37.伯爵領が抱える問題




「あら、来たわね」



 メイドエルフさんに案内されて中に入った一室には、グレンアラニス伯爵だけでなく、お母様とセシリーお姉ちゃんまでいた。



「失礼します。お呼びと伺い、参上いたしました」



 俺は敢えて堅苦しい言い方をして扉のところに立っていたが、それを見た親父殿が何か物言いたげにぶそ~っとした。

 対して、お姉ちゃんと姉妹にしか見えない金髪の美人お母様はひたすらニコニコ顔。

 お姉ちゃんは難しい顔をしていた。

 それらから察するに、どうやら俺を呼び出したのは伯爵様ではなくお母様のようだった。



「さぁさ。そんなところに突っ立ってないでこちらにいらっしゃい」



 この部屋は、夜会に出かける前に俺が呼び出された応接室で、部屋中央のテーブル挟んでソファーが二つ置かれているような場所。

 今回はなぜか親父さんとお姉ちゃんが一緒に座っていたので、俺は促されるままにお母様の横に座らされるはめに陥った。



「うっふふ」



 横に座った俺に、ひたすら怪しげな微笑みを向けてくるお母様。

 この人、やっぱりちょっと怖すぎる。これまでに出会った人たちの中で一番苦手かもしれない。



「ぅおっほんっ」



 ひたすら気まずくなって固まっていたら、例によって伯爵様がわざとらしく咳払いした。



「――本当はこんなことを部外者の貴公に話すべきではないのだがな」



 夜会がいつ閉会したのかわからないが、親父さんは酷く疲れたような顔をしていた。既に悪態をつく気力すらなくなっているようにも見える。



「ルーフェくんだったら、何かいい考えが浮かぶのではないかと思って、それでお呼びしたのよ?」

「セシリーから貴公の身の上についてはある程度聞いておる。それゆえに、この国出身ではない貴公であれば何かしら違った見方ができるのではないかと思ってな。それで、ルナリアーナの意見を採用して、こんな時間に来てもらったというわけだ」



 お母様のあとに続いて伯爵様がそう答えた。



「あ、ルナリアーナってお母様の名前ね」



 お姉ちゃんがそう口添えしてくる。



「なるほど。状況はよくわかりませんが、ということはつまり?」

「えぇ。夜会でお父様たちが話し合っていた案件についてね」



 お姉ちゃんのあとに続いて、忌々しげな顔をしている伯爵様が口を開いた。



「実はここ数年、我が伯爵領の経営があまりうまくいっていなくてな。元来この地は薬草の一大産地として古くから賑わっていた土地でな。先祖代々受け継がれてきた土地なのだ」



 そのあとをお母様が継ぐ。

 なぜか、知らない間に俺の右手を両手で挟み込むようにして握りしめながら。

 しかも、息がかかりそうなぐらいの至近距離で。



「それでね、ルーフェくん。そういった土地柄なのだけれど、最近は薬草の育ちも悪くて収穫量が激減しているのよ。しかもそればかりでなく、なんだかよくわからないのだけれど、王国中で魔物が活性化しているという話じゃない? その影響もあって、この伯爵領の至るところで作物が荒らされる被害や、道行く人たちが襲われるという被害が出て困っているの。その上、この不況に合わせるように野盗の類いまで出始めていて」


「なるほど。つまり、ただでさえ薬草などの主要産業が不作で痛手となっているのに、そこに来て例の魔物騒ぎや野盗が原因で色々厄介なことになっていると」

「あぁ。そういうことだ」



 話をまとめた俺に、伯爵様が頷く。

 先刻まで開かれていた夜会で伯爵だけでなく、他の金持ち連中がなぜあんなにも深刻な顔をしていたのか、ようやく合点がいった。


 不作になれば、それに関わっているすべての者たちが赤字経営となるのは必然だし、街道に魔物や野盗が出没するようになれば、行商も来づらくなるから物資の行き来もできなくなってしまう。


 しかし、それではたちまちのうちに干上がってしまうから仕方なく行商人たちは警備のために冒険者などを雇うことになり、経費がかさんだことで物価も跳ね上がる。


 更に、被害を最小限に食い止めるために、伯爵家は街道警備のために兵を動員しなければならなくなる。

 作物まで荒らされたとあってはそれらの対策にも力を入れなければならない。


 要するに、ありとあらゆることに金がかかりすぎて、火の車になりかけているというわけだ。



「てことは、手っ取り早くこの状況を打開するいい手立てが欲しいと、そういうわけですね」

「えぇ。そうなのよ、ルーフェくん。やっぱりあなたは賢そうね」



 俺は伯爵様を見ながら、彼から確認の答えをもらおうと思っていたのだが、なぜか隣のお母様が更に身体を密着させてきて、目をキラキラさせながら答えてきた。

 そのせいで、見るからに伯爵様の機嫌が悪くなった。殺気だけで俺を殺せるんじゃないかと言うぐらいに、眼つけてきている。



「あの~、お母様?」

「なぁに?」

「少し近いと思うんです」

「うふふ。いいのよ、そんなことは気にしなくて。ルーフェくんはただ、私たちに知恵を貸してくれさえすれば、それでいいのだから。うふ」



 そんなことを言いながら、更に妖艶な笑みを浮かべるのだった。


 ――あ~、うん。納得。


 俺はお母様のその反応ですべてを理解してしまった。

 なぜセシリーお姉ちゃんがあんなにも残念な性格をしているのか。すべてはこのお母様に原因があったようだ。

 見た目だけじゃなく、中身までそっくりとか。本当に残念すぎる。



「ぅおっほん!」



 頬を引きつらせることしかできなかった俺を前に、例によってお父様がわざとらしく咳払いをした。



「ともかくだ。今回の一件、貴公の方で良策を考案して見せよ。さすれば、セシリーを口説き落として我が家に入り込もうとしたその咎を、一時的に見逃してやると約束しよう。だがな、もし下らないことばかり言いおったら、そのときは覚悟してもらうぞ。娘ばかりか妻まで籠絡しおって!」



 グレンアラニス伯爵は足を組んでふんぞり返るような格好で、ギロリと睨んできた。

 いや、ていうか俺、一度も口説いてないんですけどね?

 このおかしな親子が勝手に俺にまとわりついてきているだけだと思うんですけどね?

 しかし、当然、そんな俺の心の声が届くはずもなく。



「それから、貴公のことは置いとくとしてもだ。今後、このまま財政赤字が続くようであれば、これ以上セシリーを遊ばせておくことなどできん。即刻冒険者などという道楽業などやめてもらうことになるゆえ、そう心しておくがよい」



 無表情となって腕を組む伯爵。そんな彼に、弾かれたようにセシリーお姉様が立ち上がって激高した。



「お父様! 約束が違います!」

「約束だと? はっ。何が約束だ。お前のことを考えて我が儘聞いてやったというのに、それなのに、俺の許可なく勝手に養子縁組などしおって! それにだっ。そもそも、貴族であり女であるお前が冒険者などやる必要などないのだ! たとえ一時でも、夢を叶えてもらったことを感謝するんだなっ」

「なっ……」



 話は終わったとばかりにそっぽを向いてしまう伯爵殿に、お姉ちゃんはただ、呆然と立ちすくむことしかできなかった。



「あらあら、本当に困った人たちねぇ……」



 そんな二人を見て呆れたように、お姉ちゃんと見た目年齢がほとんど変わらない若々しくて美人なお母様は、止めとばかりにデカい胸の間に俺の右腕を抱き込むようにして、完全にしなだれかかってきた。


 沈黙してしまった重苦しい一室に、俺はそっと溜息を吐く。


 伯爵家の人たちがおかしいのは今に始まったことじゃないから別にどうでもいいのだが、確かにこのまま魔物騒動や財政難を放置しておくのは得策ではないように思われた。


 一応、お姉ちゃんには世話になっているからなんとかしてあげたいし、それに伯爵家が没落したら、今の贅沢な暮らしが望めなくなってしまう。


 そうしたら、少し前まで安住の住処としていた貧民街や暗黒街での生活に逆戻りとなってしまう。


 お姉ちゃんも冒険者をやめることになるし、そうなったら、お姉ちゃんだけでなく、フィリリスたちも路頭に迷って破滅してしまうだろう。


 俺個人としては別に裏主人公モードで冒険するだけだからまったく問題ないんだけどな。


 だけど、没落して金に困ったお姉ちゃんや、金を稼ぐ手段のなくなったフィリリスたちがこの先どうやって生活して行くかを考えると、さすがに放っておくわけにはいかなかった。


 女性差別が酷いこの国だ。一歩間違えたら本当に娼館送りになってしまう。

 それを防ぐためにはやはり、俺が一肌脱ぐしかなかった。


 ――とは言え、政治経済にも土地勘にも疎い俺にできることなんか何もないんだよなぁ。



「て、待てよ?」



 俺はそこまで考えて、大事なことを忘れていることに気が付いた。


 そう言えばこの地方。俺が知ってるあの世界ではただの草原でしかなかったが、なぜかこの世界では薬草の産地という意味不明な状態になっている上、グレンアラニス伯爵領などという聞いたことのない領地まで作られてしまっている。


 本来であれば、この辺一帯はただ魔物が出没するだけのフィールドマップでしかなかったんだけどな。

 だが、本当に何もないそんな場所だったが、この地方にはアレがあったのだ。


 ゲーム中盤以降で出てくる『魔鉱石鉱山の魔物を掃討しろ』という冒険者クエストが。

 つまり、このグレンアラニス伯爵領の東部にある山地には魔鉱石鉱山があるということだ。



「伯爵様」

「ん? どうした?」



 相変わらず不機嫌そうに、目だけで俺を見てくる親父殿。



「妙案を思いつきました」



 そう言ってニヤッとする俺。

 本当に魔鉱石があるのかどうかはわからないが、試してみる価値はあった。

 グレンアラニス伯爵だけでなく、セシリー姉さんも隣のお母様も、次に俺が語った話を耳にし、全員が全員、ぽかんとした。

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