40.残念モブ再び
ひたすら一直線に森へと走ってきた俺は、そのままの勢いで中へと駆け入った。
森の中は聖都南の原生林を思わせるような場所ではなく、普通に天から日の光が所々差し込むような比較的明るい場所だった。
樹木自体は一本一本が大木だったが、四方八方に枝葉が伸びている割には隙間が結構開いていて、そこから木漏れ日が差し込んでいる。
とても魔物がわんさかと隠れ潜んでいるような、邪悪さも密集する瘴気も感じられなかった。
あるのはただ、そこら中で息を潜ませている人の気配のみ。そう。人間たちである。
「まぁ、だろうとは思ったがな」
俺は敢えて無警戒に足音立てながら、雑多な気配のする南へと歩いていく。
当然、それに気付かない敵ではなかった。
「誰だっ」
どこからか、鋭い叫びが飛んできた。
森の南奥からぽつりぽつりと、人相の悪い男たちが顔を覗かせ始めた。その数約三十名ほど。
どうやら闇に隠れるとかそういったことを考える奴等じゃないらしい。
俺の気配を察知した、どう見てもならず者としか思えないようなボロ布着た男たちは皆、薄汚い笑みを浮かべていた。
それら言動を見るに、奴等は洗練された闇の組織というよりかはただの賊どもということなのだろう。
「あぁ、なるほど。最近巷を騒がせている野盗って奴か」
この伯爵領付近で騒動を起こしているのは魔物だけでなく野盗もいるという話だった。
そして、伯爵率いる兵らが魔物たちに襲われている最中、こんなところに隠れ潜んでいる。
「まさかとは思うが、あの魔物どもをけしかけたのはお前らか?」
知らない間にじりじりと前方から半円描くように近寄ってきていた野盗ども。その中のリーダー格らしき筋肉だるま三匹がニヤけた表情を浮かべながら一歩、前に進み出てきた。
「ギャハハ! だったらどうするってんだっ、ば~かっ。今更気付いたってもうおせぇんだよっ。今頃俺たちが放った魔物どもに襲撃されて、奴等は壊滅状態だ! 指揮官失った連中がいねぇ伯爵領など、もはや俺たちの敵じゃねぇぜ!」
「ほう……。ということは貴様ら、今回の襲撃でグレンアラニス伯爵が死んだところで町を襲う腹づもりだったのか?」
「おうよっ。奴さえいなけりゃ、他の連中なんて烏合の衆だ! さくっと攻め落として、町にあるもん全部略奪してくれるわ! 金も食料も女子供全部かっさらって、残りは全部燃やし尽くして火の海に変えてやるわ! ギャハハハっ」
筋肉だるまはそこまで言って、腹を抱えて大笑いする。
周りにいた薄汚い野盗どもも、釣られたようにアホみたいに笑い出した。が――
唯一リーダー格の男の隣に立っていた髭面のむさ苦しい男だけは違った。顔面蒼白となっており、唇を震わせながら筋肉だるまをつつき始めた。
「お、お頭……!」
「あぁ? なんだうるせぇな」
「やつ……! 奴ですぜ! あんときのイカれ甲冑野郎! あいつはあの森の中にいたあのクソ野郎だ!」
「あぁ? クソ野郎だ? おめぇいったい何を……」
怒っているのか恐怖しているのかよくわからない髭男が仰け反る中、筋肉だるまは目を細めて俺を凝視し、それからたっぷり三秒後、
「あぁぁぁ~~~! てめぇはあんときの爆破野郎じゃねぇかぁぁ!」
「あ? 爆破野郎だと?」
髭同様、驚愕しながら絶叫ぶちかます筋肉だるまが何を言っているのかよくわからなかった。
あのときとは? 爆破だと? いったいこいつらは何を言っている?
「お前ら、バカみたいに笑い過ぎて頭でもおかしくなったか?」
「ふざけるな、てめぇ! しらばっくれるんじゃねぇ! あのときのことを忘れたとは言わせねぇぞ!」
「あのときだと? お前らさっきから何を言っている?」
身に覚えのないことを言われて腕組みしながら小首を傾げる俺。筋肉だるまは顔を真っ赤にしながらなおも叫んだ。
「サソリだっ」
「あ? サソリだと?」
「そうだっ。てめぇが火球やら水流やらぶっ放したせいで、俺たちはひでぇ目に遭ったんだからな!」
「火球だと? ……水流? サソリ……あぁ~!?」
もはや赤を通り越して紫色になっているおっさんの言葉で俺はやっと思い出した。
そうだよ。
あの筋肉だるま、俺のレアモブ横取りしようとして逆に返り討ちに遭った残念な奴等じゃないか。
「あっははは! そうかっ。そうだったなっ。思い出したぞ! お前らあのときのチンピラどもじゃないかっ。いやぁ、モヒカンの姿が見えなかったから、すっかり忘れてたぞ! ていうか、あれだな。ただでさえ冒険者崩れの悪党だったのに、まさか正真正銘の野盗に成り下がるとはな。こりゃいい、笑える」
「うるせぇ! てめぇ、ふざけやがってっ。誰のせいだと思ってんだっ。てめぇのせいだっ。てめぇのせいで俺たちはすべてを失ったんだぞ!? 俺たち三人だけじゃねぇ。グラスもシリウスも、てめぇのせいで死んだんだぞ!?」
「あ? 死んだだと?」
「そうだっ。ただでさえサソリのアホみたいな攻撃にやられて瀕死の重傷受けてたっつーのに、そこにてめぇがトドメ刺しやがったんだ! この落とし前、きっちり付けさせてもらうからな!」
そう叫ぶやいなや、筋肉だるまは手にした曲刀を身構えた。
それが合図となったかのように、前方半円状に俺を取り囲んでいたモブどもが一斉に剣や斧を構える。
それらを一瞥した俺は軽く肩をすくめた。
「ホント、能なし脳筋どもってこれだから困る。実力の差も判断できずに強者に挑もうとするんだからな」
「あぁ!? てめぇは何ごちゃごちゃ言ってんだ!」
「つまりだ。ガラスだかシリだか知らんが、お前らがバカだから、仲間をみすみす死なせるようなことになったと言っているのだ。俺は忠告したはずだぞ? お前らじゃ勝てないと。それなのにそれを無視して挑んだから、仲間は死んだのだ。というよりもだ。俺が攻撃していなかったら、お前ら三人も先に死んだ二人と同じ末路を辿っていただろうな。何しろ、俺がサソリを攻撃したから奴等の攻撃がそこで止まったんだからな」
あの毒霧かまいたち喰らって瀕死になった以上、遅かれ早かれ賊どもは死んでいただろう。おそらく、俺が手を出していなかったらこのバカどもはサソリの追加攻撃食らって死亡し、奴等の餌になっていたはずだ。それを考えれば感謝こそすれ、文句を言えるような立場ではない。
しかし、奴等に正論など通用しないだろうな。だって、モブだもの。
「うるせぇ。もういいっ。てめぇはここで死にやがれ! ――おい、お前ら! 一斉に奴を取り囲んで攻撃しろ!」
「おおおお~~~!」
曲刀を天に掲げた筋肉だるまの号令に応じて、モブどもが一斉に動き出した。
四方八方から俺の元へと駆けてこようとする。
俺は思いっ切り溜息を吐いてから背中の大剣を抜き放った。
「まったく、やれやれだな。ま、だがお前たちのような悪党を見逃してやる道理はない。何せ俺は、正義の味方だからな」
「うるせぇ! 死ねや、ごらぁ!」
左から真っ先に斬りかかってきた男が、頭上から長剣を振り下ろしてきたが、俺は余裕でそれをかわすと、そのまま至近距離から剣の柄尻で殴り飛ばした。
血反吐吐きながら吹っ飛んでいくモブ一号。
その姿に一瞬、モブどもの動きが止まるが、
「てめぇらひるんでんじゃねぇ!」
筋肉だるまが叱咤し、すぐさま全員が動き始めた。そして、ほぼ全方位から一斉に剣や斧が振り下ろされてくる。
俺はフルフェイスの下で何の感情もなく、大剣を横薙ぎに一回転させた。
鈍い手応えののち、俺を取り囲んでいた野盗ども全員が腹を切り裂かれ、鮮血撒き散らしながら全方位へと吹っ飛んでいった。
これにはさすがにモブどもの顔色が変わる。
残りの野盗十五名あまりが少し離れたところで呆然と立ちすくみ、俺を目の敵にしていたチンピラ三人組も愕然としている。
「まだやるか?」
感情のこもらぬ静かな口調で言い放つ俺。まぁ、ここで笑顔で和解しようなどと言われても見逃す気はないがな。何せ、こいつらを放置していたら、罪もない人々が苦しむことになる。それに、万が一南で乱戦状態となっている伯爵たちに攻撃しかけられたら面倒だ。
俺はずいっと、一歩前へ進み出た。それに合わせて野盗どもが全員、一歩下がる。
完全に戦意を削がれた形となっているモブどもは既に逃げ腰となっていた。
俺は腰を低くし、一気に前方へと駆け抜けていった。
「う、うわぁぁ~~! くるなぁ~~!」
モブの一人が悲鳴を上げて逃げていく。しかし、俺は容赦なくその背中に一撃を加えた。
振り下ろされた大剣によって背中が切り裂かれ、血飛沫舞って賊が倒れる。敢えて致命傷にならない程度の浅い傷で勘弁してやった。
死なせはしない。こいつらには生きて裁きを受けさせ、その上で地獄を見させる必要があるからな。
「さて、次はどいつが相手をする?」
俺は相変わらず感情のこもらぬ声を発し、そこら中を縦横無尽に駆け抜けていった。
俺が通り過ぎたあとには必ず血臭が漂い、どかっと、賊どもが一人、また一人と倒れていった。
気絶する者、痛みに悲鳴を上げる者、様々だ。
「て、てめぇっ。ふ、ふざけんじゃねぇぞ、化け物がっ。これ以上好き勝手させるかってんだっ」
既にその場に立っているのは筋肉だるまと俺の二人だけとなっていた。
絶叫放って斬りかかってきたチンピラリーダーの仲間は二人とも地に突っ伏してピクリとも動かない。
死んではいないが、血塗れで結構酷い傷を負っている。
「……温いな」
俺は頭上から振り下ろされた曲刀の側面に強烈な一撃を食らわせた。
バキンと、小気味よい破砕音が森の中に木霊する。
眼前の男は呆然と、自身の獲物を凝視した。
俺の繰り出した大剣によって、奴が持っていた曲刀は真っ二つどころか柄だけを残して木っ端微塵に粉砕されてしまったのである。
「ふ、ふ、ふざけるな……こ、こんなことがあっていいわけが……」
筋肉だるまは震えながらそれだけを口にして、次の瞬間、
「ふざけるなぁぁぁ~~!」
恐怖に顔面染め上げ殴りかかってきたが、俺の大剣の腹が奴の頭に炸裂し、そのまま地に突っ伏していった。
完全に失神して、泡吹いたまままるで動かなくなる。
「まぁ、手加減はしたからな。骨は折れていないと思うが……」
折れていたら多分死ぬよね?
俺はそっと溜息を吐いてから辺り一面を見渡した。
もしかしたら手加減に失敗して死んだ奴もいるかもしれないが、賊討伐は命のやりとり以外の何物でもない。だから死んだとしても恨みっこなしである。
そこら中の地面に倒れる血塗れモブども。
奴等はひっくり返った状態て苦鳴を漏らしていた。
「まぁ、これだけ騒いでいたら、さすがに伯爵たちが気付くだろう」
既に南の戦場の方角からは騒然とした気配が消え始めていた。おそらくあらかた魔物討伐が終わり、後始末を始めた頃合だろう。
俺はそう判断して、この場は正規軍に任せてずらかろうと思ったのだが、そんなときだった。
「ご主人たま。お待たせいたしました」
急に俺の左横が光り輝いたかと思ったら、可愛らしい女の子の肉声が聞こえてきたのである。
「――あぁ、ネフィリムか。ご苦労だったね。だけど、せっかく変身してきてもらったのに、もう全部片――」
――づいちゃったよとネフィリムに言おうと思って、左下を見たその瞬間、俺はかつてないほどの驚きに包まれることとなった。
「ね、ね、ね、猫耳幼女!!」
そう。俺の目の前にいたのは、三歳ぐらいの背丈しかない猫族の幼女だったのである。
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