38.魔鉱石鉱山
「オルフェン。本当にこんなところに魔鉱石鉱脈などあるのか?」
馬の背に揺られながら、疑わしげに聞いてくるグレンアラニス伯爵。
「えぇ。あるはずです」
俺は彼の隣を歩きながら、ひたすら東を目指していた。
俺たちが向かっているのは、町の東門から東へと延びている街道の終着地点だった。
町の東側は山脈にぶつかるまでは穀倉地帯となっていて、そこで働く人たちのためだけに今歩いている街道が整備されたと言われている。
言ってみれば農道やあぜ道のようなものだ。
なので、この街道をずっと進めばどこか別の国や街に辿り着くというわけではない。
あるのはただ山。それだけである。
そんな山脈であるが、北はセネツ公国からグレンアラニス伯爵領の東を通り、そのままレグリア聖王国南西へと続いている結構険しい場所だった。
しかも、開発の手がまったく及んでいないような場所らしい。
一応、山の一部も伯爵領に組み込まれているそうで、俺が目指している魔鉱石鉱脈は、その中腹辺りに存在していた。
俺の知識が間違っていなければ、おそらくはそこに、この世界では莫大な富をもたらす魔鉱石が大量に眠っているはずだった。
「だが、現地調査に赴くだけなのに、これほどの物々しい部隊を率いていく必要があったのか?」
相変わらず不服そうに俺を見下ろしてくる伯爵殿。
彼がそのような態度を取るのにはちゃんとした理由が存在する。
今、魔鉱石鉱脈が本当にあるのかどうか調べるために向かっていたのは、俺と伯爵様の二人だけではなかったからだ。
魔鉱石反応を調べるために必要な魔道具を運んだり扱ったりする専門の職人や抗夫は勿論のこと、それ以外にも一個小隊約三十名ほどがフル武装で付き従っていたからだ。
その中には当然、俺の身を案じて片時も離れようとしない過保護なお姉様も存在する。
「いえ。念のためですよ。伯爵様がお強いのはわかっておりますが、もしもということもあります。最近は物騒な世の中ですからね。凶悪な魔物だけでなく、野盗の類いも出ると言いますし、抗夫や職人さんを守る必要もありますから」
「まぁ、それは確かにそうだがな」
そう答える伯爵様は、終始、納得いっていないといった言動を崩すことはなかった。
そんな胡散臭そうにしているお父様に、俺の真横でぴったりと張り付くようにしていたお姉ちゃんが、不満げに口を尖らせる。
「お父様。ルーフェがこう言っているのです。しっかりと聞いてあげてください」
次第にぷく~っと頬が膨らんでいくお姉様に、親父殿が舌打ちした。
「ちっ。だからこうやって聞いておるではないか。だがな、オルフェン。ここまで大規模な部隊を編成しておいて、何も見つからなかったではすまされないことは理解しておろうな?」
「はい。それはもう、十二分に」
えへへと笑う俺。
多分、いや間違いなく、なんもなかったら俺は縛り首になるだろう。そうなったら面白くもなんともないから、見つからなかったらその瞬間、とんずらこく気満々だった。
「閣下、間もなく目的の場所に到着いたします」
そのとき、俺たちよりも前を歩いていたこの隊の指揮官らしき騎士が、馬上の伯爵へと近寄ってきた。
「わかった。すぐに準備させよう――よいな、オルフェン?」
「はい」
既に穀倉地帯も抜け、舗装された街道も途切れ始めていた。
左右も前方も、大地から生えた草木がぼうぼうに生え始め、俺たちが歩く場所は獣道のようになっている。
そんな場所をしばらく行った先はすぐに森となり、視界が悪くなってきた。
そして、樹木の間を縫うようにして数十メートルほど進んでから、先頭を歩いていた兵士たちが足を止めた。どうやら上へと続く山肌へとぶつかったらしい。
「この辺か」
既に伯爵は馬を下りていて徒歩で歩いていたが、やおら立ち止まった。
「――して、大体どの辺りだ?」
「え~っとですねぇ……」
俺は上を見上げた。今いる場所からすぐ目の前はもう、急斜面となっている。
鬱蒼と生い茂る大木などもそこら中に生えているので、正直、判断に困った。
何しろゲームでは最初から鉱山の穴が開いていたからな。そこへと至る山道も整備されていたから、普通にそこを歩いているだけで勝手に山の中腹へと登っていけて、そこから内部へと入ることができたのだ。
しかし、ぱっと見、目の前にはそういったものは何も見当たらない。未開発だから当然といえば当然であるが。
「う~ん」
小首を傾げて腕組みし、唸っていると、どこ行くにも常に一緒の襟巻きネフィリムさんが小声で耳打ちしてきた。
「おそらくご主人様が探しているものは、あの辺りかと」
そんなことを言いながら、片腕を上げて指さす。
ここからだと数十メートルほどは登った辺りだろうか。そこには、他とは明らかに異なった景色が広がっていた。
他よりも更に巨大な大木が一本と、その周辺にはゴツゴツとしたでかい岩がいくつも転がり、更にはそこから数メートルほど登った場所が、奥へと続く平坦な山肌となっていた。
「伯爵様、おそらく、あの巨大な岩がある辺りが一番魔鉱石反応が強いと思います。そこから掘り進めていけば、巨大な鉱脈へとぶつかるかと」
正直、俺も半信半疑だったが、とりあえず、白猫ちゃんが解析してくれたことをそっくりそのまま伝えておいた。
グレンアラニス伯爵は渋面のまま、
「わかった――おい、お前たち、聞いたか?」
「は!」
「ここからでも探査は可能か? かなり距離があるように思えるが」
「大丈夫です。もしこの山の中に魔鉱石の鉱脈が存在しているのであれば、どこから探査しても魔力反応が検知できますから」
「そうか。ならばあとは任せた」
「了解しました」
伯爵と抗夫たちはそんなことを話しながら、馬車からここまで人力で運んできた魔鉱石探知装置の部品を一つ一つ組み立てていき、大砲のような筒状のものを完成させた。
抗夫たちはそれを俺が指し示した場所へと照準を合わせ、スイッチを押す。その瞬間、白い光のようなものがそこへと照射されたのだが、すぐにそれが赤紫色へと変じていった。
「こ、これは……!」
たちまちのうちに色めき立つ抗夫たち。
「どうした? 何かわかったか?」
「は、はい! す、凄いですよ、伯爵様! これまで二十年ほど各地の鉱山を転々として来ましたが、ここまで強い魔鉱石反応など見たことがありません!」
興奮気味にそう訴えかけるのは筋骨隆々の壮年の男だった。
彼は他の抗夫たちとも顔を見合わせ、皆一様に、「信じられない」と驚嘆するばかり。
「俺は抗夫ではないからいまいち状況がよくわからんのだが、それほど凄いのか?」
「は、はい! この魔鉱石探知装置は照射した箇所から百メートルほどの深さまでに、どのくらいの魔鉱石があるのか調べるためのものなのですが、何もなければ白いままで変わりません。ですが、少量の魔鉱石があれば青く光り、密度が三十%を超えた時点で赤く光るのです。そして、更にそれを越える六十%以上ともなると赤紫色へと変化するのです!」
「なるほど。ということはつまり、今は赤紫だから……」
「はい! 見たことがないぐらいの高密度の魔鉱石が眠っているということになります! たった一箇所でこれです。いったいこの山にはどれほどの魔鉱石が眠っているのか計り知れません!」
そのあとを別の抗夫が続けた。
「もし仮に、この密度でこの辺一帯すべてに魔鉱石が埋まっていたとしたら、もしかしたら、一国の一年分の国家予算を軽く超えるだけの巨額の富を築き上げることができるかもしれません」
「なんだと……!?」
抗夫たちの報告を聞いてなお、半信半疑と言った表情を浮かべていた伯爵が、国家予算相当と聞き、さすがに顔色を一変させた。
驚愕に色を染め、硬直してしまう。
「まさか……それほどまでとは……」
呆然とする伯爵が俺を見た。
正直、自分でこの場所を紹介しておきながら、内心俺も面食らっていたが、それを表に出すわけにはいかなかった。
「どうでしょうか、伯爵様。これでしばらくは赤字を凌げそうですか?」
ぼんくら装ってきょとんとする俺に、
「あ、あぁ……」
お父様は声を枯らしてそう答えるのがやっとといったところだった。
「とは言え、今すぐにとはいきませんが」
再び前方の山肌を見つめ始めた伯爵に、小隊の指揮官を務めている騎士がそう釘を刺してきた。
正気に返った伯爵も頷く。
「そうだな。しばらくは実地調査を続けねばならないし、そのあとは鉱山開発のためにこの辺一帯の開拓を行わなければならんからな。そのあとで、更に鉱脈を掘り進めるための資金が必要となる。一朝一夕ではいかんだろうな」
「そうですね。ですが……」
「あぁ。それさえ乗り越えれば、将来的にこの領地は飛躍的な発展を遂げることができるだろう。しかし、このことを王国側に知られるわけにはいかんだろうな」
「そうですね。もしそれほどの財がこの山中に眠っていると知られたら、その部分だけを接収されかねませんからね」
「あぁ。一応我が領地となっているゆえ、それを召し上げるような真似はしないだろうが、利益の一部を回せと言われる可能性はある」
「ですね」
騎士と伯爵は喜び一変、難しい顔となったがそれも一瞬だった。
「ともあれ、今すぐどうこうという話でもないからな。なんとかしてこの発見を次に繋げていくだけのことだ」
そこまで言って、再び俺を見つめてきた。
「オルフェン。貴公の働きには感謝する。あとで褒美を取らせねばな」
伯爵様は言葉とは裏腹に複雑な顔色を浮かべた。
俺は努めて笑顔を浮かべたまま、
「いえいえ。当然のことをしたまでです。褒美などもったいないお言葉です。ですがもし許されるのであれば、お嬢様の冒険者稼業の許可を褒美としていただきたく思います」
元貴族らしく、慇懃に述べると、
「ちっ、そうきたか。まぁ、約束だからな。よかろう。好きにするがいい」
親父殿はメチャクチャ悔しそうに顔を歪めると、その場から去っていった。
慌てて指揮官がそのあとを追いかけていく。
それをぽかんと見送っていた俺とお姉ちゃんだったが、
「ルーフェ! あなたのお陰よ! これで私、冒険者をやめなくてすんだわ! さすが私の可愛い弟なだけはあるわねっ」
そんなことを言って抱きついてくると、例によって顔中に口付けしてくるのであった。
これでひとまず一件落着したかな?
そう思った矢先のことだった。
「ギャァ~~~!」
「て、敵っ……敵襲だぁ~~~!」
森の入り口の方から、突如、外で待機していた兵士たちのものと思われる絶叫が聞こえてきた。
「ルーフェ……!」
一気に緊張に包まれる辺り一帯。
遠くの方から金属と何かがぶつかり合う音や怒号や悲鳴などが間断なく上がっていた。
俺とお姉ちゃんは互いに頷き合って、森の外へと急いで走っていった。
そして――
「酷い……!」
既にそこは血臭漂う戦場と化していた。
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