら歩き続けて数分。

 目の前には思わず溜息をつきたくなるような光景が広がっていたのである。



「まさかあのバカども。これほどとは思わなかったぞ」

「……本当ですね。事情を聞かされて呆れてしまいましたが、これだけの数を揃えるとは。本当に戦争でもしかけて町を滅ぼす気だったのかもしれませんね」

「……かもな」



 俺たちは薄闇の中、十数メートル離れたところからただただ、それらを見つめていた。

 おそらく、二十は下らないと思われる巨大な檻の数々。その中には多種多様な魔物どもが入っていたのである。



「どうやってこれだけの数を集めて言うこと聞かせていたのかは知らんが、このようなものを目撃して放置することなどできんな」



 なんだか知らないが、いつの間にか湧き上がってきた怒りにも似た衝動を抑えることができなくなっていた。



「どうされるおつもりですか?」

「決まっている。すべて破壊し尽くしてやるまでだ」

「まさか、ご主人たま……」



 どこか呆れたような声を出すちびっ子を無視して俺は右手を天へと掲げた。



「来たれ! 星屑たちが灯す暁の輝きよ! 天翔爆雷撃エクストニトラム!」



 魔法詠唱が完成した瞬間、轟音と共に強烈な閃光が迸った。

 大気が震え、バチバチと弾ける耳障りなノイズがところ構わずすべてを焼き尽くした。

 天から大地へ貫く光り輝く雷柱が、そこにあったすべてのものを消滅させていった。

 そして、それらすべてが収まった時、俺の眼前には何もかもがなくなっていた。


 半径数十メートル規模にわたってぽっかりと口を開けた青空。

 突如暗黒の森の中に姿を現した開けた場所には、檻も魔物も木々も何もなく、ただ巨大なクレーターが顔を覗かせているだけだった。



「ご主人たま……」

「え、え~っと……その、あれだ。うん。すまそ」



 どうやら幼女になっても中身は変わっていないようで、ただひたすら呆れたように、リムちゃんは俺の頭をちっこい手でぺちぺちと叩くのであった。

 が――



「――なんじゃこりゃ~……!」



 遙か彼方から、微かに誰かが叫ぶような声が聞こえてきた。



「そんなことより、先程のあのでかい音は何事か!? すぐに向かうぞ!」



 なんだかどっかで聞いたことのある偉そうで野太い声が聞こえてきたような気がした。



「ご主人たま」

「うん、だね~。とりあえず、逃げるか」



 俺はそう短く答えるや、ポータル起動させてその場から天空城へと瞬間移動するのであった。




◇◆◇




【別視点】



 遅れてその場に駆け付けたグレンアラニス伯爵率いる兵ら十数名は、目の前に広がっていた光景を前に全員が息を飲んでいた。


 先程目にした賊と思われる血塗れの者たちがなぜあんなところで倒れていたのかも、彼らにはまったく理解不能だったが、今目にしているものはそれ以上に悪夢としか思えないような光景だった。


 本来、この辺は鬱蒼と樹木が生い茂る手つかずの大森林だったはずだ。

 その分、魔物や魔獣といった人間にとっては好まれない存在が数多く生息している地域でもある。


 しかし、それに目を瞑ったとしても大自然の営みは極力そのままにしておいた方がいいという方針の下、この辺一帯は未開発地域として残しておいたのだ。


 それなのに現状はどうだろう。目の前に広がっていたそこは、だだっ広い荒野のような有様となっていた。


 数十メートル規模にわたって木々も雑草も何もかもが消滅していた。大地は深く抉られ、何かが燃えたような灰がそこら中を舞っていた。



「バカな……こんなことがありうるのか? 落雷が発生したとしてもこれほどの規模にわたってすべてが消失するなどあるはずがない」



 呆然と佇むことしかできなかったグレンアラニスに、同じように隣で口をぽかんと開けていた小隊指揮官の騎士が我に返って口を開く。



「閣下。いったい何が起こったというのでしょうか?」

「さぁな。俺にわかるはずがない。雷雲も発生しておらんし、たとえ落雷だったとしてもこのような規模ですべてが消滅するなどという話、俺は知らんぞ?」

「豪雷……」

「あ……?」

「いえ。先程聞こえてきたこの世の終わりとしか思えないような轟音。もしあれが落雷を上回る威力の何かだったとしたら、まさしく豪雷と呼ぶに相応しいかと」

「なるほど……。だが、あの雷撃音のような音が本当に落雷によるものかどうかわからん――トルディールよ」

「はっ」



 トルディールと呼ばれた小隊指揮官は踵を鳴らして姿勢を正す。



「魔鉱石調査と開発の件だけでなく、この一件についても内密に調べておいてもらえるか?」

「畏まりました」

「いいか? 誰にも悟られるな。特に王国の中枢にいる連中にはな。頼んだぞ?」

「はっ。お任せください!」



 そういって頭を垂れる実直を絵に描いたような壮年の騎士。

 グレンアラニスはそれに満足して頷くと、自分たちから少し離れた後方で、周囲をキョロキョロ眺めている一人の娘を見つめた。



「ルーフェ! どこ!? あの子はいったいどこに行ったのよっ」



 やや取り乱しながら忙しなくそこら中に視線を彷徨わせる愛娘に、伯爵はただ深い溜息を吐くだけだった。

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