39.襲撃




 兵士たちが相手をしていたのは狼型の魔物や熊のような魔物の大群だった。その数三十は下らない。

 どうやら不意打ちを食らったらしく、指揮系統は完全に乱れ、収拾がつかないぐらいの乱戦となっていた。


 しかし、それでも伯爵家に仕える兵や騎士たちは優秀なのか、怪我を負っている者たちはいても、動かぬ骸と化している者は一人もいなかった。


 そんな中、セシリー姉さんの父親である伯爵は、誰よりも早くその場に駆け付け、戦場のど真ん中で奮戦していた。

 彼が繰り出す一撃はとても重く、たった一振りで魔物は真っ二つに切り裂かれ、一瞬にして戦闘不能へと追い込まれてしまった。


 立て続けに二体同時に飛びかかってくる狼だったが、それすらものともせず、圧倒的剣技でたちどころに敵は屠られていった。


 アレなら親父殿はまったく心配する必要はなさそうに思われたのだが、



「お父様! 私も参戦いたします!」



 すぐ隣で呆然としていたお姉ちゃんが突如、前へと身を乗り出し、叫んでいた。

 そこら中で血飛沫舞うほどの乱戦を目の当たりにしたことがなかったのか、お姉ちゃんはえらく取り乱しながら駆け寄っていこうとした。

 伯爵はそれを視認し、鋭い声で制した。



「来るなっ、馬鹿たれが! 女の出る幕ではない! 引っ込んでろ!」

「ですが、お父様っ。みんなが戦っているのに、私だけ見ているだけだなんて、そんなことはできません!」

「黙れ! お前では無理だ! 戦力にならん!」



 伯爵はそう言って、巨大な体躯で襲いかかってきた熊に無数の斬撃を浴びせて打ち倒した。



「おいっ、誰かっ。俺の馬をあのバカ娘に回せ!」

「――はっ」



 伯爵の声に応じて、部下の援護に回っていた小隊の指揮官が戦線離脱すると、俺たちから少し離れた木に繋いであった馬を引っ張ってきた。



「オルフェン!」

「はい?」



 親父殿は俺の名を叫ぶと、振り向かずに続けた。



「セシリーを連れて先に帰っておれ! いいか!? 何がなんでもお前が守るんだっ」



 それだけを告げ、伯爵様は北側に広がっていた森から無数に飛び出してきた魔物の群れへと走っていってしまった。



「お父様ぁ~!」



 悲痛な叫びを上げてあとを追いかけようとするお姉ちゃんだったが、その腕を指揮官の騎士が掴んだ。



「いけません、お嬢様。閣下のお言い付けをお守りください」

「し、しかし!」



 表情を曇らせ抗議するお姉ちゃんだったが、指揮官はそれには答えなかった。



「オルフェンくんだったか? お嬢様のこと、頼んだぞ?」

「はい。了解しましたぁ」



 俺はのほほんとしながら敬礼してみせると、ひょいっとお姉ちゃんを抱き上げた。



「る、ルーフェ!? 何をするの!?」

「何って言われても、家に帰るんでしょ?」

「バカなことを言わないで! お父様たちを見捨ててそんなことできるわけないじゃない!」



 俺は暴れるお姉ちゃんを無視して、指揮官さんの手を借りながら馬の背に飛び乗った。襟巻きになっていたネフィリムは、なぜか俺の頭の上に移動する。



「じゃぁ、行くよ~~? 皆さん、がんばってください!」

「あぁ、頼んだぞ!?」

「ルーフェ! ぃや! 離しなさい!」



 俺は笑顔で別れを告げる指揮官に会釈をしたあとで、お姉ちゃんを前に乗せたまま、馬を走らせた。

 お姉ちゃんは馬から振り落とされないように、俺の首にしがみついていたが、その怒りは収まらないようだった。



「どうして私の言うことが聞けないの!? 今すぐ馬を止めなさい!」

「う~~ん。止めたとしてどうするの?」

「決まってるでしょ!? みんなを助けるのよっ」

「助けるねぇ。だけど多分、お姉ちゃんじゃ無理だと思うんだけどなぁ」

「どうしてよっ」


「どうしてって言われても、あんな乱戦状態になってる場所で、そういった戦いに慣れてないような人には無理だと思うよ? あれはもはや戦場だからね。普通の冒険とは訳が違うんだよ。前衛とかそういった人たちに守られながらだったら話は別だけどね。だけど、護衛もいない状態で、しかも、どこから敵が来るかわからないような敵味方入り乱れているような乱戦状態だから、全方位に神経すり減らしておかないといけないし。そんなの、一介の魔術師にできることじゃないよ?」



 のほほんとしながら説得する俺の言葉に、お姉ちゃんは悔しそうに眉間に皺を寄せる。



「そうだけど……そうかもしれないけれど、でも!」



 お姉ちゃんは苦渋に顔を歪めながらも、なおも一向に折れる気配がなかった。この分だと、町に戻ったとしても、またすぐにここに戻ってきてしまいそうな気がした。さすがにそれは、色々まずい。



「はぁ~……まったくもう。仕方がないなぁ……」



 俺はげっそりと溜息を吐くと、馬を走らせる方向を反転させた。



「ルーフェ……?」

「い~い、お姉ちゃん。今回だけだからね? もう二度と、こんな我が儘聞かないからね?」

「ルーフェ!」



 疑いの眼差しで俺の名を呼んだお姉ちゃんは、次には喜色満面の表情を浮かべてもう一度、俺の名前を叫んで頬に口付けしてきた。



「とは言え、相当うまくやらないとだよな」



 それに、今回の魔物騒動、何かがおかしかった。

 実は今朝方、万が一に備えて一通りネフィリムに周辺一帯を調べさせたのだが、何やら異常としか言いようがないほどに、強い魔物反応が検知されたのだ。


 最近、巷を騒がせている魔物騒動のこともあるが、明らかに何かがおかしかった。

 だから一個小隊を編制してもらって、もしもに備えたわけだが、それにしても、敵の数が多すぎる。


 やはり山脈手前に広がっている森の、更に北西に行った辺りの雑木林に何かあるとしか思えなかった。

 そこから今回、大量の魔物が湧き出てきたのだから。

 逆に言えば南側は比較的安全だということ。


 俺は再び見えてきた戦場の中、魔物や兵たちを巧みにかわしながら、乱戦状態となっている場所から南へと馬を進めて停止した。



「なっ……。お嬢様!? それにオルフェンくん! どうして戻ってきたんだ!?」



 魔物の相手をしていた壮年の指揮官さんが顔面蒼白となった。

 まぁ、そりゃそうなるわな。笑顔で送り届けたはずなのに、また戻ってきちゃったんだから。



「ルーフェを責めないでください! 私が無理を言って頼んだのですから!」

「し、しかし!」



 馬から下りた俺たちに、すかさず駆け寄ってくる指揮官。

 他にも数名の兵士たちが俺たちの元へと走ってきた。



「お嬢様っ。悪いことは言いません! 今すぐお戻りください!」

「そのようなお願いは聞けません! 私は戦います!」

「しかし!」



 そこら中で兵士たちが戦っている中で、俺たちがいる一角だけが場違いな空気を漂わせ始めた。


 一応、俺の読み通り、戦場最南端には敵はまったくいなかった。乱戦となっている場所は開けた場所になっていて、周囲は東だけでなく、南も北も森に囲まれている。西は街道とその先に続く城塞都市があるだけ。


 そんな立地だった。

 俺は不毛な争いを続けている二人を止めに入った。



「あの~。騎士様、僕に一ついい案があるんですが?」

「あぁ!? 君は黙ってなさい!」



 どうやらお姉ちゃんを連れ戻してしまったせいで信用を失ってしまったようだ。思いっ切り睨まれてしまった。

 しかし、その程度で動じる俺ではない。



「多分、お姉ちゃんは家に戻してもすぐにここに戻ってきちゃうと思いますよ?」

「あ……?」

「つまりです。お姉ちゃんは人の話を聞きませんからね。だから勝手にここに戻ってきて勝手に戦って、そのまま大怪我するか命を落としてしまうと思うんですよね。なので、一つご提案があります」

「提案だと?」

「はい。お姉ちゃんは聖都では超有名なAランク冒険者の魔術師です。あだ名は高火力爆撃魔」

「爆撃魔だと!?」

「ルーフェ!」



 ニヤッとする俺の発言を受け、呆然と固まる騎士さんと恥ずかしそうに顔を真っ赤にするお姉ちゃん。



「お姉ちゃんはかなり戦力になる魔術師ですが、一人で戦場を歩かせたらおそらく一分と持たないでしょう。そこで皆さんの出番です。皆さんがお姉ちゃんの全方位を守ってください。そうすれば、敵はあっという間に殲滅できるし、お姉ちゃんも五体満足無事でいられます」

「確かに君の言うことが事実であるのならば、それも可能かもしれない。しかし、果たしてそううまくいくものか? それに、閣下の命に背いてもしものことがあったら、取り返しのつかないことになるんだぞ?」

「ん~……多分、大丈夫じゃないかな? ちゃんと手は打ちますし」

「手だと?」



 しかし俺はそれには答えず、馬の背に飛び乗った。



「ともかくです。皆さん、全力でお姉ちゃんを守ってくださいね? さもないと、首が飛びますよ?」



 俺は終始ニコニコしながら馬を走らせるのだった。



「ルーフェ!? どこに行くのよっ」

「おい! お前! どこへ行く気だ!?」



 お姉ちゃんたちが叫ぶが、俺は完全無視して一人、戦場を横切って街道を西へと向かうのであった。

 そして、頃合を見計らって進路を北へと向かわせる。

 穀倉地帯の丁度あぜ道のようになっている場所を北へと走り続ける。



「ご主人様。何をなさるおつもりですか?」

「ん? 決まってるじゃないか、ネフィリムさん。正義の味方たるもの、やることなんて一つしかないでしょ」

「……やはりと言っておくべきところなのでしょうね」



 定位置に戻った襟巻き白猫ちゃんは心底呆れたような声を上げたあとで、



「ですが、くれぐれもご注意ください。ここから東へと向かった先にある森の中に、かなりの数の生命反応が見受けられます」



 東というのは丁度、魔物たちが出てきた森の中だった。



「てことは逆に、そこに行けばすべてがわかるってことだね」

「まぁ、そうなりますね。ですがご主人様。その格好のまま行かれるおつもりで?」

「まさか。近くには伯爵やセシリーさんがいるんだからこのままで行くはずないっしょ。それにネフィリム」

「はい?」


「こう言っちゃなんだけど、ネフィリムもそのままの姿だと、多分、一発でお姉ちゃんに気付かれると思うんだよね。黒騎士の時にネフィリムと一緒にいるところを見られたりなんかしたら、きっと正体バレちゃうだろうね」

「はい。おそらくそうなるでしょうね。私の演算では九十八%見破られると算出されました」

「でしょ? だからさ、確かネフィリム、別の姿になることもできたよね? 今すぐ見た目変えられないかな?」



 俺はそう言いながら、転移ポータルを起動させて宙空に武具を顕現させると、馬から飛び降りざまにそれをキャッチした。



「可能ですが、ここでは不可能です。一度、天空城へと帰還しなければなりません」

「そっか。じゃぁ、戻ってもいいから頼んだよ」

「わかりました。ご命令とあれば従います。ですがくれぐれも油断なきよう、お願いいたします。ご主人様はどこか抜けてらっしゃいますから」

「ちょっ……。抜けてるって――」



 しかし、俺の文句が言い終わる前に、白猫ちゃんはどこかに消えてしまった。おそらく空間制御魔法で城に戻ったのだろう。彼女がどんな方法でどんな姿となって帰ってくるのかはわからないが。



「ふふふ。まぁいい。戻ってくる前にすべての敵を蹴散らすのもありだよな」



 俺は手早く装備を着用すると、



「待っているがいい、モブどもよ! この俺自らの手で裁きの鉄槌を下してくれようぞ!」



 天に向かって叫びながら、人間業とは思えない速さで東の森へと駆け抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る